第10話「世界の真実と最後の選択」

 レオンが掴んだ真実は、あまりにも重く残酷なものだった。彼は急ぎリンドールへと戻り、ギルドハウスの作戦室にリナとカイト、そしてギルドの幹部たちを集めた。


「皆、聞いてください。僕たちが本当に戦うべき相手は、魔王軍ではありません」


 レオンは、古文書から読み解いた初代勇者と魔王ガルザードの悲劇、そしてその背後で暗躍する邪神の存在を、静かに、しかし力強く語り始めた。


 作戦室は、水を打ったように静まり返った。誰もが、レオンの語る壮大な真実に言葉を失っている。英雄と信じられてきた初代勇者が、実は世界を裏切っていたこと。悪の化身だと思われていた魔王が、悲劇の王だったこと。そして、今代の勇者アレスが、世界を滅ぼす邪神の器であること。


「そんな……。じゃあ、今起きている戦争は、全部……」


 リナが、信じられないといった様子でつぶやく。


「ええ。全ては、邪神を復活させるための壮大な茶番です。魔王軍は、ガルザードの無念が生み出した幻影のようなもの。そして、アレスが彼らとの戦いで弱った時、邪神は完全に覚醒する」


 レオンの言葉に、カイトがごくりと唾を飲んだ。


「その時は……いつなんですか?」


「おそらく、もう間もなくだと思われます。勇者パーティーが敗走した後、魔王軍の『四天王』が王都へ向けて総進撃を開始したという情報が入っています。アレスは、名誉挽回のため無謀にもそれを迎え撃つつもりでしょう。それが、最後の引き金になる」


 レオンの【神眼】は、最悪の未来をはっきりと映し出していた。王都の城門前で、四天王に追い詰められ心身共に限界を迎えたアレスの肉体を、紫黒のオーラが完全に飲み込み邪神が降臨するビジョンを。


「どうするの、レオン。アレスを助けるの……?」


 リナが、複雑な表情で尋ねる。仲間たちの間にも、戸惑いの空気が流れた。アレスは、ギルドの、そしてレオンの宿敵だ。その彼を、自分たちが助けなければならないという事実に誰もが割り切れない思いを抱いていた。


 レオンは、仲間たちの顔を一人ひとり見渡し静かに言った。


「彼を助けるのではありません。世界を、僕たちの居場所を、守るんです」


 その瞳には、私怨を超えた強い決意の光が宿っていた。


「アレスは確かに許しがたい男です。ですが、彼が邪神の器にされたのは彼の責任ではない。彼もまた、この世界の理不尽の被害者の一人だ。僕たちは、勇者を追放された神官でも新興ギルドでもない。この世界の危機に立ち向かう、最後の希望、『黎明の翼』です」


 レオンの言葉が、仲間たちの心に火をつけた。そうだ、自分たちはもうただの冒険者ではない。レオンに導かれ、多くの人々を守ってきた誇りがある。


「……分かったわ、レオン。あなたがそう言うなら、私は従う。あいつの顔をぶん殴りたい気持ちは山々だけど、今は我慢してあげる!」


 リナが剣の柄を握りしめ、ニッと笑う。


「僕もです!レオンさんの行くところなら、どこへでも!」


 カイトも力強く頷いた。他の仲間たちも、次々と「やろうぜ!」「ギルドマスターに続け!」と雄叫びを上げる。ギルドの心は、完全に一つになった。


「皆さん、ありがとう。作戦を伝えます」


 レオンは地図を広げた。作戦は、二段構え。


「まず、僕、リナ、カイトの三人で王都へ先行し、アレスが邪神に取り込まれるのを阻止します。残りのメンバーは、ブロックを隊長として王都へ向かう魔王軍本隊の足止めをお願いしたい」


「足止め、か。骨が折れそうだな」


 ブロックが、豪快に笑う。


「大丈夫です。魔王軍の正体は、ガルザードの無念が生んだ魔力の集合体。物理的な攻撃よりも、聖属性の浄化魔法の方が効果的です。カイトが開発した聖水を込めた魔道具を、皆さんに渡します。これを使えば、四天王クラスでなければ動きを鈍らせることは可能なはず」


 レオンの【神眼】は、敵の弱点すらも見抜いている。彼は、この日のために対魔王軍用の装備開発を、カイトやブロックたちと秘密裏に進めていたのだ。


「王都での戦いが、この世界の運命を決めます。必ず、生きてまたここで会いましょう」


 レオンの言葉に、仲間たちは力強く頷いた。


 ***


 その頃、王都ではレオンの予測通り、アレスたちが満身創痍で魔王軍四天王と対峙していた。


「はぁ……はぁ……!なぜだ、なぜ勝てん!」


 アレスの聖剣は、もはやその輝きを失いかけている。ソフィアもゴードンも、既に戦闘不能に陥り地面に倒れ伏していた。四方を、圧倒的な力を持つ四体の魔人に囲まれ絶体絶命の状況だった。


「終わりだ、勇者。貴様の役目は、ここまでだ」


 煉獄のゼノスが、冷酷に告げる。その言葉と同時に、アレスの体からあの禍々しい紫黒のオーラが、これまでとは比べ物にならないほど激しく噴き出した。


「ぐ……ああああ……!体が……言うことを……!」


 意識が、遠のいていく。自分の体が、自分のものでなくなっていく恐怖。その絶望が、邪神の覚醒をさらに加速させる。


「さあ、目覚めの時だ。我が主、邪神よ!」


 四天王が、一斉にアレスに向かって手をかざす。彼らの魔力が、アレスの体に注ぎ込まれ邪神降臨の儀式が、ついに完成しようとしていた。


 世界が、紫黒の光に包まれようとした、その瞬間。


 一陣の風が吹き荒れ、四天王の一体の首が宙を舞った。


「な……にぃ!?」


 ゼノスが驚愕の声を上げる。そこに立っていたのは、神速の剣を構えたリナだった。


「させないわよ。あんたたちの、思い通りにはね!」


 間髪入れず、天から巨大な雷の槍が降り注ぎ別の四天王を貫く。上空には、星霜の法衣をはためかせたカイトが浮遊していた。


「これ以上、好きにはさせません!」


 そして、絶望に沈むアレスの前に一人の神官が静かに降り立った。


「間に合ったようですね、アレス」


「レオン……!?なぜ、お前がここに……」


「あなたを助けに来たわけじゃない。あなたを利用して、この世界を壊そうとしている本当の敵を倒しに来たんです」


 レオンの瞳は、アレスの背後にいる目には見えない巨大な邪神の気配を、はっきりと捉えていた。


 最後の戦いの火蓋が、今、切って落とされた。

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