謎の言葉「アブでもハイハイ」の正体を追って

蟹場たらば

「アブでもハイハイ」を知っていますか?

〇目次


・はじめに

・「アブでもハイハイ」との出会い

・「アブでもハイハイ」の用例が見つかる

・「アブでもハイハイ」のその他の用例

・「アブでもハイハイ」の語源は?

・「アブでもハイハイ」が使われていた地域

・まとめ




〇はじめに


 皆さんは「アブでもハイハイ」という言葉をご存じでしょうか?

 この言葉には、「相手の言うことをなんでも聞く」という意味があります。


 質問しておいてなんですが、おそらく皆さんの中で「アブでもハイハイ」を知っていた方は、ほとんどいなかったのではないかと思います。

 事実、ネットで検索してみても、ブログ等での使用例はほとんど存在していません。それどころか、国語辞典系のサイトにも掲載されていないくらいです。


 私はある時、偶然「アブでもハイハイ」という言葉を発見しました。しかし、ネット上に情報がないことから疑問を持ち、意味や語源を詳しく調べてみることにしました。以下の文章は、その調査の一部始終を書き起こしたものです。


※手っ取り早く結論だけ知りたいという方は、お手数ですが最後の『まとめ』までスクロールをお願いします。




〇「アブでもハイハイ」との出会い


 アカウントページを見てもらえば分かる通り、私は趣味で小説を書いています。その時に、類語辞典を使うことがあります。

 知らない方のために説明しておくと、類語辞典というのは言葉を別の言葉に言い換えるためのものです。たとえば、「辞典」の項目を見ると、「辞書」「語典」が載ってるみたいな感じですね。


 特に私はネットの類語辞典を使うことがほとんどです。紙のものも一応持ってますが、いちいち引くのが面倒なので。


 先日も「言いなり」を別の言い方に変えたくなって、『類語玉手箱』というサイトをチェックしていました。

 するとその最中、気になる言葉を見つけてしまったのです。



言いなり - いいなり | 翻訳家やライター、ウェブ制作者などにオススメの無料日本語類語辞典サイト

https://thesaurus-tamatebako.jp/thesaurus/thesaurus/%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%AA%E3%82%8A/



 アブでもハイハイ……?

 そんな言葉、今までに一度も見たことも聞いたこともありません。


 もちろん、単に私が知らないだけという可能性も十分あります。胸を張れるほど本を読んできたわけではないですから。

 だから、本当にそんな言葉があるのか、語源は何なのか。今度は「アブでもハイハイ」で検索をかけてみました。


 しかし、何故かネットの国語辞典は一件も引っかかりませんでした。表記を変えて、「あぶでもはいはい」や「虻でもはいはい」でもダメでした。


 仕方がないので、面倒だとか言ってないで、紙の国語辞典を引いてみることにしました。けれど、残念ながらこちらにも載っていませんでした。


 ところで、私は先程、「ネットで調べても辞典には載っていなかった」と言いました。

 言い換えれば、類語辞典系のサイトには載っていたということでもあります。



アブでもハイハイの類語・関連語・連想語: 連想類語辞典

https://renso-ruigo.com/word/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%81%A7%E3%82%82%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%82%A4



「アブでもハイハイ」の言い換えや類語・同義語-Weblio類語辞典

https://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%81%A7%E3%82%82%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%82%A4



「アブ〇〇」といえば? 言葉の種類や熟語一覧

https://kanji.reader.bz/words/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%80%87%E3%80%87



 これらのサイトを見て、私は最初、虚構記事なのかもしれないと思いました。

 虚構記事というのは、イタズラ目的や著作権対策のために、辞典にわざと混ぜられる嘘の項目のことです。


 どこかの類語辞典サイトが、虚構記事として「アブでもハイハイ」を掲載する。それを他のサイトが嘘だと知らずにコピーしてしまう。そうした流れで、類語辞典系のサイトにだけ「アブでもハイハイ」が載っているのではないか、と。


 ところが、もう少し詳しく調べてみると、実際にブログで「アブでもハイハイ」を使っている人が見つかったのです。




〇「アブでもハイハイ」の用例が見つかる


>上司がバカなことを言っても、とりあえずハイハイと聞いておきなさい、ということです。「それは違います。なんとならば・・・」と正論を展開しても、うまくいかない。まずはハイハイ、おもむろに搦め手から攻めればよろしい。


>エキセントリックSafuro(筆者注:父親のこと)は、ある温厚な人から、「君はよく絶対というが、それはやめたほうがいい。アブでもハイハイだよ」と諭され、目が覚めたそうで。


Safuro語録(その3:アブでもハイハイ) | 極楽ブログPart2

https://ameblo.jp/tuko-sifuso/entry-12403186844.html



 アカウント主のsifusoさんは2007年12月から2025年12月現在まで、継続的にブログを更新されておられます。

 また、上記の2018年9月7日の記事以前に、2008年4月21日にも一度「アブでもハイハイ」について書いておられます。



>恐らく千人中九百九十九人まで意味を知らんだろう。


アブでもハイハイ | 極楽ブログPart2

https://ameblo.jp/tuko-sifuso/entry-10090240136.html



 ですから、sifusoさんが嘘をついておられる可能性は低いでしょう。「アブでもハイハイ」は実際に存在する言葉だと考えていいのではないかと思います。


 ただし、前出の『Safuro語録(その3:アブでもハイハイ)』によると、sifusoさんも語源についてはご存じないようです。



>アブの語源はわかりません。アブノーマルではないでしょうし。阿呆の変化形かなあ



 またsifusoさん以外には、さくらの凡人さんという方が、「アブでもハイハイ」というタイトルで、昆虫の虻の写真を投稿されています。



アブでもハイハイ | GANREF

https://ganref.jp/m/sakuranobonzin/portfolios/photo_detail/5486979



 もっとも、こちらも「アブでもハイハイ」と昆虫の虻をかけただけのジョークという可能性があるので、虻が語源かどうかはやはり不明です。




〇「アブでもハイハイ」のその他の用例


 一応、この他にも、「アブでもハイハイ」という言葉を使っている方は何人かおられました。

 ただし、どれも文章が怪しいため、用例とは言えないと私は判断しました。


 単語を適当に並べて検索に引っかかりやすいページを作り、アクセス数を稼いで広告収入を得るor詐欺サイトに誘導する……という手法があるそうなので、もしかしたらこれらもそういう記事なのかもしれません。なかには、まったく同じ文章を載せているところもありましたし。

 そういうわけですから、リンク先を閲覧される方はくれぐれも自己責任でお願いします。



>にんにくの後世にしぶい臭い予防として乳汁を飲むと「アブでもはいはい」と愛ます。


にんにくと口臭の関係: 見廻り巡回パトロール隊!

http://sgsdkfes.seesaa.net/article/369523405.html



>地位が低いし、ストラップがまだ似合うかなこのハイヒールは、まだねんね期のが架かることは、赤子ならあり、乱舞いるハイヒールがNGなら「アブでもはいはい」じゃ不味いよう小売商人に工夫し。


高岡薫の公式イベント情報 | 琴乃の失敗日記 - 楽天ブログ

https://plaza.rakuten.co.jp/xisqtkjzi874636/diary/201704080000/



>地位が低いし、ストラップがまだ似合うかなこのハイヒールは、まだねんね期のが架かることは、赤子ならあり、乱舞いるハイヒールがNGなら「アブでもはいはい」じゃ不味いよう小売商人に工夫し。


動画DVD, | イプサ(IPSA) - 楽天ブログ

https://plaza.rakuten.co.jp/cwsyltjvmj1638/diary/201704060000/



>風水の画壇でも、一生が開けるとか、「アブでもはいはい」インフレになる先行に、極々手水場や台所などの背を向け合う郊外の掃除を欠かさ枯れことで、耐久年数の街頭が開ける


車の内装のビニールレザーの貼り方: スズキ ジムニーja22のトラブルまとめ

http://c2w6utev.seesaa.net/article/369758597.html



>地所・古家付きで500万。この築年で水洗トイレは「アブでもはいはい」ね。

>正反対の一周はリフォームに相当の軍資金が必要性になることが万余のです。


自己資金が足りない : 弘前市の不動産探し

https://hirosakifd.doorblog.jp/archives/30295996.html



 最後の『弘前市の不動産探し』に関しては、他の二つの記事はちゃんとした文章で書かれていました。なので、詐欺サイトではなく、単なる推敲不足なのかなという気もします。

 もっとも、それで裏付けられるのは、「アブでもハイハイ」を知っている人が他にもいるということだけで、語源は不明なままなのですが……




〇「アブでもハイハイ」の語源は?


 私の見落としがなければ、ネットで見つけられる情報はおそらく以上がすべてです。

 さらに詳しいことを知ろうと思ったら、紙の本を調べないといけないでしょう。


 ただ、先述のsifusoさんはブログカテゴリにシニアを選んでおり、さくらの凡人さんは後期高齢者だと名乗っておられます。さらにsifusoさんは、若い頃に父が教わった言葉のまた聞きだとも述べられています。

 ですから、ネットで用例が見つからないのは、古い言葉だからではないかという推測が立ちます。


 そこで私は、『国立国会図書館デジタルコレクション』にアクセスすることにしました。このサイトでは、著作権の切れた本や一部の絶版本を読むことができます。

 さらに特定の言葉を、タイトルだけでなく、から検索することまで可能です。


 今回も結局、「アブでもハイハイ」では何も出てきませんでした。

 しかし、念のため、「でもハイハイ」と表記を変えて調べてみたところ、『川上村誌』という本がヒットしました。


 相手に従うことと昆虫の虻に何の関係があるのか。そう思って「第七章 川上村の民俗と生活」の「七 村の俚言」の項目を読んでみたところ、「アブでもハイハイ」はこんな風に記載されていました。



>あんたのことならあぶ(虻)でもはい、はい(蠅、蠅)。


川上村誌(波多放彩・1964年)

https://dl.ndl.go.jp/pid/3008443/1/225



「言いなり」の類語ということを踏まえると、「あなたが言うなら虻でも蝿だということにする」というような解釈でいいのでしょうか。

 てっきり「はいはい言うことを聞く」の「はいはい」だとばかり思っていたんですが、実は「蝿蝿はいはい」だったんですね。


 お恥ずかしながら私は知らなかったんですが、蝿は「はえ」だけでなく、「はい」と発音することがあるようです。

 確かに、「蝿叩き」を辞書で引いてみると、「『はいたたき』とも言う」みたいに出てくる場合がありました。


 こちらの『川上村誌』は、1964年に刊行された本で、山口県にある川上村の歴史や文化についてまとめたものです。

 なので、一般的な辞典に載っていないのは、古い言葉だからという以上に、一部地域だけで使われていた言葉だからなのかもしれません。


 実際、「アブでもハイハイ」の記載されていた「七 村の俚言」の項目には、次のような前置きがありました。



>ここに掲げた川上村の俚言は、広く行なわれているもの、たとえば「当るも八卦、当らんも八卦」、「良薬は口に苦し」式のものは、つとめてこれを省き、主として村内または近郷で云われているものに限り収録し、また表現も常用語(方言)によった。


https://dl.ndl.go.jp/pid/3008443/1/224




〇「アブでもハイハイ」が使われていた地域


「アブでもハイハイ」は山口県だけで使われていた言葉かもしれない。この仮説を確かめるため、今度はデジタルコレクションで、「虻でも」や「あんたのことなら」を検索してみました。

 結果、予想した通り、山口県の郷土資料二冊が、「アブでもハイハイ」を収録していることが分かりました。



>あんたのことなら、あぶ(虻)でもはい(蠅)はい。


福栄村史(波多放彩・1966年)

https://dl.ndl.go.jp/pid/3022490/1/310



>あんたのことなら、あぶ(虻)でもはい(蠅)はい。


阿東町誌(波多放彩・1970年)

https://dl.ndl.go.jp/pid/9572466/1/395



 これら福栄村・阿東町と前出の川上村は、いずれも山口県北部の阿武郡と呼ばれる地域に属していたそうです。

『川上村誌』『福栄村史』『阿東町誌』が、すべて波多放彩という民俗学者によって著されているのも、三つの町村が同じ地域内にあったからだと思われます。


 なお、川上村と福栄村は、2005年に隣接する萩市と合併しています。

 萩市といえば、最初に挙げた類語辞典サイト(類語玉手箱)を運営している藤本直さんは、萩市のご出身のようです。



>藤本 直(ふじもと・なおし)

>昭和18年4月22日生(山口県萩市)


現代翻訳者事典

https://dl.ndl.go.jp/pid/12210357/1/246



 加えて、ブログに記事を書いておられたsifusoさんも、西部の宇部市ではありますが、ご出身は山口県のようです。



>宇部生まれの宇部育ちで、60歳を過ぎ、ふるさとに恩返しをしたいと思っておりました・・・・


文化創造財団で40年前の音楽仲間に再会した(前篇) | 極楽ブログPart2

https://ameblo.jp/tuko-sifuso/entry-11632507962.html



 こうなると、お二人が「アブでもハイハイ」をご存じだったのは、山口県出身というのが関係している気がしてくるんですが、どうなんでしょうか?


 さらに言えば、「アブでもハイハイ」と似た言葉が、山口県西部の下関市にある安岡地区や吉見地区でも使われていたみたいです。



>〇イノガ 情識じょうしき ホーテモ 黒豆 アブデモハエ〈安岡・吉見〉

>言い出したら人の言うことを聞かない。虫がはっていても黒豆だと言い、虻を見ても蠅と言い張るように。


下関市史 民俗編(下関市市史編修委員会・1992年)

https://dl.ndl.go.jp/pid/13206555/1/449



 古語に詳しい方ならご存じかもしれませんが、「情識」は強情や頑固、わがままを指す言葉なんだとか。

「アブでもハイハイ」は相手に従うという意味だったのに、「アブでもハエ」だと相手を従わせるという意味になるのが面白いですね。一方がもう一方から派生したものだったりするのでしょうか?


 このように「アブでもハイハイ」は、山口県で使われていた言葉だといえそうな根拠が複数見つかりました。

 しかし、他県での使用例がまったくないというわけではありません。島根県浜田市の郷土資料にも記載がありました。



>あんたのことなら、あぶ(虻)でもはい(蠅)はい


浜田市誌 下(浜田市誌編纂委員・1973年)

https://dl.ndl.go.jp/pid/9572742/1/301



 もっとも、島根は山口の隣県ですし、浜田市は県西部に位置しているため、県内でも山口に近い地域だと言えるでしょう。

 なので、「アブでもハイハイ」は、山口県~島根県あたりで使われていた言葉だと結論づけられそうです。


 ただデジタルコレクションの検索に引っかからないだけで、もっと広い地域で使われていた可能性も否定はできません。

 たとえば、虻の写真をアップされていたさくらの凡人さんは、栃木県にお住まいのようです。



>居住地域 栃木県さくら市


https://ganref.jp/m/sakuranobonzin/profile



 もちろん、これも「山口から栃木に引っ越してきた」「島根出身者から聞いた」といった可能性が考えられるので、何とも言えないところですが……




〇まとめ


・「アブでもハイハイ」という言葉がある。

・意味は、相手の言うことをなんでも聞くこと。

・「あんたのことなら虻でも蝿蝿はいはい」=「あなたが言うなら虻でも蝿だということにする」が語源。

・少なくとも、山口県と島根県での使用例が確認できる。


 これ以上詳しいことを調べるには、おそらく文献を一冊ずつ当たらないといけないでしょう。それはさすがに時間がかかりすぎるので断念しました。とりあえず、語源が何なのか知ることができたので、私としては満足ですし。


 というわけで、この調査記録も以上で終了とさせていただきたいと思います。もし誤りを見つけた方や新情報をお持ちの方がいらっしゃれば、是非ご教示ください。






(了)

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