OutLands編_第5話_向こう側の顔

翌日、太陽がまだ低いうちに、第八を出た。


 出る直前、広場ではいつもの顔ぶれが動いていた。


 サムは水場から戻ってきたばかりで、まだ肩にタンクの跡がくっきり残っている。


「お前らだけずるいな。俺も“向こう側の顔”ってやつ見てみたいんだけど。」


「仕事サボってまで見るもんじゃない。」


 レイモンドがあっさり切り捨てる。


「子供の数、また減ったらどうする。今日は第八をちゃんと数えてろ。」


「はいはい。イリヤの弟の代わりに、他のガキはちゃんと数えとくよ。」


 サムは、冗談めかしながらも視線だけは真面目だった。


 少し離れたところでは、カーンとソフィアが荷車のそばで古いバッテリーを積み直していた。


 カーンは片手で端子を拭きながら、イリヤたちをちらりと見る。


「第七の地下は、あんまり居心地良くないぞ。空気も悪いし、機械の唸り声ばっかだ。」


 ソフィアが、手にした工具を回しながら言う。


「こっちの“目と耳”は私たちで何とかするからさ。せめて、自分の目は大事にして帰ってきて。」


 マイクは、医療テントの前で小さな薬包紙を並べていた。


 包帯と、簡単な止血薬。それから、焼けど用の軟膏がいくつか。


「怪我するなら、帰ってきてからにしてくれ。」


 ぶっきらぼうに言いながらも、視線は優しい。


「向こうで血を流されると、追いかけていけない。こっちまで戻ってくれば、少なくとも文句言いながら縫える。」


「……分かった。」


 イリヤは短く答えた。


 レイモンドが先頭、イリヤとカイが少し離れてついていく。


 風は冷たく乾いていて、昨日まで耳の奥に残っていた轟音は、さすがにもう聞こえない。


「本当に第七まで行くのか。」


 カイがぼそりと呟く。


「“まで”じゃない。“第七の下”だ。」


 レイモンドは振り返らずに答えた。


「表通りは通らねぇ。あいつらの牙がよく見えるのは、裏のほうだ。」


 第七は、第八より少し都市寄りだ。


 そのぶん、線に近い。


 ハウリングの人間ですら、気軽に泊まりたがる場所じゃない。


「……なんで捕虜を第八じゃなくて、第七に置いてるんだ?」


 イリヤが聞くと、レイモンドは肩をすくめた。


「第八は“暮らす場所”だ。わざわざ爆弾抱え込む必要はない。


 第七は“噛みつく場所”。危ないもんは、だいたいあっちに集まる。」


「爆弾、って。」


「都市にとっちゃ、“まだ繋がってる”ネイルン持ちの兵士は爆弾と同じだ。」


「ネイルン。」


 カイが小さく繰り返す。


「正式には N-LUN とか言うらしいが、こっちは昔からそう呼んでる。」


 レイモンドは、足を止めずに続けた。


「首の後ろの端子に刺してる箱が N-LUN を黙らせてる。


 それでも心配だから、地下を網で囲って、上からジャマーかけた。」


「網?」


「鉄と廃材で作った、簡単な檻みたいなもんさ。


 都市の電波と、そいつの中の残り物が素直に喋らないようにする。」


 カイが小さく息を吐いた。


「そこまでやって、まだ“爆弾”呼ばわりかよ。」


「向こうがどこまで聞いてるか分からないうちは、疑いすぎるくらいでちょうどいい。」


 レイモンドはそう言って、少しだけ振り返った。


「実際、最初の一週間くらいは、こっちも胃が痛かった。


 “今この瞬間、都市のどこかで俺たちの顔が映ってたらどうしよう”ってな。」


「……見られてないって、どうやって分かったんだ。」


「単純な話だ。」


 レイモンドの目が、そこで少しだけ鋭くなった。


「もしあいつの目と耳がまだ生きてたなら、


 捕まえた日の夜に、とっくに無人機が雨みたいに降ってきてる。」


 イリヤは、言葉を失った。


 確かに。


 それが起きていないという事実が、一番確かな回答だ。


***


 第七の外れにある、半分沈んだビルに着いたのは、日が頭上に来る少し前だった。


 表側は壁が崩れ、中の骨組みがむき出しになっている。


 だがレイモンドは、そこには目もくれず、裏手の狭い階段へと回り込んだ。


 階段の下には、鉄と網と木材を継ぎ接ぎしたような扉があった。


 その前に、二人座っている。


一人の胸元には、歯車と炎を組み合わせた小さな金属の飾りがぶら下がっている。その男はナイフを研いでいた。前線要員の一人、従軍信徒ナディムだった。


 もう一人は長い銃を抱えている。ディスパーサの構成員だ。


 二人とも、イリヤたちを見るなり顎を上げる。


「レイモンド。ガキ連れて来る場所じゃねぇって言ったろ。」


「昨日は“決心した奴が来るなら止めねぇ”って言ってただろ。」


 レイモンドが軽く返すと、ナイフの男が鼻を鳴らした。


「決心ねぇ。散々線の向こうに撃たれて、やっとかよ。」


「遅れて来た奴のほうが、長く残る。」


 レイモンドは短く言い返し、扉の横の鉄枠に手をかけた。


「中の“爆弾”は、大人しくしてるか。」


「今んとこはな。」


 銃を抱えた方が、チラと目を細めた。


「ネイルンは黙らせた。あとはこっちの檻とジャマー頼みだ。


 それでもビビってる連中は、こうして一日じゅうここで見張ってる。」


「ビビってるから、生き残ってる。」


 レイモンドはそう言い残して、扉をノックした。


 内側から、金属の擦れる音が返ってくる。


 鍵が外れ、重い扉が、きしみながら開いた。


***


 地下は、思ったよりも狭かった。


 低い天井。


 補強のために渡された鉄骨。


 壁には、古い機械のパーツや、配線の切れ端が打ち付けてある。


 レイモンドが言っていた「網」は、そのままの意味らしい。


 鉄の骨組みと、古いケーブルが、天井近くをぐるりと取り囲んでいた。


 その骨組みの近くでは、カーンとソフィアが小さな発電機と黒い箱の調整をしていた。


 ケーブルが束になって黒箱に刺さり、その先で天井の「網」と繋がっている。


「ジャマー、安定してるか。」


 レイモンドが声を掛ける。


「波形は落ち着いてる。」


 ソフィアは端末の小さな画面から目を離さずに答えた。


「向こうから何か飛んできても、この地下までは素直に届かない。」


「ただし、発電機が止まらなければな。」


 カーンが、手元のレンチを回しながら口を挟む。


「こいつが止まった瞬間、ここはただの穴蔵になる。お前ら、用が済んだらさっさと出ろ。」


 少し離れた机の上では、マイクが救急箱を広げていた。


 包帯や薬包紙、それから古い注射器。


「捕虜が暴れて頭でも打ったら、縫うのは俺だからな。」


 ぶっきらぼうに言いながらも、目線は地下室全体を一度ぐるりと確認する。


「それと、お前ら二人もなるべく殴られるな。縫う場所が増える。」


「……気をつける。」


 カイが苦笑いし、イリヤは小さくうなずいた。


「ここ、暑いな。」


 カイが小声で言った。


 地下だというのに、空気はじっとりと重い。


 何かの機械音が、微かに耳の奥で唸っている。


「上でジャマー回してる。電気食うから、換気までは回せねぇ。」


 奥から声がした。


 鉄骨の陰に座っていた細身の女が、壁にもたれかかっている。


 短く刈った髪に、油と埃が絡んでいた。


「客?」


「客ってほど上等じゃねぇ。」


 レイモンドが首を振る。


「こいつらには、“向こう側の顔”を一回くらい見ておいてもらったほうがいい。」


「物好きだね。」


 女は肩をすくめ、顎で奥を示した。


「まだ生きてるよ。」


 部屋の突き当たりに、金属パイプで組んだ簡易の檻があった。


 その中に、一人の男が座っている。


 痩せてはいるが、まだ骨と皮だけ、というほどではない。


 腕は背中で縛られ、足首には古い手錠がはめられている。


 首の後ろには、都市の兵がよく付けている金属の端子穴があった。そこにお手製の小さな機械が刺さっていた。


 N-LUN を無効化する装置だ。カーンが部品をかき集め、ソフィアが中身を組み、マイクが実際にこの首の端子に噛ませた“小箱”。

もともとは、都市から逃げ出してきた市民のネイルンを黙らせるために、何度も失敗を重ねて作り上げたものだという。

 アウトランズで首の後ろにこの小箱をぶら下げている人間は、「昔は都市側にいた」という印でもある──わざわざ豊かな生活を捨てアウトランズに来る人間は、そう多くない。



「……本当に、繋がってないんだよな?」


 カイが呟く。


「繋がってたら、とっくにこの地下ごと吹き飛ばされてる。」


 レイモンドがさらりと言った。


 檻の中の男が、こちらに顔を向けた。


 二十代前半くらいだろうか。


 黒髪は汗で額に貼りつき、頬には青い痣が残っている。


 目は、思っていたよりも普通だった。


 虚ろでもなければ、完全な憎しみに染まっているわけでもない。


 ただ、疲れた人間の目だった。


「新しい拷問役か。」


 男が、乾いた声で言った。


「なら先に言っとく。


 大事な軍事機密なんてものは、下っ端にはそうそう降りてこない。」


「拷問はしない。」


 レイモンドが答えた。


「お前が知ってる“都市の中身”を全部吐かせたいわけじゃない。


 知りたいのは、“お前がどう動いてたか”のほうだ。」


「どう、動いてたか?」


「命令をどう聞いて、どんな景色を見て、引き金を引いてたか。」


 レイモンドは檻の前まで歩み寄ると、イリヤとカイを手招きした。


「こいつは、第七の制御塔を叩いたときに捕まえた都市防衛の一人だ。


 あの夜、線の向こうで動いてた側の人間だ。」


「こいつらは第八のイリヤとカイだ。お前の弾の飛んでくる側で暮らしてる。」


 イリヤは一瞬、レイモンドを見上げてから、視線をリースに戻した。


「……イリヤ。」


「カイだ。」


 イリヤとカイが順に名乗ると、男は少しだけ目を細めた。


「……リースだ。」


「リース。」


 イリヤがその名を繰り返すと、胸の奥で何かがざらりと動いた。


「お前らにとって、俺はどういうラベルなんだ。」


「都市の兵隊。」


 カイが即答した。


「線の向こうから撃ってくる、あと……。」


 そこで言葉が詰まる。


 イリヤは、その続きを口に出した。


「弟を撃った側。」


 リースの目が、わずかに揺れた。


「……いつの話だ。」


「昨日。」


 イリヤの声は、自分でも驚くほど平坦だった。


 リースは少し黙ってから、首を横に振った。


「捕虜になってからネイルンは無効化されたからな。俺には何の情報も入ってこない。」


 イリヤの口から、自然に出た。


「あんた達は子供も撃つように命令されてたのか。」


「それはない。」


 リースは少し目を伏せてから、そう答えた。


「戦場で接敵した時、そこに“子供”ってラベルは出ない。


 距離と、熱と、持ってるものの形と、動いてる方向が出るだけだ。」


「じゃあ、どうやって決めてた。」


「……“脅威か、そうで無いか”。」


 リースの視線が、イリヤのどこかを通り越して、遠くを見た。


「武器を持っているか、戦いをしているような動きかどうか、どの方向に動いているか。


 そういうのを、瞬時に判断する。」


「脅威だと思ったら?」


「撃つ。」


 その言葉は、あまりにも簡単に出てきた。


「撃たなかったせいで誰かが死んだ、なんてことにならないようにってな。」


 沈黙が落ちた。


 イリヤは、手のひらの中で指を丸めた。


 爪が皮膚に食い込む。


「それで、誰かが撃たれた。鍋を持ってた子供が。」


 リースは目を閉じた。


「鍋か……熱源と金属、そして運悪く動きが脅威と判断されたか。」


 レイモンドが、そこで割って入った。


「された?どう言う意味だ?撃ったやつを知っているのか?」


 リースはしまったと言う顔をした。


 レイモンドがさらに追及する。


「情報は入ってこないはずだ! 情報が漏れているのか?」


「違う。」


 リースは慌てて首を振った。


「誰が撃ったかなんて知らない。ここに連れてこられてからは、本当に何も聞いてない。」


「じゃあ『判断された』って誰にだ。」


 レイモンドの声が低くなる。


「俺たちは、“撃ったやつ”と、“撃てって言ったやつ”をちゃんと分けて考える。」


 檻の格子越しに、レイモンドが身を乗り出した。


「お前の口ぶりだと、撃てって言った奴が別にいる。」


 リースは視線をそらした。


「俺たちは、照準を合わせて、引き金に指をかけるだけだ。そこで敵だと出たら、撃つ。優秀な兵士ほど素早い。」


「出たら?……表示されるのか。その“敵だ”と出してるのは誰だって聞いてる。」


 壁際にいた女のディスパーサが、ナイフの柄を握り直した。


「お前か? お前の上官か? それとも──」


「……クラトスだ。」


 絞り出すような声だった。


 部屋の空気が、一瞬止まる。


「……クラトスって…あのクラトスか?TriCoreの…。」


 レイモンドの眉が動く。


 リースは諦めたように続けた。


「TriCoreを知ってるんだな…そいつとリンクして戦場のすべてを見てる。」


 ディスパーサの女が舌打ちした。


「行政AIが戦場まで管理してんのかよ 。」


 リースは乾いた笑いを漏らした。


「“クラトスが敵じゃないって言ったものは撃つな。敵だって言ったものは逃すな。”その判断は人間より正確で早い。」


 カイが怒鳴った。


「正確? リオはまだ 7 歳だったんだぞ!」


 リースは語気を強めた。


「俺も今まで子供を誤射したって話は聞いた事がない。今回が初めてなハズだ!」


「だからなんだ? 今回が初めてだからなんなんだ?」


 そう言うとカイはリースを力一杯殴りつけた。


「俺の弟を!!!」


 そこでリースが気絶している事に気がつき、言葉を飲み込んだ。


 マイクが、音も立てずに近づいてきて、檻の格子越しにリースの頭を支えた。


「殴るなとは言わねぇが、頭蓋まで割るなよ。」


 そう言いながら、簡単に瞳孔の反応を確かめる。


「……大丈夫だ。死ぬほどじゃない。」


「こいつらは、自分の目で見て決めてたわけじゃないってことか。」


 レイモンドの声は、怒鳴りではなく、冷えたトーンになっていた。


「鍋を持った子供も、クラトスとやらが“脅威”って判定したから撃たれた。そういう話だな。」


「AIが脅威って言ったから撃ちました、か。自分の弾で誰が死んだかも知らねぇで、よく寝られるな。」


「こいつらと俺たちは、考え方がまるで違うんだろうさ。」


 レイモンドが短く言った。


「でも、全く違う生き物って程でもないだろ? リオが撃たれた話をしたとき奴はどうだった?」


「…………。」


 イリヤは答えなかった。


「だから見せたかったんだ。」


 彼はイリヤの肩に手を置いた。


「向こうから撃ってくるのは、こういう顔してる奴らだってことをな。


 機械じゃない。ロボットでもない。ただの人間だ。」


「人間だから、余計タチ悪いけどな。」


 女のディスパーサが、壁際から口を挟んだ。


「ネイルン繋いで、都市に命令されて撃ってくる。


 “こっちと同じくらい情けない奴ら”だ。」


 リースが目を覚ました。


 イリヤは、リースを見た。


 リースも、イリヤを見ていた。


 何かを殴りたくなる感覚と、何かを吐き出したくなる感覚が、胸の中でぶつかる。


「……お前は殴らないのか。」


 リースがぽつりと言った。


「弟を撃った“側”の人間だぞ、俺は。」


「殴っても、弟は戻らない。」


 イリヤは、ようやく出てきた言葉を口にした。


「殴るなら、“撃つように命令した奴”を殴りたい。」


「クラトスか?」


「違うと思う……。」


 イリヤは考えてた……確かにクラトスは撃つか撃たないかの判断はしていた。


 だけどクラトスだけが悪いのか?


 レイモンドが、口元だけで笑った。


「それでいい。これはそう単純な話じゃない。」


 彼は檻から一歩下がり、イリヤとカイに向き直る。


「こいつから聞き出せることは、少しずつ聞く。

どんな距離で、どんな音がして、どれくらいで“危険”って判断されるのか。


 それを知らないまま怒ってても、線のこちら側が死ぬだけだ。」


「……俺たちは?」


 カイが問う。


「お前らには、“死ににくくなるほう”を教える。」


 レイモンドは、指を二本立てた。


「一つは、線に近づくときの歩き方。


 一つは、向こうの目がどこを見てるかを想像する癖だ。」


「武器は?」


 イリヤの言葉に、レイモンドは肩をすくめた。


「鉄の握り方は、その次だ。


 今、お前らに必要なのは、“撃ち返す腕力”じゃなくて、“撃たれない場所を選ぶ頭”だ。」


 その横でソフィアが、ジャマーの電圧表示を確認しながら口を挟んだ。


「向こうの“目ん玉”がどこ見てるかくらいなら、私も手伝うよ。


 どういう角度で動くと“ノイズ”に見えるかくらいは、こっちでも計算できる。」


「怪我したら俺の仕事が増えるからな。」


 マイクが包帯をまとめながら、ぶっきらぼうに付け足した。


「最初から変な転び方はしないでくれ。」


 レイモンドはそう言うと、踵を返した。


「行くぞ。ここは長居する場所じゃない。」


 地下室を出る前、イリヤはもう一度だけ振り返った。


 リースは、目を閉じていた。


 その顔は、都市の兵士である前に、ただ疲れ切った一人の人間にしか見えなかった。


***


 地上に戻ると、風が少しだけ冷たく感じられた。


 さっきまでの重い空気のせいか、


 それとも、ここから先のことを考えているせいか。


「なぁ。」


 階段を上がりきったところで、カイが言った。


「向こうは、俺たちのことを“何人撃った”“何人残った”って、数字で数えてるんだよな。」


「だろうな。」


 レイモンドが答える。


「向こうのどっかの部屋で、“目標何名排除”って数字見て、誰かが頷いてる。」


「ムカつく。」


 カイが小さく吐き捨てた。


「でも、さっきのリースの顔見たら、


 “数字の向こう側にいるのも人間だ”ってのも、分かってしまった。」


「分かって、それでもムカつくなら、それでいい。」


 レイモンドは二人を見渡した。


「ただし、ムカついて突っ込むだけなら、あの12人と同じ穴に入るだけだ。


 お前らには、もう少しマシな死に方か、生き方を選べる頭を持ってもらう。」


「……生き方、のほうで頼む。」


 カイが言うと、レイモンドは短く笑った。


「じゃあ今日のところは、“生きて帰る歩き方”からだ。」


 彼は遠くの線を顎で示した。


「向こうの無人機がどの高さを飛んでるか、どこを嫌がるか。


 建物の影のどこを選べば、“見えない穴”に入れるか。


 歩きながら全部言う。覚えろ。」


「……うん。」


 イリヤは、胸の奥にリオの顔を抱えたまま、足を踏み出した。


 線のこちら側で生き残るための一歩。


 その先に、撃ち返すかどうか決める場所がある。


 今はまだ、そこまでは見えない。


 ただ、歩き始めなければ、一生見えないままだ。


 それだけは、もう嫌だった。


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