ep.2 目覚め

「……ライラ、ライラ」


「お母様……?」

視界がはっきりすると、お母様が私を覗いているのが分かった。


「ああ、ライラ。目が覚めたのね。昨晩も、夢を見ていたの?」

「…………ええ」

「そう、そう。分かったわ。今日はライラの好きなフランチトースト?を作らせてみたの」


お母様がそう言うと、使用人のコックが「フレンチトーストです」と訂正をかける。


「そうそう、フレンチトースト。で、ライラ。今日はお医者様が来てくださったから、ちゃんとお話をするのよ」


お母様によると、今日はお医者様が来るらしい。私のいったい、どこが病気と言うのだろう。そんなことを言うお母様のほうが病気なのではないかと疑うが、大人しく従うことにした。お母様は、いつだって私の言うことを聞かないのだ。ずっと、病気だ、病だ、としつこく言われるものだから、違うと何度も反論するのだけれど、いつも言うことを無視する。


「お母様、聞きたいことがあるの。クロはどこにいるの?」

「あら? クロなんて犬、飼ってないじゃない。この子、また変な妄想に浸かっているみたいよ。ね、ヘンリー?」 


お母様は執事のヘンリーに同意を求める。ヘンリーは首を縦に振り、「今日の話もお医者様にしましょう」と提案する。


この人たちは、私の言うことを無かったことにしたいみたい。私が虚言を吐いていると思ってやまないのだ。私はラグジュアリーのベッドのレースをビリビリと剥がしたい気分に襲われたが、その気を抑えてヘンリーに紅茶を頼んだ。


「はちみつのルイボスティーでございます。ほのかな甘味があり、リラックス効果が期待できますよ」

ヘンリーはビタミンとか、アンチエイジングとか、訳のわからないことを言いながら、厨房から一緒にフレンチトーストも運んできた。


「本日のお食事も寝台の上で結構ですか?」

「……ええ」

ヘンリーはベッドテーブルの上にフレンチトーストを置き、「失礼致します」と言葉を残して部屋から去った。


フレンチトーストはメープルシロップがかけられ、側には果物が添えられている。私は味のしないフレンチトーストを頬張り、今晩の出来事を思い出していた。


_______なんにも泣くことはないさ!!


風の香り。花の芳香。暗闇のこと。そして、クロのことも。


私は毎日、心がどこか違う場所に飛ばされているのだと思っている。毎日、心だけ遠くに行って、不思議な体験をしている。そう思わないと、信じられないほどに、全てが鮮明だった。私は今晩の場所を「世界」と読んでいる。あの空間だけが、私をこの無機質な鳥篭から解放してくれるのだ。しかし、「世界」は有限だ。なぜなら、世界の端には暗闇がいるから。この暗闇は獰猛で、触れてしまえば世界の物質は暗闇に閉じ込められてしまう。


もしも、暗闇の先がこの現実だとするならば。


あのウサギさんも、ここにいるのかしら。あぁ、それならクロも連れてくれば良かった。

私はこの鳥篭の中に、1人。ずっと、ずっと……。


私はベッドにかけられたブランケットを強く握りしめる。ふと、窓の方を見やると、芝生の上で鳥が二羽遊んでいる。


「私もあの鳥のように飛んでいけたら良いのに」

鳥はどこまでも自由で、羽ばたいていける。私は羽が生えて、どこか遠くの星まで行ってしまいたい衝動に駆られた。



「ライラ、入るわよ」

お母様がドアを2回、コツコツとノックする。

「…………入って」


お母様は私を見るや否や、血相を変えて話し始める。

「ライラ、今日こそお医者様に病状を話すの!! もう、これ以上ライラがおかしくなっていくのを見たくないわ。ちゃんとお薬を貰うの。分かったわね?」

「分かったわ。……でも、おかしいのはお母様なんじゃないかしら?」

「まあ!! なんてことを言うの……。もう、私、どうしたら……」


お母様は、私の言ったことに酷く混乱する様子を見せた。そして、私を軽蔑するような視線を送る。


「ライラ、もうそろそろでお医者様が到着するわ。あなたがこんな子だとは思わなかった。お医者にきっちりとお話しして、お薬を増やして頂きましょう。ルイーズ家の恥よ」


お母様はそう言い残し、ドアを力強く閉めた。



________いい気味。



私の中で、いつもにない冷徹な声がした。ふと我に帰り、ダメよ、「お母様にしていい仕打ちではなかったわ」と反省をする。



ああ、早く夜が来ないかしら。

そうすればまた、私は「世界」と言う名の楽園へ行けるのに。

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