ep4. 祈り
チクタクチクタクチクタク。チクタクチクタクチクタク。チクタクチクタクチクタク。
どのくらい時間が過ぎただろう。私は月と見つめ合っていた。今日は、一段と満月が地上人近い日だと本に書いてあった。月は周期的に満ち欠けを繰り返し、稀に満月の姿を垣間見せ、稀に私たちに近づくのだ。
誰かが言った。
「お月様は、願いを叶えてくれるのよ」と。
お月様は、私の願いを叶えてくださるかしら。小窓を開け、空に手を伸ばす。手を伸ばせば届きそうなのに、届かないのが、不思議でたまらない。風が肌を掠めると、冬だということを実感する。風が吹いたところの手が、一層冷たくなる。
もし、叶うのならば。その言葉が、本当ならば。全く叶わなくても、願うくらいは許されないだろうか。
お月様は、いつも微笑むだけだ。私のことなど、知ってもくれない。そう、例えるならば有名なアーティストのよう。お月様がアーティストだとすれば、私は聴衆の1人だろう。
私ばかり、独りよがりなのだ。
けれど、お月様はそこにいてくれるだけで良いの。
たとえ、私の願いが、あなたの耳に届かなかったとしても。
だから、これはあなたを想うしがない少女の独り言です。
「どうか、お月様よ。私をこの屋敷という名の牢獄から解放してください。そして、私を世界へ連れて行ってください。世界は私にとっての楽園なのです」
チクタクチクタクチクタク。チクタクチクタクチクタク。チクタクチクタクチクタク。
やはりお月様は無言を貫いている。こんな無様な真似事をしたって、どうせ_______
「ならば、貴方の望みを叶えましょう!」
「…………ふぇ!?」
目の前にはティンカーベルと思わしき、華奢な、羽を纏った女の子がいる。物語から飛び出してきたような美しい容貌をしている。
「なんですか、いきなりスットンキョンな声を出して。まったく、貴方の願いが私を読んだんですよ?」
「ね、願いって、もしかして……」
「そうです! ワンダーランドに連れて行ってあげましょう!!」
女の子はそういうと手を大の字に広げ、その場でくるりと一回転をする。
「わ、わんだあらんど? それに、あなた、何者なの?」
「申し遅れました。私は月の使徒! 長いのでシトと呼んでください。貴方の望む夢を叶えるためにやってきました! そうですねえ……、これは一足早い、月からのクリスマスプレゼントと思ってください」
またシトはその場でくるりと舞う。シトが回った場所に、光る金粉のようなものが尾を引いていた。
私は目の前に起きていることが信じられなかった。現実に、世界が介入しているような違和感があった。空を飛ぶ少女、ワンダーランド……、全てが私の見ている幻ではないかとさえ思い始めていた。
「もし……」
「『もし、本当に願いが叶ったのならば』でしょ? 私、貴方のことなんでも分かるんだから! さあ、私の手に捕まって。ワンダーランドに行きましょう」
シトは言葉を遮ると、私の言いたいことを当てた。シトの前では、隠し事など聞かないように思えた。
「その……ワンダーランドってどこにあるの?」
「何言ってるの、月に決まってるじゃない。ほら、早く手を取って!」
シトに言われるがまま、差し出された白い手に触れる。冬だというのに、シトの手は温かった。シトの手を掴んだ瞬間、体が重量から解放されたようにふわふわと浮き上がる。
「行くわよ。手を離さないで、しっかり握って」
シトに導かれるように、窓から頭を、身体を、足を出す。眼下にはまだ灯りの灯っている家々が広がっていた。身体は上へ昇り、しだいに街並みが光る点のように見えるようになっていた。
「お母様………」
「あら、あなた。そんなに嫌っていたのに母が恋しいの?」
そう問うシトの瞳は、どこか闇を湛えている気がした。
____________あんなの、母親でも何でもないでしょう?
途端、脳裏に重厚な声が響く。
……これは、誰の問いだろう。
月夜に捧げるワンダーランド あおいいろ @aoiiro
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