4、ゆえなく陽だまりに散るならば

 時は巡る。

 緩やかに、だけど確実に。

「しろ、しろ!」

 はじめてセツナが名前を呼んでくれた日のことを覚えている。温かい陽だまりの中で、僕を見上げるきみの笑顔。

「シロ! みて! ちょうちょとんでる!」

 幼い手を握りながら、ゆっくりと歩んだ日のことも。小さなセツナと過ごす時間は、忙しなく、それでいて一瞬が輝いている。無邪気な笑顔、穏やかな寝顔。怒った顔や泣いている顔だって――。

「シロ! あれ! にじがでてるよ!」

 セツナは僕を見上げて笑う。僕のセツナ。たった一人の……いずれ、去っていくかもしれないきみ。

「シロ! とりがとんでる! どこにいくのかなー」

 いつまで続くかわからない道を、僕たちは一緒に歩いている。

 

 それでも、二人ならずっと手をつないで歩いて行ける。

 たとえきみを鳥籠に閉じ込めていたとしても、僕はそれを願わずにはいられない。

 

 

 ――季節は足早に過ぎてゆき、刹那の森にも何度目かの暑い季節が訪れる。


 最近、セツナの様子がおかしい。

「セツナ、今日も森で遊ぶつもりなのか?」

 僕が声をかけると、家から出ていこうとしていたセツナはびくりと肩を震わせる。何か後ろめたいことがある雰囲気。僕は素早くセツナの前に回り込むと、その柔らかいほっぺたをぎゅっと引っ張った。

「わあっ! やめろよシロ! 痛いって!」

「いやなら、僕の質問に答えてよ。セツナ、最近森で何をしてるんだ? 朝出ていったっきり、日が暮れても戻らないなんて……遊ぶにしてもちょっとやりすぎだよね?」

 僕が詰め寄ると、あからさまにセツナは視線をそらした。あ、本当にまずいことしてるんじゃないかな。森で遊ぶって言っても、一日中熱中できるようなものがあるとは思えない。僕は頬っぺたから手を離すと、無言でセツナの両手を握った。

 あんなに小さかった手は、もうすぐ僕の手の大きさを超えてしまいそうだ。柔らかかった手のひらも、指の付け根に固い豆ができて――?

「……セツナ。この手、どうしたんだよ? 前はこんなじゃなかったよね? ほんとうに何してるの?」

 僕が詰め寄った瞬間、セツナはそうとわかるほど気まずい表情をした。僕はまじまじとセツナの両手を見つめた。日に焼けた肌はいつも通りなのに、手のひらだけはひどく酷使したように固い。手の豆の位置も、薪割りでできるような場所ではない。

「セツナ?」

「あー! しまった! オレ、そろそろ行かないと! 稽古の時間なんだ!」

 セツナは取り繕うこともやめてしまったらしい。僕の手を振り払うと、さっさと家から飛び出して走り去ってしまう。追いかけても姿は見えず。僕は呆然と立ち尽くす。なんで、これ……セツナ、まさか……。

「まさか、これが反抗期というやつ……?」

「やあ、あの子は随分と元気そうだね。それに、びっくりするぐらいに大きくなった」

 声の主は長だった。木々の間から姿を現した長は、セツナの走り去った方を見て微笑む。優しげな顔をしてはいるが、こんなときにやってきたということはおそらく面倒ごとだろう。

「どこに行くのかな? ああ、それよりもきみに話があったんだ。ちょっと付き合ってもらえないかな?」

 僕が何気なく一歩後退ったら、にこりと笑顔を向けられてしまった。どうやら逃げられないらしい。まあ、逃げたところで、結局は捕まるんだから無駄とも言うんだよね……。

「わかったよ。用って何? ご飯の準備しないといけないから手短に頼むよ」

「忙しないなぁ。そんなに時間はとらせないから、ちょっと歩かないかい?」

 僕が返答しないうちに、長はゆったりとした歩調で進んでいってしまう。ためらったところで、僕に選択肢があるはずもなかった。大きくため息をついて、僕は長の背中を追い、歩き出した。

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