成人の日に異世界召喚された俺たちは故郷へ帰還する

まるまるろん吉

第1話 成人の日、白い光に呑み込まれる

眩しいほどのシャンデリアの光も、けたたましい若者の喧騒も、一軒家のリビングに集まった俺たちには関係なかった。


2026年1月12日23:57


地元の大学に通う、この平凡で平和な20歳の夜。

俺、神凪 竜胆かんなぎりんどうは、ソファに深く沈み込み、テーブルの上を眺めていた。


テーブルには、コンビニで買った安っぽいケーキと、紙皿に乗ったフライドチキン。そして、なぜか律儀に並べられた3つのシャンパングラス。


向かい側で、親友の天海 あまみれんが、腕時計を見ながら満足げに頷く。


「よし、葵を祝う準備はできた!師匠たちがいなかったのは残念だけど。」

「まさか20歳にこんな風に祝われるとは思ってなかったけどな」


そう悪態をつくのは、今夜の主役、緋村 ひむらあおいだ。彼は少し照れた様子で、ソファに座る。


葵の誕生日は正確には明日、13日だ。


俺の家は、亡くなった両親の代わりに俺を育ててくれた祖父母の家だ。広い庭と古びた道場付きのこの家には、毎日のように蓮と葵が顔を出す。蓮は家が近所だが、葵は家族仲の悪さから泊まり込むことが多い。

祖父の厳道げんどうは、昔気質の武道家で、過去には剣道で世界一位になったこともある実力者。今でもその実力は高く、俺を含めた3人ともまだ勝てたことがない。

そんな祖父だが、祖母との仲がとても良く今日もだが、夜に2人で出かけて思い出話に花を咲かせている。


「まあ、師匠も親父も明日、話があるって言ってたしな。今日の成人式のお祝いと、葵の誕生日と、何かまとめて話すことがあるんだろう」

蓮がグラスを持ち上げる。蓮はいつも冷静で、場のリーダー役だ。全国トップレベルの学力を持つエリートだが、俺の祖父から実戦武術を叩き込まれている。


「まあ、葵のことだから、二十歳になるからいい加減、落ち着くようにとか言われるんじゃないか?」


俺がそう言うと、葵はムッと唇を尖らせたが、すぐに照れくさそうに笑った。

葵は高校時代に俺と喧嘩になり、負けたことがきっかけで仲間になった。過去に荒れていた時期があったが、根は優しい。蓮と同じく、毎日俺の祖父から武術を教わっている。


「それはリンと蓮に会う前の話だろ、今は落ち着いてるし、こうして一緒にいられて良かったよ」


その言葉に、竜胆の心に静かな熱が宿った。


(こいつらがいてくれれば、それでいい。俺たちはこのままだ)


冷徹だと周りに言われる俺にとって、蓮と葵は、心から守りたいと思える、唯一無二の存在だ。


チープなデジタル時計が、**『23:59:58』**を表示する。


蓮がシャンパンの栓を開けた。勢いよく吹き出す泡の音と、三人の息を飲む音が重なる。


「さあ、いくぞ。せーの……」


『00:00:00』


「葵、ハッピーバス――」


その瞬間、部屋を満たしていたはずの電灯の光が、全て呑み込まれた。


次の瞬間、三人を包み込んだのは、形容しがたい純粋な光芒だった。

それは温かくも、冷たくもない。ただ、絶対的な力を示威するように、部屋の隅々まで満たしていく。


「な、なんだ!?」

蓮が叫ぶ。反射的に立ち上がり光から逃れようとする俺の身体が硬直する。


光は、空間を歪ませ、引き伸ばしていく。


そして、三人の視界は、完全に白に染まった。


ドォォン!!


まるで、巨大な何かが、世界にぶつかったかのような音。

視界が戻ると、そこは先ほどの暖かなリビングではなかった。


冷たい夜の空気。

鼻をつく土と湿った苔の匂い。


周囲には、腰丈ほどの草木が茂り、満天の星空が広がっている。

そこは、深く静かな森の奥。


そして、三人の真上には、青白い光を放つ巨大な魔法陣が、まだ数秒前の熱を帯びたまま、消えかかっていた。


「……え?」


葵が、間の抜けた声を上げた。

俺は全身の細胞が粟立つのを感じていた。


ここは、地球ではない。

第六感が、そう叫んでいる。


俺たちが立っているのは、湖のほとりに建つ月明かりに照らされた小屋の前。

小屋にはなぜか懐かしさを感じる。


「なんだ、ここ……?」

葵は低い声で呟いた。


「異世界....いや、そんなことあるのか」蓮が自身を落ち着かせようと可能性を声に出している。


蓮の言葉が終わるか終わらないかのうちに、地面が嫌な音を立てて振動した。


ガリッ、ガリッ


小屋の前の地面から、無理やりひび割れが走り、瞬時に禍々しい黒い魔法陣が浮かび上がる。青白い召喚魔法陣の残滓とは似ても似つかない、悪意に満ちた闇の色だ。

「あれは……!」 蓮が、見たこともない紋様に目を見開いた。


その黒い魔法陣から、3体の魔物が唸り声を上げて出現した。 狼のようだが2本脚で立っている。身の毛皮は石炭のように黒く、眼窩からは赤い光が漏れ出している。体長は2メートル近い。


「なんだ、動物……!?」

葵が驚きよりも先に、戦闘態勢を取った。葵の直感がこの状況が危険と判断し、この世界でも反射的に身体を動かしたのだ。


「待て、葵!逃げるぞ!」 蓮が叫ぶが、魔物たちは既に牙を剥き、3人目掛けて飛びかかっていた。

その瞬間、俺の身体が動いた。俺は2体の魔物の間に割り込み、防御線を張る。

1体目の顎先を紙一重で回避し、肘を頸動脈に叩き込んだ。ゴッ!という鈍い音。 2体目の攻撃は、寸前でかわす。

「くそっ、爪があるから受け流しにくい!」

俺の攻撃は致命傷にならず、魔物はすぐに体勢を立て直す。 その間に、葵も1体の魔物と対峙していた。そして蓮は恐怖に染まり立ち尽くしている。


「避けてんじゃねえ!」

葵は怒号と共に、カウンターの拳を放つ。しかし、その拳は明らかに怯えていた。 魔物の全身を覆う禍々しい気配と、その赤い瞳から漏れる異質な生命力に、葵の身体が硬直する。


ヒュッ

拳は虚空を裂き、魔物の分厚い毛皮に掠りもせず、空振りした。 葵は歯噛みする。毎日、毎日、血反吐を吐きながら磨いたはずの拳が届かない。


「くっ……!」

魔物が俺に向かって飛びかかる中、葵は俺を援護すべく、別の魔物に蹴りを入れ、注意をそらす。 しかし、その蹴りも魔物の分厚い皮を滑るだけだった。


「葵、無理すんな!蓮ビビってるならは距離を取れ!」 俺は叫ぶが、多対一は圧倒的に不利だ。三体目の魔物が、俺の死角から飛びかかってきた。

俺が三体目の魔物を対処するため、葵から一瞬目を離した、その隙だった。


葵が対峙していた魔物の影から、新たな魔物があらわれ、容赦なく葵の腹部に爪を立てた。

グッ!葵が声を漏らし、葵の身体が吹き飛んだ。血が夜空に散る。


「葵!!」 2人の叫びが響いた。


魔物は倒れる葵を目掛け追撃をしようとしている。

俺は対峙する魔物を蹴飛ばし葵の元へ走る。

「クソ、間に合わない!」

必死に走るが、葵に魔物の手が迫る。


その状況を蓮は眺めることしかできない自分に言いようのない無力感に襲われた。

竜胆は化け物と戦い、葵は恐怖に抗いながらも化け物と向き合っている。

親友が恐怖に抗っているのになぜ自分は動けない。


「人を守るために鍛え、救うために学んできたのに何もできないのか、おれは...!」 蓮の脳裏に、自身を鍛えてくれた師匠と医者として人々を救い続ける両親の姿が浮かんだ。 (このままでは、何もできないまま葵が死んでしまう――)


親友の死に瀕する姿が、蓮の恐怖を打ち破った。

「死なせてたまるかぁぁ!!」


蓮の叫びとともに全身から、青白い光が溢れ出る。

「ッ、あああああ!」

蓮の手から大量の水が放出され、魔物をとらえる。

膨大な水に飲み込まれた魔物は木々に身を打ち付けられ悶えている。


「なんだこれ...」自分の体から放たれている光に驚きながらも蓮は次の攻撃に打って出る。

「二人とも、下がって!」 蓮の叫びと共に、青白い光を帯びた水の槍が、魔物目掛けて高速で射出された。


キィン!キィン!キィン!


水の槍は魔物の黒い毛皮を容易く貫き、岩のように硬い身体を、湖の岸へと叩きつける。 魔物たちは悲鳴を上げ、二度と動くことはなかった。


魔物の出現した黒い魔法陣は、役目を終えたように地面に亀裂を走らせ、粉々に砕け散った。 あたりには、蓮の力の残滓と、静寂だけが残った。

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