番外編「初めての『お願い』」
呪いが解けてからというもの、ラッセルはまるで別人のようだった。
いや、これが彼の本来の姿なのだろう。
彼は持ち前の明晰な頭脳と、健康な身体からあふれるエネルギーで公爵としての務めを完璧にこなしていた。
その完璧さは、私生活、特に俺への愛情表現においても遺憾なく発揮されていた。
「レオン、疲れただろう。今日はもう休め。書類の整理は私がやっておく」
「レオン、少し痩せたのではないか?料理長にもっと滋養のあるものを作るよう言っておこう」
「レオン、愛している」
一日、最低でも十回は「愛している」と言われる。
その度に俺は顔を赤くするしかなく、そんな俺の反応を見てラッセルはさらに満足そうに笑うのだ。
彼の過保護っぷりは、呪いが解けても、いやむしろ以前より増している気がした。
そんなある日のことだ。
「レオン、明日は久しぶりに二人で街へ行かないか?」
執務を終えたラッセルが、俺の肩を揉みながら提案してきた。
「街へ?いいけど、何か用事でもあるのか?」
「いや、ただのデートだ。お前に、贈りたいものがある」
翌日、俺たちは護衛もつけずお忍びで城下の街を訪れた。
活気に満ちた街並みを歩くだけで、気分が晴れやかになる。
ラッセルは、俺の手を固く握って離さない。
その堂々とした様に、最初は気恥ずかしかったが今はもう慣れたものだ。
彼が俺を連れて行ったのは、一軒の洒落た宝飾店だった。
「好きな指輪を選ぶといい。私たちの、正式な結婚指輪だ」
そう言って、彼はきらびやかな指輪が並ぶショーケースを指さした。
どれも、目もくらむような見事な品ばかりだ。
「こ、こんな高価なもの……」
「遠慮するな。お前に一番似合うものを、私が選んでやる」
ラッセルはそう言うと、店主と何やら話し込みやがて一つの指輪を手に取った。
それは、大ぶりの青い宝石が埋め込まれた白銀の指輪だった。
「このサファイアは、私の瞳の色だ。そして、このプラチナは、お前の……いや、私たちと同じ銀の髪の色。お前のために作らせた、特別なものだ」
彼は、跪くと俺の左手の薬指に、そっとその指輪をはめた。
指にぴったりと収まる冷たい感触。
青い宝石が、彼の深い愛情を物語っているようで胸が熱くなった。
「ありがとう、ラッセル。大切にする」
店を出て、夕暮れの道を二人で歩く。
指輪をはめた左手を、ラッセルが優しく握りしめる。
「レオン。私から、一つ、お願いがあるんだが」
「お願い?」
あの、絶対君主のラッセルが「お願い」などと言うのは珍しい。
俺は少し驚いて、彼の顔を見上げた。
「なんだ?言ってみろ」
すると、彼は少し照れたように視線を逸らしそれから意を決したように、俺の耳元で囁いた。
「その……私のことを、『ラス』と、呼んでくれないか」
「……え?」
ラス。
それは、彼の幼い頃の愛称だ。
昔、一度だけそう呼んだら、「なれなれしい」とむすっとされたことがある。
「どうして、急に……」
「お前だけに、そう呼ばれたいんだ。ダメか?」
上目遣いで、少し不安そうに俺を見つめるラッセル。
その表情は、公爵様でも冷徹な支配者でもなく、ただの恋する一人の男の顔だった。
そのギャップに、俺の心臓は大きく跳ねた。
俺は、込み上げてくる愛しさに思わず吹き出してしまった。
「ははっ、なんだよ、それ」
「なっ、笑うな!」
「分かった、分かったよ。じゃあ、その……」
俺は、深呼吸を一つすると彼の瞳を真っ直ぐに見つめて、言った。
「……ラス。愛してる」
その瞬間、ラッセルの顔が夕焼けよりも真っ赤に染まった。
彼は、しばらく呆然と俺を見つめていたがやがて、感極まったように俺を強く抱きしめた。
「……反則だ、レオン。それは、ずるい」
腕の中で、くぐもった声が聞こえる。
その声が、ひどく嬉しそうに震えていることに気づいて俺もまた、幸せな気持ちでいっぱいになった。
健康な身体を手に入れた彼は、もう何もかもが完璧なスパダリだと思っていた。
けれど、時折こうして見せる不器用で可愛い一面が、俺はどうしようもなく好きなのだ。
これからも、この人の色々な顔を俺だけが見つけていくのだろう。
そう思うと、未来が楽しみで仕方がなかった。
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