花咲く転生天狗姫〜こっちは番外編ですです〜

御金 蒼

第一話 チョコと幼女と300体

(三人称)


「七や、準備は良いか?」

「ん! いいよ!」


 大きな影に抱えられていた小さな影は、ピョンと上空から、淡く光って見える桜の森に飛び込んだ。




 常世。

 異界との境界が薄い地━━初雷領。


 満月の中、桜の花弁と共に鮮血が散った。


「数多いって!」


 配置された森の戦線で、次々と殺意の籠った目を光らせ、牙を見せて向かってくる影━━魔物を蹴散らすその女の姿は、舞っているようにも見えた。必死な面持ちの本人には悪いが。


 紺色の軍服を着た彼女は、深く突き刺し貫通させた刀を引き抜き、たった今死骸と化した魔物を蹴り飛ばして次に飛びかかってきた魔物を狩る。


 他領から流れて来た栗鼠妖の新人だが、とても筋が良い。


 伸びて来た腕を屈んで躱し、彼女は居合抜きで、黒く大きな魔物の上半身と下半身を切り離した。


「新人〜、次来るぞ〜」


 彼女の指導を任された男が、鳥の姿で上から突き殺しに来た魔物を瞬殺しながら言う。


「もう!? 休憩は!?」


 猿のような魔物の首の骨を折ると、同じ種類の魔物が3匹団子のように固まって襲いかかって来る。


「HAHAHA! 『お仕事楽スィー』と3000回くらい唱えてみな。何を諦めても気分が沈まなくなるZE⭐︎」


 そんなお団子を難なく、しかし可笑しなテンションで凍らせて粉砕する男は、同じ紺色の軍服を来た天狗だった。


「休憩無いんですね! ていうか先輩もう何かの末期症状入ってますね!?」

「HAHAHA! 『お仕事気持ツィー』!」

「さっき言ってた台詞と違うし、ヤバみが増してるんですけど! ちょっ、こっちに生首飛ばすの止めてくれません!?」


 そんな二人の頭上に大きな影がさした。


 見上げると、楕円形の岩のようなものが降って来ている。


「ブモォー!」と鳴いていて、魔物であると気づくのに3秒。

 これ避けられないな、と気付いて脳内で遺書公開をするのに2秒。

 実は両片思いだったので、「好きです! チューしましょう!」「オッケー!」公開告白するのに0.5秒。


 それを狙ったかのように、魔物が爆ぜて吹き飛んだ。


「拙者は何を見せられているのでござろう??」


 そう言ったのは、魔物を爆ぜ飛ばした眼鏡の仲間であった。紺色軍服が多い中、眼鏡は一人だけ黒のこってこてな忍者服である。ちなみに、栗鼠妖の女と同期である。


「ナイスだ眼鏡忍者!」

「この後飲みに連れてってあげるわ!」

「嫌でござる。連れ込み宿にフェードアウトする気の先輩と同期に挟まれて酒とか飲みたく無いでござる」


 そもそも飲みになど行けるのかが怪しい。


「拙者は直帰するでござる。家で嫁とイチャラブするでござる」

「なんで『ござる』とか言ってる七三眼鏡の忍者マニアが先に結婚してるんだろう? 理不尽」

「先輩聞いてください。私アイツの嫁と幼馴染おさなななんですが超絶エロ可愛いんですよ」

「えっ、見たい」

「目潰しするでござるよ?」


 そう思ったところで次の魔物の波が来た。


「ていうかこれ本当に今日帰れる!?」

「もー! なんでこんな多い日に夜勤なのー!」


 余談だが、魔物は夜の方が昼間より少し強い。


「あれ? 拙者この前避妊したかな?」


 何か不穏な言葉を眼鏡忍者が口走った瞬間だ。


「ヒニンって?」


 鈴のような幼児の声が会話に混ざった。


「それは勿論━━━━今の、先輩の声でござるか?」

「んな高ェ声出るか!」


「ここよ」


 眼鏡忍者が足元を見ると、それはもう可愛らしいご尊顔が見上げていた。


 紫がかった黒髪に、宝石のような大きな紅の瞳。ふくふくとした愛らしい頬っぺたを持つ幼女━━戦場に似つかわしくない姿だが、重要戦力な天狗自領のこと大事七夜月な姫様が、そこに居た。


『戦場で気分が昂るのは仕方がありません。が、姫様の教育に悪い知識が少しでも身についていた場合……分かっていますね?』


 よく七夜月の同伴を任されるこの部隊が、密かに鞍馬邸の裏ボスと恐れられる侍女様から頂く、有り難〜いお言葉を思い出す眼鏡忍者。

 彼はクイっと眼鏡のブリッジを指で押し上げると、頭の中で計算を始める。自分が死ぬまでの制限時間タイムリミットを。


「姫様、どうか今聞いた話はご内密に……!」

「ああ、ダイジョブよ。じつは、麦穂にないしょでキョウきてるんだ。だから、あんしんしてね」

「それはそれで安心出来ない!」


 唇の前で小さな人差し指を立てる七夜月に、眼鏡忍者だけでは無く話が聞こえた他の面々もギョっとした。

 というか合点がいった。何故なら現在時刻、21時過ぎである。

 育ち盛りの七夜月は、本来なら布団に入っている筈なのだ。


「姫様!? 抜け出して来たんですか!?」

「なんて危ない!」

「夜の散歩にしたってもっと安全な場所あるでしょう!? 何で前線に来ちゃうんですか!?」


 魔物を誘導して戦場に出来ている場所最前線は2箇所。その最前線では無いのだが、此処はその場所から比較的近い森である。

 鞍馬邸からは大分離れている為、歩きでは無く、一人で子ども天狗が飛んで来るのもそこそこ大変な距離だ。


「ジィジがつれてきてくれたのよ? 『寝れねーなら遊びに行くか!』って」


 お館様アアア!!


 全員、扇を広げて豪快に笑う自分達の主を想像するのは、容易だった。


「ちょうどいいから、間引くのオテツダイするね」


 えい! と、風が七夜月を中心にグルリと吹き抜ける。

 眼鏡忍者達をギリギリ巻き込まないように、螺旋を描く風は今も飛び込んで来ていた周囲の魔物達の首を跳ね飛ばした。


「70……んー、ここおもってたより少ないかも?」

「え……え? 今何が?」


 栗鼠妖の女が、自分の足元に転がった死体と七夜月を交互に見て困惑の表情を浮かべている。

 実は彼女だけ、七夜月が戦っている姿を見たのは今が初めてだった。


「姫様マジで戦えたんですか!?」

「ん、たたかえなかったら来ないね」

「天才!?」

「えへへ、てれちゃう」

「照れ方可愛いかよ!」


 自分の口元を両手で覆い、ふわふわな笑みを浮かべる七夜月を思わず撫でる3人。

 そんな様子を空から眺めている者がいた。


「おーい、七ぁ〜」

「あっ、ジィジ!」


 降りて来た金髪の美丈夫。天狗の先代頭領こと彩雲の元に駆けていく七夜月に対して、3人は膝をついて首を垂れる。


「あぁ、戦場でンな事すんな。七迎えに来ただけだ」

「ジィジ! チョコ!」


 彩雲の足に引っ付くや、お菓子の催促を始める七夜月に、全員隠してはいるがホッコリ顔を晒した。


「ん? チョコはジィジとの勝負に勝ったら貰えるんだぞぉ?」


 七夜月を片腕で抱え上げてニヤリと笑う彩雲のもう片手には、コイン型チョコの入った袋があった。現世に行った時、買っておいたのだろう。


「ここで70で、ホカで10と30倒したから、ぜんぶで110!」


 ドヤ! と自信満々に言い切る七世月だが、彩雲はそんな彼女に「250」と一言。


「……どこに、そんなにいたの?」


 静かに二人の会話を聞いていた眼鏡忍者達は、だいたい察する。恐らく魔物を何体倒したかを競い合っていて、七夜月が勝てば彩雲がご褒美にチョコをくれるんだな、と。


 ━━250なら大分手加減しているなぁ、……お館様も手加減出来るようになったんだなぁ。


 鞍馬家に仕えて早7年になる先輩天狗は、若干そんな失礼な事を考えていた。


「うぅ〜〜、でもギャクテンできるほど魔物いない〜」


 悔しそうにキョロキョロと辺りを見渡して、七夜月は魔物を探す。

 なんだかんだこの森に来るのは、最前線の撃ち漏らしだ。

 最前線が捗っていれば必然的に減っていく。


「お前さん等」


 七夜月を一旦下ろして、彩雲が手招きをする。

 嫌な予感を、新人の栗鼠妖すら感じた。


「ちょっと最前線まで七を連れてってやってくんね?」

「え」

「流石に危険では?」

「怖いでござる」


 眼鏡忍者は子どもを連れて行く事の懸念より、純粋に自分が行きたく無かった。

 心の声がそのまま漏れ出た瞬間に、先輩天狗が一発ボコったのは言うまでも無かろう。


「ボーナス減♡」


 雇用主の強烈な一言に、全員一瞬で駆け出した。


「横暴だ。行くしかねェ」

「所詮私達は社畜なのね」

「ボーナスいっぱい欲しいでござる」


 そうして3人は、七夜月と彩雲を連れて最前線━━は、やはり危ないので、その原っぱが見渡せる森の終わり。

 丁度良く崖になっている場所にやって来た。


「おー、やってるなぁ。……なんか今日多くね?」

「多いです」

「多分定時で上がれません」


 どこからとも無く湧いてくる黒い影相手に、紺色の軍服を着た集団が奮戦している。

 夜目が効かなければ全員黒く見えている所だが、幸いにもこの場にそんな間抜けは居ない。


「んじゃ七、アレ好きなだけ間引いていいぞ」

「んー……」


 彩雲に抱えられながら、くしくしと目を擦り始める七夜月の様子に、誰もが「あ……」と察する。

 そう、いつもなら七夜月は寝ている時間なのだ。

 つまり、眠気が襲って来ている。


「なんだ、もうチョコは良いのか?」

「んー、たべたいけど……コインチョコだしぃ……」


 眠気とコインチョコでは、眠気の方が勝るらしい。


「ふーむ、勝負を途中で投げ出すような子にゃあしたくねェなぁ」


 チラリと3人を見る彩雲の目が語る。『何か良い案出せ』と。


「あの! 私、苺のミルクな飴ちゃんあります!」

「1点……zzzぐー

「ですよねぇ!! スミマセン!」


 勇敢な栗鼠妖の女は、手に出した飴を引っ込めた。


「任せろ弔い合戦だ! 姫様! 俺ってば懐にアンパン●ンチョコ忍ばせてました!」

「……きのう、たべた。zzz」

「タイミング……っ」


 先輩天狗、膝を突いて脱落。


「先輩も同期も情け無いでござる。姫様、サ●リオチョコはおすきでござるか?」

「……すき」


 キャラクターなチョコである事は変わらないが、某国民的餡パンから方向が変わった事に、七夜月の顔が上がった。


「拙者、黄色いワンコのチョコを━━」

「……zzz」

「一番寝るの早くござらんか!? ダメ? プリ●ちゃん駄目でござる!?」


 勝ち確だと思い込んでいた余り、衝撃が大きい。

 彼の後ろで「せめて●ティちゃんだろ」「何故あえてプ●ンちゃんにした」と、先に散った二人が淡々と突っ込んでいる。


 そこで、彩雲は何かを思い出したらしい。

 近くにいた栗鼠妖に七夜月を一旦預けると、ゴソゴソと羽織の中に手を入れた。


「あったあった」


 彩雲は出した物を片手に、うつらうつらと頭が揺れている七夜月に呼びかける。


「七や」

「んむぅ? はっ…………ク……クロ●ちゃんだぁー!!」


 眠そうだった目がパッと開いてそう叫んだ瞬間、プ●ンのチョコを持っていた眼鏡忍者はベシャリと崩れ落ちた。

 勝敗を分けたのは、ズバリ推しか否かである。


「やる気出たか?」

「めっちゃでた!」


 キラッキラな表情で七夜月は地面に降り立つ。

 片翼だけ出して羽を一枚抜き、それを扇に変える。

 そして原っぱの魔物達に向かって、


「そぉーれ!」


 霊力で、威力の増した風が草原を駆け抜ける。


 一番崖に近い場所にいた魔物の目には、小さな火花が映った。ビッだか、バチンッだか。そんな音を聞いた時には、紺の軍服を着た者達を避けるように、頭から突如発火した。


 ある一帯の魔物は、水で出来た蜘蛛の糸のような螺旋で首やその他が色々刎ね飛ばされた。


 少し先では、大きな棍棒を振りかぶっていた一際巨大な魔物が、細かい砂のような塵芥に。


「んーと、150……200……250……300!」


 後ろで宇宙猫な顔になっている3名を差し置いて、七夜月はスッと両手を彩雲の前に差し出した。大きな両目が、期待に満ちている。


 ━━がんばったでしょ。すごいでしょ。チョコくれるでしょ? くれるよね?


「そんじゃ儂は倍な」

「へ?」


 何やら無慈悲なセリフが聞こえるや否や、ブンを片腕を振った彩雲が全く同じ風を、もっと大胆な規模で送った。


 結果、600体の魔物が消え去る。


「ジ……ジィジ……」

「誰が相手だろうとな、勝負ってのは全力で勝ちに行くモンよ。チョコはまた今度な〜」

「おとなげなぃぃいいいい!!」


 七夜月がそこそこギャン泣きしている間、原っぱに居る鞍馬家の精鋭達の間では『姫様ヤベーし、お館様はトチ狂ってる』という伝説が生まれていた。






 ++++++++++++++++++++++

 どうも御金です。

 天狗姫の本編の方で、余りにも魔物とのバトルシーンが無いので番外編を書きました。

 ジィジが2話目で出してる、七夜月が魔物300体倒してるエピソードが此方です。本編では首300と書いてますが、……大体300っていうのが正しいですね。燃やしてるのも居るので。

 少しでも七夜月達を好ましく思っていただけましたら、⭐︎やコメントをいただけますと嬉しいです。

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