この世界のほんの少しの欠片を集めただけ

@Bunshi_1018

大人になると

 大人になれば、いろいろ手に入る。自由も、お金も手に入る。

 子供の頃は純粋に大人になることが一番幸せだと思っていた。

 将来の夢の宇宙飛行士も、今となってはどこに行ったのかさっぱり分からない。実家に戻れば、小学生の時の卒業文集や、幼稚園の絵に描いていたりしたのが残ってるかもしれないが、一人暮らしで家賃を払うのに精いっぱいな俺にとっては、気にも留められない。

 会社の屋上で夜風に当たりながらコーヒーを飲む方が俺にとっては風情があって気分が良い。

 無駄に明るい太陽は嫌いだし、昔は狂ったように覗いていた望遠鏡も今はどこにあるのか分からない。そんなことを夜空に浮かぶオリオン座を見て思った。

「ねえねえ、クリスマスどこ行くのー?」

「いやー、全然決まってない。今年は、クリスマスマーケットとイルミネーション見に行こうか」

 同じ会社のカップル二人が俺のすぐ隣で話している。惨めになるからやめてほしい。

 目の下のクマも無くならない俺は、彼女なんて一生無縁なのだろう。

 いつから変わってしまったのか、今の俺には見当もつかない。


 なんとなく、見栄を張ってしまったのだろう。お前らと違って俺は現実が見えてるぞ、って。

 中学の時に初めて書かされた進路希望調査で、俺は宇宙飛行士なんて書かなかった。

 友人に聞かれて「宇宙飛行士になりたい!」と言う事は、思春期だった俺にとって少し、子供っぽくて馬鹿にされると思った。心の底では目指していた職業だった。

 高校の文理選択も俺は友人が行くからと文系を選んだ。

 この時にはもう、なりたい職業なんてどうでもよくなっていた。別に宇宙飛行士にならなくたって、死ぬわけじゃない。

 赤点を取っても死ぬわけじゃない。

 早く就職できなくても死ぬわけじゃない。

 告白に失敗しても死ぬわけじゃない。

 そんなことを繰り返すうちに、普通のサラリーマンになっていた。

 過労死寸前になっても、俺は残業しても死ぬわけじゃない、と自分に言い聞かせていた。

 一人で酒を飲むのも惨め、かといってこのまま家で泣き寝入りするのも惨め。人生の負け犬。この世界において俺は、好きなことを好きと主張できない野郎なんだと、思った。

 屋上で缶コーヒーを飲むのは、風情があっていい、そう思いたいだけ。実際はそうじゃない。

 酒を飲みたい。ヤケ酒ってやつだ。

 皆の前で上司に怒られた今日は特に最悪な日だったし。

 一緒に飲みに行く同僚も、今日は同棲している彼女のためにそそくさと帰ってしまった。


 会社を出てから無駄に匂う香水の匂いに俺は鼻を塞いだ。

 わずかに雪が積もっているが、溶けかけている。

 酒を飲むなら、やっぱり家だろう。スーツ姿でバーに向かう自分を想像できない。

 でも、少し賭けてみようと思った。

 柑橘系の匂いと、妙に薄暗い店内は、居酒屋と違った良さがある。

 隣には恋人同士と思しき二人が居た。

 学生時代に一年付き合った彼女が居ただけで、今はもう、恋人の作り方すら、忘れてしまったのだ。

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