「ペルム紀」で絶滅してみませんか?

遠藤 世羅須

第1話 タイムマシンは絶滅ポイントに止まる ( Part 1 )

登場人物

ドクター・ゴンドワナ(68歳):

  世界的なベテラン古生物学者。常に呑気でマイペース。

 世紀末的状況でも、珍しい化石の発見に夢中。

 絶滅を「究極のフィールドワーク」と捉えている。


アキ・パレオ(24歳):

  ドクターの若手助手。真面目で常識人。

 絶滅ポイントからドクターを連れ戻す任務を負っているが、いつも振り回される。


ドクター・パンゲア(50代):

  ドクター・ゴンドワナの永遠のライバルであり、古地質学の権威。

 大陸移動とプレートテクトニクスに全てを賭けるストイックな男。

 絶滅そのものより、絶滅を生み出す超大陸の構造に関心がある。


帳・カンブリア(見た目40台):

 行政地質学(※本人が勝手に作った分野)/時空法規/リスク層序学学者

 クロノス計画の責任者兼対外説明・監査対応・揉み消し担当



♢第一話:タイムマシンは絶滅ポイントに止まる


時代: 2億5200万年前、ペルム紀末期。地球史上最大の大量絶滅のまさに直前。

場所: シベリア・トラップ、大規模火山活動の中心地から遠くない、

   奇妙に蒸し暑い海岸線。

   CO2↑ O2↓  温度↑


タイムマシン「クロノス号」のハッチが開いた瞬間、

アキ・パレオはむせ返るような硫黄の匂いと、

サウナのような熱気に思わず咳き込んだ。

「ドクター、ここ、本当にペルム紀ですか?

空気がドブネズミの胃液みたいに不味いんですが」

ドクター・ゴンドワナは、分厚いサングラスをクイッと上げ、

満足そうに鼻を鳴らした。

彼の足元には、真っ黒な炭素質の泥濘が広がっている。

「アキくん、キミはなんて失礼なことを言うんだ。

 これは『ドブネズミの胃液』ではない。

『終焉の時代特有の、濃厚な二酸化炭素と硫化水素のフルーティーなブーケ』だよ。

 ああ、これぞシベリア・トラップ。

 史上最大級の地質学的イベントの、最高のメインディッシュさ!」

ドクターは泥濘にひざまずき、ポケットから取り出したルーペで、

赤茶けたサンゴの化石片を熱心に調べ始めた。

「メインディッシュ、じゃないです!

 ドクター、メインディッシュの後は絶滅です!」


アキが周囲を見回したとき、異様な生物が、ぬかるんだ岸辺を

のっしのっしと歩いているのを目撃した。

体長は3メートルほど。背中には、帆船の帆のように巨大な、

皮膚に覆われた突起物(帆)がそそり立っている。

その帆の血管は、熱を放出しようと赤く充血していた。

「ドクター、あれ!あの背中に巨大な扇風機を背負ったトカゲはなんですか!」

アキは反射的にドクターの背中に隠れた。

ドクターはルーペから目を離さず、涼しい声で答えた。

「ああ、あれかい。あれはディメトロドン。ペルム紀を代表する単弓類だ。

キミたちが将来『恐竜』と呼ぶ爬虫類よりも先に、

陸上生態系の頂点に立っていた連中さ。

帆は体温調節用だよ。太陽の熱を浴びて温まったり、風に晒して冷やしたりする」

「体温調節用ですか!確かに今日はやたら暑いですが…って、

 私たちを獲物として見ていますよ!あの鋭い歯!あれは明らかに肉食です!」

ディメトロドンは、二人に向かってゆっくりと進み、

独特の船の帆のようなシルエットで、二人を威圧している。

「落ち着きなさい、アキくん。この時代の生物は、絶滅のストレスで、

 食欲が低下しているのが定説だ」

「定説を信じないでください!彼の目は明らかに、

『久しぶりに美味そうな獲物が来た』と言っています!」

ディメトロドンが大きな口を開け、牙を剥き出した。

アキは原始的な武器(石)を探したが、周囲は泥だらけで、良質な石がない。

「しまった!石がない!ドクター、どうするんですか!」

ドクターは、泥の中からブラキオポッド(腕足動物)を数匹つまみ上げると、

それをディメトロドンに向かって投げた。

「ディメトロドンくん、どうだい?

 今、絶滅しかかっているペルム紀のローカルフードだよ。

 新鮮なブラキオポッドだ。キミの祖先が繁栄した時代からの、思い出の味さ!」

ディメトロドンは、泥まみれのブラキオポッドを一度見たが、

興味を失ったかのように鼻を鳴らした。

そして、その巨大な帆をわずかに揺らし、二人を完全に無視して、

ぬかるみの中を反対方向へ歩き去ってしまった。

アキは呆然とした。

「……逃げた?いえ、無視されました?」

ドクターは腕を組み、満足そうに頷いた。

「言っただろう、アキくん。絶滅のストレスで食欲が低下している。

それに加えて、あの帆を見なさい。血管が充血して、体温が上がりすぎている。

彼は今、食事どころか、熱中症一歩手前だ。

きっと『こんな暑い日に、面倒くさい獲物なんて食っていられるか』

とでも考えたのだろう」

「絶滅の瀬戸際で、猛獣に熱中症で無視されるなんて……

 なんてコメディな状況ですか!」アキはがっくりと肩を落とした。

ドクターは、ディメトロドンの去った方向を見て、しみじみと言った。

「見なさい。生命たちは、巨大な火山活動による環境破壊に、

 ただ耐えているだけじゃない。

 彼らもまた、この暑さ、この不味い空気、この泥の中で、

 懸命に生きていくのが『面倒くさい』と感じているのさ。

 絶滅とは、究極の『環境へのギブアップ』かもしれないね」

「ギブアップしないでください!ドクター!

 あなたまで絶滅モードにならないでください!」

こうして、ディメトロドンとの「熱中症エンカウント」を終えた二人は、

絶滅に向かう途中の生物たちの悲喜こもごもを、さらに探求することになった。


私たちには『トリロジー・プロジェクト』

つまり『絶滅する前の環境サンプルを採取して、1時間以内に現代へ帰還する』

という重大なミッションがあるんですよ!」

「ああ、知っているよ。だから今、その『絶滅する前の環境サンプル』、

 つまりは『死ぬ直前の生物たちの悲喜こもごも』を探しているんだ」

ドクターは泥の中から、手のひらサイズの二枚貝のような生物、

ブラキオポッド(腕足動物)を数匹つまみ上げた。

彼らの殻は、まるで石灰が溶けたように白く、脆くなっていた。

「見なさい、アキくん。このブラキオポッドは、もう限界だ。

 海水に溶けた二酸化炭素が炭酸になり、殻を容赦なく溶かしている。

 この世の終わりだというのに、

 彼らの動きはなんとのんびりしていることか。

 まるで『ああ、今日の死に水はレモンサワーみたいで美味しいね』

 と言っているようだ」

アキは頭を抱えた。彼の任務は、この呑気な老学者を死なせないことだ。

「ドクター、その生物の『悲喜こもごも』は結構です。

 採取リストにあるのは『絶滅の原因となったマグマ噴出岩の微量サンプル』です!

 早くしないと、私たちの船(クロノス号)の緊急帰還タイマーが

 作動してしまいます!」

「おや、もうそんな時間か」

ドクターは立ち上がり、タイムマシンの制御盤を弄り始めた。

「じゃあ、サクッとマグマ噴出岩を採取しに行こう。

 シベリア・トラップは北東へ約100km。よし、目的地をセットだ」

アキが嫌な予感を覚えて叫んだ。

「ドクター、やめてください!私たちが移動すべきは『現代』です!」

ピピッ!

ドクターは満面の笑みで親指を立てた。

「安心したまえ、アキくん!微量サンプルなんて、わざわざ現場に行かずとも、

 時空を越えて採取すればいい。

 このクロノス号には『過去・未来の指定ポイントから、

 ピンポイントで物質を吸引する機能』を搭載している。これで一発だ!」

アキは制御盤の表示を見て絶叫した。

「吸引ポイントが『3億年、石炭紀』になっています!」

「なんだって?まあいい、3億年じゃマグマ噴出岩は無いが、

 化石ならあるだろう!」

ドクターは巨大なレバーを勢いよく引いた。

ブォォォォン!!


( Part 2 に続く)

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