【共有】残留痕アーカイブ展(仮)_v4.pdf
おっぱな
第1章「案件:存在の断片」
第1話 未読のままの依頼
報告者:鏑木直哉(株式会社フレームワークス / ディレクター)
件 名:プロジェクト「残留痕アーカイブ展(仮)」に関する初期対応記録
日 付:202X年9月
本報告書は、我々株式会社フレームワークスが制作業務を受注し、後に一連の失踪事案へと発展したプロジェクトに関する記録をまとめたものである。
当時、イベント制作の現場においてもリモートワークやチャットツールによる進行は常態化していた。
顔を合わせないクライアント、声を聞いたことのない担当者と共に数ヶ月を過ごすことも、決して珍しいことではない 。
あの日も、Slackの通知音が鳴るまでは、ただの気怠い火曜日の午後だった。
モニターの端にポップアップが表示されたのは、14時過ぎのことだ。
差出人は一次代理店(大手広告代理店)のプロデューサー、山下氏だった。
【資料1:Slackログ #proj_new-exhibition】
一次代理店_山下:お疲れさまです。新規案件の件で共有します。クライアントから「体験型展示」企画のご相談が来ています。
鏑木:了解です!ざっくり内容伺えますか?
一次代理店_山下:最近流行ってるホラー系展示に近い感じらしく「存在の断片を集めて再構成する」みたいなテーマだそうです。
またか、と私は吐息をついた。
イベント業界では、この手の「コンセプチュアルな没入型展示」がトレンドになりつつある。
しかし、その実態の多くは、クライアントの要望が抽象的すぎて現場が疲弊するクソ案件だ。
存在の断片というフレーズの時点で、すでに面倒な予感が漂っている。
社内メンバーがいるDiscordでは早速ぼやきが始まっていた。
【資料2:社内Discordログ】
真柴(PM):え、なんすかそれアート?
白石(映像) :コンセプチュアル系ですかねw
Discordをミュートにし、Slackへ戻った。
通常であれば、ここでキックオフミーティングの日程調整が入るはずだ。
しかし、山下氏の返答はあまりに淡泊だった。
【資料1:Slackログ(続き)】
一次代理店_山下:細かい部分はクライアント窓口と直接進めてもらって大丈夫ですSlackワークスペースに招待しました。
system:*N さんが参加しました
「*N」
アルファベット一文字と記号だけの奇妙なアカウント名。
プロフィール画像は設定されておらず、デフォルトのアイコンですらない。
ただの黒い影のような画像が表示されている。
違和感を覚えつつ、私は定型文を打ち込んだ。
鏑木:よろしくお願いします!今回の展示、どのあたりから着手すればよろしいでしょうか?
既読がついたのは一瞬だった。まるで、画面の向こうで最初から指を置いて待機していたかのような速度で返信が表示される。
*N:よろしくお願いいたします
*N:最初に生活の痕跡を収集してください
生活の痕跡。
その言葉の具体性を問おうとキーボードに手をかけた瞬間、山下氏のアカウントが離席中に変わった。
それと同時にPDFファイルが送られてくる。
「企画書か……」
私は渋々、送られてきたファイルを開いた。
202X年9月10日株式会社フレームワークス御中
【極秘】CONFIDENTIALプロジェクト:残留痕アーカイブ展(仮)
──────────────────────
企 画 趣 旨 書
1.プロジェクトの目的
本プロジェクトは商業的な興行であると同時にある種の観測を目的とする。
対象となるのは都市の代謝によって排出された、所有者不明の残留物である。
我々はそれらを再収集(アーカイブ)し、展示空間において再定義する。
2.コンセプト
私たちが探しているのはいなくなったことすら忘れられているものです。
3.収集対象(要件)
・住人が消失した集合住宅に残された生活用品
・所有権が放棄された記録媒体(日記、ビデオテープ、録音データ)
・■■■■■■■■■■■■■の痕跡
※美術による再現は不可とする。すべて現物であること。
4.実施体制
クライアント:
担当 :*N
制作 :株式会社フレームワークス
──────────────────────
[承 認] [担当]
┌──┐┌──┐
▓▓
*N
▓▓
└──┘└──┘
文字の輪郭が滲んでいるように見えた。
モニターの汚れかと思い、指で画面をこすったが、黒い染みは取れなかった。
それがこのプロジェクトにおける、最初のノイズだった。
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