第5話:分岐する線路の前で

 光の正体は、駅だった。


 霧の原を抜けた先に現れたのは、見覚えのあるはずのホーム。

 けれど、どこか決定的に違う。


 夜霞駅。

 ただし、僕が知っている夜霞駅よりも静かで、暗く、そして――近すぎる。


 天井の染み、欠けたベンチ、少し傾いた時計。

 すべてが“現実の夜霞駅”と同じなのに、まるで記憶の中を再現したみたいだった。


 時計の針は、0時ちょうどで止まっている。


 「……ここが、分岐点?」


 白猫は答えない。

 ただ、改札の向こうを見つめている。


 そこには、一本の線路があった。

 不思議なことに、線路は途中で二手に分かれている。


 右へ進む線路。

 左へ進む線路。


 どちらも先は見えない。


 「どっちを選べばいいんだ?」


 そう問いかけたとき、背後で足音がした。


 振り返ると、そこにいたのは――僕だった。


 制服姿の僕。

 俯きがちで、どこか諦めたような表情をしている。


 「……行かない方がいい」


 その“僕”は、静かに言った。


 「進んでも、うまくいかない。

 どうせまた、後悔する」


 今度は、別の声が聞こえる。


 「それでも行けよ」


 もう一人の僕が、線路の反対側に立っていた。

 こちらは顔を上げ、はっきりと前を見ている。


 「失敗するかもしれないけど、

 何も選ばないままよりは、ましだ」


 二人の“僕”が、同時にこちらを見る。


 どちらも嘘は言っていない。

 どちらも、僕自身だ。


 白猫が一歩前に出る。


 「ここから先は、案内できない」


 初めて、はっきりとした声だった。


 「選ぶのは、あなた自身」


 胸の奥が静かに締めつけられる。

 正解はない。逃げ道もない。


 それでも――。


 「……僕は」


 言葉にするのが、怖かった。

 けれど、立ち止まったままでは何も変わらない。


 僕は、線路の前に立ち、深く息を吸った。


 そして、一歩を踏み出す。


 どちらの線路かは、まだ分からない。

 ただ、自分で選んだという感覚だけが、確かにそこにあった。


 背後で、白猫が静かに目を細める。


 時計の針が、ゆっくりと動き出した。

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