セツナの鳥籠 ~The Last Bloody Promise~

雨色銀水

The Last White Memory

【セツナの鳥籠】

 刹那の森には、白い悪魔が棲んでいた。

 髪は白銀、瞳は炎のごとき紅瞳。月の夜に村々を襲い、夜が明ければ干からびた死体が地面を転がる。

 白い月を背に立つ姿を見たものは、皆口をそろえて言う。

 

「おまえは、血に飢えた悪魔だ」

 悪魔狩りの剣士が振り下ろした刃を、『白い悪魔』は微笑むだけでこの身に受けた。

 打ち捨てられた聖堂に、白銀の剣の輝きが眩いばかりに広がっていく。銀で形作られた刃には、退魔の力が宿るという。その謂れを裏付けるように、血も流れぬ悪魔の体は白い灰へと変わっていく。

 ――そう、これにて悪魔は死ぬ。

 剣士の乾いたまなざしが悪魔の顔に向けられる。悪魔は何も言わなかった。静かに微笑んだまま、白い灰に変わる身に目をくれず、まっすぐに剣士を見返していた。

は、罰を受けるだろう」

 低くかすれた声が聖堂の静寂を揺らした。

 倒れ伏したまま、天井から漏れる光を見つめる。月の光。穢れのない色をもってしても、悪魔と化した者を浄化することはもう叶わない。魔道に堕ちたものは、救われることも赦されることもない。永遠という名の煉獄の中で、終わりのない炎に焼かれ続けるだけだ。

「だが、それでいい。。永遠に……呪われろ」

 低い声は、狂った笑い声に取って代わられた。悪魔は剣士に指を突き付け、醜悪な笑みを浮かべる。

 呪われろ、呪われろ。生きる限り苦しみ続け、救われることのない永遠の夜にて無残なる死を迎えるがいい!

 怨嗟の言葉にも、剣士は眉一つ動かさなかった。少しだけ遠くを見ると、白銀の剣を悪魔の首筋にあてがう。

 それでも悪魔は笑い続ける。まるで滑稽な人形劇のごとく、奇妙で醜悪な、何ももたらさない空虚な笑みで。

悪魔おまえは死ね」

 剣士が鋭く剣を振るう。瞬きするほどの間に、悪魔の首は地面へと落ちた。

 首からは血の一滴もこぼれなかった。地面を転がったまま、悪魔は奇妙なほど満ち足りた気分で空を見つめた。

「……ああ、それがいい。それだけは、正しい」

 剣士は何も応えず、悪魔の首に剣を振り下ろす。

 

 ――はずだった。

 剣先が届く瞬間、すべての時が停止する。

 あらゆるものが逆回しのような動きを見せる中で、剣士の目だけが悪魔を捉える。

「――……シロ」

 ひどく空虚で、それでいて深い悲しみを残す黒い瞳。

 薄い唇が短い言葉を刻む。たったそれだけのことで、 目の前に立つ『剣士』が誰なのか。

 そして黒い瞳が秘めていた真実に気づかされてしまった。

「そうか」

 手を伸ばそうとして、もうそれが叶わぬことに気づき、苦笑いする。

 『きみ』に二度と触れられもしないのならば、この心の底に残る想いを伝えることも叶わない。それでも『僕』は。

「鳥籠の扉は確かに、開かれていたのだね」

 最期に訪れたこの瞬間を、紛うことなき奇跡だと理解した。

 

 『剣士きみ』の目が大きく見開かれる。それもわずか一瞬、されど停止した時間は永遠より長い。

 このまぶたが閉じ切り、剣が振り下ろされるその時まで――。

 『僕』は、の辿った軌跡をなぞり続ける。

 

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