第2話: 白猫に導かれて」

 まぶしさがゆっくりと引いていくと、僕は見知らぬ場所に立っていた。

 そこは夜霞駅のホームに似ているようで、どこか違っていた。天井は高く、壁には無数の古い時計がかけられている。どれも時刻がバラバラで、カチコチという針の音だけが響いていた。


 「……ここ、どこなんだよ」


 僕の足元を白猫が軽やかに歩く。

 その毛並みはさっきよりも光を帯びていて、まるで月明かりをまとっているようだった。


 白猫は僕の前に立ち止まり、静かに口を開く。


 「ここは“分岐駅”。人の未来が交わり、ほどけ、つながる場所」


 猫がしゃべった――。

 驚きのあまり声が出なかったが、白猫は気にした様子もなく続ける。


 「佐倉湊。あなたには『未来を選ぶ資格』がある」


 「資格?そんなもの、僕は……」


 「あるわ。あなたは、まだ何も選んでいないから」


 白猫の金色の瞳が、まるで僕の奥底を見透かすように揺れる。


 「――だからこそ、分岐に触れられる」


 白猫は尻尾をゆらりと揺らし、前方の広い空間を示した。

 そこには薄い光の膜がいくつも浮かび、まるで水面に映る景色のように揺れている。


 「これは“未確定の未来”。あなたの歩くはずだった道が分岐の形で現れているの」


 ひとつの光が近づき、景色を形づくる。

 そこには同じ学校に通う僕の姿があった。誰かに怒鳴られ、何かを言い返そうとして飲み込むような顔。


 別の光には、家で机に向かい、ひとりぼんやりと過ごす僕が映る。


 「……これが、僕?」


 「そう。だけど全部“可能性”にすぎない」


 白猫はふっと表情を和らげる。


 「未来は無限。でも、選べるのはたったひとつだけ。だからこそ、あなたの選択には意味がある」


 「僕が……選ぶ?」


 「ええ。そして――」


 白猫が僕の前に飛び乗り、まっすぐに視線を合わせてきた。


 「あなたが選んだ未来に、わたしは同行する。案内役として」


 その瞬間、空気が震えた。

 白猫の姿がぼんやりと光に包まれ、次第に別の形へと変わっていく。


 輪郭が伸び、影が形を成し、淡い光が収束する。


 ――そこに立っていたのは、人の姿をした少女だった。

 雪のように白い髪と、金色の瞳だけが元の姿を思わせる。


 「……あなた、猫じゃ……?」


 「猫よ。これは人の世界に介入するための仮の姿。気にしなくていいわ」


 少女は淡々と答え、ゆっくりと手を差し出した。


 「さあ、最初の分岐へ行きましょう。あなたが変えるべき“もう一つの未来”へ」


 僕はその手を見つめ、深く息を吸った。


 ――ここから、何かが始まる。

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