銀河葬祭株式会社 特殊葬儀課

505号室

第1話 【食葬】

星間列車の窓に、遠くの星々がゆらめいている。

 座席備え付けの小さなテーブルに置かれた弁当を開ける。

 箱底面の装置により温められ、出来立てのように湯気の立つハンバーグが顔を出した。ソースの泡がはじけ、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 少し寝坊気味で朝飯を食う余裕もなかった。

 周りに人がいないことを確認して、がつがつと貪り食う。

 ハンバーグに箸を突き立てる。

 肉汁が溢れ、米と一緒にかき込む。


 噛み切る感触。

 舌の上で肉が崩れていく。

 肉の旨味が口いっぱいに広がる。

 喉を通り、胃へと落ちていく。

 

 急いでかっこんだせいで米をスーツにこぼしてしまった。

 まあセーフだ。

 手でつかんで口へ放り込む。

 疑似重力がなければこぼさずに済んだのにな。

 でもまあ米粒やハンバーグたちが宙を舞っていたら、そもそも食事どころじゃないか。

 

 銀河葬祭株式会社──特殊葬儀課。

 俺が今日から配属される職場だ。

 地球人だろうが異星人だろうが、誰もが死ぬ。しかし星の数だけ文化が存在し、葬儀も様々な儀礼がある。この部署はそんな特殊葬儀に精通していて、誰の死にも寄り添う──と、会社案内には書いてあった。

 列車の揺れに合わせて、面接官の笑顔を思い出す。

「幼少期に祖母の葬儀で出会った葬儀会社の方々の優しさが印象的で……。

 自分も悲しむ遺族の心に寄り添いたいと思い御社を志望しました」

 我ながらキマったと思った。

 悲しんでる人のために行動するのが好きだ。人を助けてあげたい。もちろんこれは俺の本心だ、嘘じゃない。

 そんな善行をする自分のほうが好きなだけで。

 

 車内アナウンスが響く。

 『まもなく惑星べリコへ入星いたします。少し揺れますので列車が完全に止まるまでお席にてお待ちください』

 窓を見ると既に星に近づいており、薄緑色の空と真っ暗な宇宙の境界あたりを抜けるところだった。そのまま徐々に高度が下がり、目的地である惑星べリコに着陸した。

 あまり人の出入りは多くないようで閑散としている。辺境である我らが母星"地球"を思い出す。

 駅員であるべリコ星人に笑顔で軽く会釈をしながら改札ゲートを抜ける。彼らは頭部に湾曲した特徴的な2本の角を備えてはいるが、それ以外はほぼ地球人と変わらない2足歩行型で親しみやすい見た目だった。


 駅のロータリーへ抜けると地球と同じ共通規格のバスが何台か止まっている。

 昨日届いた上司のメッセージを確認し、葬儀場に停まるバスへ乗り込む。

 バスに揺られながらメッセージに改めて目を通すが、

 細かいことは既に現地入りしてる教育係に聞いてくれとのことだった。

 なんとまあ手厚い新人教育だこと。

 その教育係は社内で一番のベテランらしいし、なんとかなるだろ。

 あくび混じりに伸びをする。


 葬儀場に着くと、銀髪の青年が立っていた。

 建物の一部かのように微動だにせず、その場に溶け込んでいた。

 角もないし、べリコ星人ではないのだろう。

 襟元に銀河葬祭の社章が見えた。ということはあの人が現地入りしている教育係か。

 

 「おはようございます! 向井葵です、本日はよろしくお願いします!」

 「君がアオイか。俺は教育係のエイトだ。よろしく頼む」

 俺の明るい声とは対照的な静かな声で彼は答えた。

 無表情だし暗い人なのだろうか。

 見た目はほぼ地球人と変わらないが、銀髪と金色の眼が特徴的だ。

 年齢は見た感じ20代後半ぐらいで俺とは4、5歳くらいしか変わらないように見える。

 にしても会社で一番のベテランがこんなに若いってのはどうなんだ。

 ブラックで全然人が定着しないとかあるんじゃないだろうな……。

 

 そんな疑念はおくびにも出さず、笑顔のままでエイトを見つめていると心を見透かしたように彼は言った。

 「社歴だけなら、俺が最長だな。70年目になる」

 「ななじゅ……えっ?」

 「俺の種族は長命なんだ。この仕事に就く以上、余計な先入観は持たない方がいい」

 「……は、はい。すいません……」

 まさか顔に出てたか……?

 冗談を言っている様子もないし、本当のことなんだろう。なんだか機械のような無機質な落ち着きを感じるのも納得だ。

 「別に謝るようなことではない。では案内する。ついてきてくれ」

 「あ、ありがとうございます!」

 即座に笑顔へ切り替えるも、エイトは既に葬儀場へ向き直り歩き出していた。行き場のなくなった笑顔を仕舞い、小走りでそのあとをついていく。


 葬儀場の中を進んでいく。

 何やらハーブやスパイスなどの香りが漂ってきた。

 葬儀場には似つかわしくない、食欲をそそる香り。

 遺族の昼食の香りだろうか。

 そういえばこの星ってなんか名産とかあるのかな、何も調べてなかったな。

 うまそうなものがあったら駅で自分用の土産でも買って帰るか。

 などと考えていると、エイトの歩みが止まった。

 そこは遺体安置室の扉の前だった。

 なぜだかハーブの香りが一際強くなってきたような…。

 何か胃の底が少し重くなるような何か嫌な予感がする。

 エイトに質問するため口を開こうとしたが、それより早くエイトが扉を開けた。

 

 遺体安置室。

 その名の通り、確かに部屋の真ん中に血色のない白い肌の遺体が置かれていた。

 当然のことだ。

 

 しかしその周りには包丁、多様な調味料。

 遺体には布がかけられているが、本来右足があったであろう場所に膨らみがない。

 その代わりにぶくぶくと泡が立つ鍋から何か白いものがのぞいている。

 

 脳が理解を拒絶する。

 趣味の悪いB級ホラーのような景色。

 食欲をそそる香りと目の前の景色が最悪の形で繋がる。

 胃の底の予感は徐々に重さと鋭さを増していく。

 

 「……これは……?」

 なんとか言葉を絞り出し、エイトに質問をする。

 「ベリコ星特有の食葬だ。今は仕込みの最中でな。……まさか人事部から何も聞かされていないのか?」

 

 仕込み。

 なんてことない言葉。

 なのに自分の足も切り落とされたように急速に血の気が引いていく。

 呼応するように胃の奥からは予感が胃酸へ姿を変えてせりあがってくる。

「………す、すいません…お手洗いに…」

 言葉以外が口からこぼれないように手で抑え込んで、安置室を飛び出した。

 

 廊下へ出ると、奥から明るい声が聞こえてくる。

 「葬儀屋さん! 探したわよ!」

 角を携えた遺族らしき人々がこちらへ歩いてくる。

 こちらの状態には気づかない様子で、声の主の女性が早口で話しかけてくる。

 「今日の献立ね、カツとか唐揚げとか、揚げ物を少し増やしてほしいの。若い子が多いから」

 「おいおい、煮込みも頼むよ! 地酒と合うんだよ!」

 「そうねぇもつ鍋なんかもいいわねえ…」


 こいつらは何を言っているんだ?

 自分の家族を刻み叩き燃やし、貪り食うための作戦会議を笑顔でしている。

 おぞましい怪物のように思えて、絶句した。

 何も言えなかった。

 

 すると背後から「ご要望はこちらで聞きます。」

 とエイトが遺族を引き受けてくれた。

 その横を抜けてトイレに駆け込む。

 

 便座に手をつく。

 胃が裏返る。

 胃の中身が嫌悪感と共に便器に吐き出される。

 その中に、朝食べたハンバーグの破片が浮いている。

 まだ形が残ってる。

 肉の繊維。

 米粒。


 遺体安置室の場違いな香りと虚に空を見ていた遺体の顔を思い出し、また吐いた。


「悲しむ遺族の心に寄り添いたいと思い御社を志望しました」


 面接の時の自分の言葉がまたリフレインする。

 そんな綺麗事を吐いた口は今や吐瀉物まみれだった。

 

 遺族の心に寄り添う。簡単なことだと思っていた。

 傷ついた心と悲しみを癒すように立ち回る。

 そうしてたくさんの感謝を得ることができる。

 

 自分でも浅ましい欲だとは思っていた。

 でもそんな欲でも人の役に立ってるのだからそれでいいと思っていた。


 だが俺は、遺族を「怪物」だと思った。

 笑顔で献立を相談する姿をおぞましいと思った。

 寄り添う?できるわけがない。

 理解できない。気持ち悪い。受け入れられない。

 

 しかし、そうなればここにいる俺は何の役にも立たない醜い欲にまみれたゴミだ。

 

 そんな自己嫌悪を繰り返しながら、吐き気が落ち着くのを待った。

 気分が良くなったとはお世辞にも言えないが、いつまでもここでうずくまっているわけにもいかない。

 鏡の中にいる作り笑いもできなくなった男の死んだ目を見つめながら、

 手を洗い、トイレを出る。

 

 すると壁にもたれるようにしてエイトが立っていた。

 顔や声を取り繕う間もなかった。

「ひとまず茶でも飲め、地球のものに近いはずだ」

 そう言って手に持っていた茶を差し出してくれた。


 胃酸に傷つけられた喉をゆすぐようにゆっくりぬるめの茶を飲み下す。

 こわばっていた心が少し落ち着くのを感じる。


「すみません…ありがとうございます。」

「謝らなくていい。むしろ我々の共有不足ですまなかった。食葬は宇宙の中でもかなり特殊な部類だ。俺にはわからないが、地球人にはきっとショッキングだったろう。」


 ――食葬。

 安置室の景色がフラッシュバックする。

「食葬ってなんなんですか……。共食いってことですか?」

 嫌悪感を隠す余裕は無かった。

「共食いと言ってしまえばその通りだが、あくまであれは死者を悼むための文化だ。」

「だからって人を……家族を食うなんておかしいです。」

「おかしいか。」

「おっ、おかしいですよ!野蛮です、理解できません!」

 動揺した俺を馬鹿にされているように感じて、つい声が大きくなる。

 

「君たち地球人だって肉を食うだろう。」

 考えないようにしていた事実をまっすぐ突きつけられた。

「いやあれは家畜ですし、共食いなんて道徳的じゃないでしょう!」

「そうか?そもそも道徳を持ち出すなら食うために積極的に殺したりしていない分、食葬の方が理性的じゃないか?」

 

 喉が詰まる。返す言葉もない。

 朝食時の感覚が口の中に蘇ってくる。

 肉を噛み潰す感触、肉汁が溢れて、香りが鼻を抜けていく。

 その感覚と遺体が結びつき、また吐き気に変わる。

 

 「いや、すまない。別に責めてるわけじゃないんだ。」

 エイトは淡々と続けた。

 「ただ、君にとっての『普通』が誰にとっても『普通』とは限らない。同じ星で生まれたって分かり合えないんだ。この広い宇宙なら尚更だ。」


「じゃあなんで…じゃあなんで俺にお茶をくれたんですか。地球人の吐き気なんて異星人には理解できないでしょう。」

 言い負かされた悔しさか、

 子供の揚げ足取りみたいな言い方をしてしまった。


「ふむ…。まあ理解できなくとも、歩み寄ることはできるからな。」

「歩み寄る…?」

「ああ、別に完全に理解して受容する必要なんてない。ただ想像して歩み寄ってやれることをやればいい。」

「でも歩み寄ったところで嫌悪感は…」

「それはそうだ。別に気持ち悪いと思うなら、気持ち悪いままでいい。」

 

 するとピピピピとアラーム音がなる。

「すまない、まだ仕込みの最中でな。」

 エイトが端末を操作しながら言う。

「まあ、なんにせよ今回のことはこちら側の落ち度だ。すまなかった。今日は帰って休むといい。」

「えっ」

「会社には俺から説明しておくから安心しろ。じゃあお疲れ様。」

 無力感とぬるい安心感がないまぜになって、心を満たしていく。

 安置室へ戻っていくエイトの背中を、呼び止めることもできず黙ってみていた。


 こういう時に簡単に切り替えて帰路につければ良いのだが、

 無力感と罪悪感が足枷のようにまとわりつく。

 といっても戻って働くほどの責任感はない。

 どっちつかずなままロビーにある椅子に腰掛けた。


 歩み寄るという言葉が胸に残っていた。

 気持ち悪いままいい。

 理解できなくていい。

 でも、それで本当にいいのか?

 答えは出なかった。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 俯いたままの視界に、小さな靴が見えた。

 「葬儀屋さん?」

 顔を上げると、ベリコ星人の子どもが立っていた。目が赤く腫れている。泣いていたのだろうか。

 

 「おじいちゃんの献立、お願いしてもいい……?」

 また胃の奥がざわつく。

 とはいえ泣いている子供を無碍にもできない。

 無理やり笑顔を作って頷く。

 「どんな料理がいいの?」

 「あのね、ハンバーグを作って欲しいの。」

 胃のざわつきが強まる。

「昔おじいちゃんがね、お留守番してる時に作ってくれたの。僕が好きだったから。」

 「……そうなんだ」

 「うん、でもちょっと焦げちゃって……うぅ…」

 耐えきれなかったようで、たまらず泣き出してしまった。


 自分も子供の頃、こんなふうに泣いていた。

 大好きだった祖母を理不尽に奪っていく死が憎かった。

 優しかった手が、笑顔が、声が、全て小さな壺に押し込まれ、言いようのない喪失感を感じていた。


 この子もそうなんだろうか。

 急に降りかかった別れに胸を痛めているのか。

 

 風習や姿形が違っても、死者を悼み哀しむ気持ちに違いなんてないのかもしれない。

 

 「……思い出のハンバーグ、しっかり準備するからね。」

 「……ほんと?…ありがとう。」

 子どもが、涙を浮かべて微笑む。

 

 覚悟が決まったわけではないが、迷いはいくらか晴れた。

 俺は安置室へと向かった。


 扉を前にすると、スパイスの強い香りがしてくる。

 逃げ出したくなるが、なんとか部屋をノックする。

「エイトさん、葵です。扉越しですみません。ご遺族からの伝言がありまして……。」

 すると少し間を開けて、スーツにエプロンをしたエイトが出てくる。

「まだ帰っていなかったのか。どうした。」

「故人のお孫さんからの要望で、ハンバーグを追加して欲しいと…」

「そうか、分かったありがとう。今ならまだなんとか間に合いそうだ。それじゃあ気をつけてな。」

 エイトはそういって安置室へ戻ろうとする。

 「あのっ!」

「なんだ」

「あの、やっぱり手伝わせてもらえませんか。

 ……いやあのさすがに料理は無理ですが。」

「わかった。では卓の設営や案内を頼む。

 無理はするなよ。」

「……ありがとうございます」

「このメモに君の作業をまとめておいてある、この通りに頼む。」

 エイトが胸ポケットから紙片を出して手渡してきた。

 いつの間にこんなものを…

「では、頼むな。」

 

 そういってエイトは安置室へ戻って行った。


 よし、ひとまずやれるだけやろう。


 メモを見るとフォントのように綺麗な文字が並んでいる。

 ……これ手書きだよな?

 メモに従って卓や食器の準備を進める。


 作業を進めていると、台車を押してエイトが式場に入ってくる。

 おそらく故人の遺体……料理が入ってるのだろう。


「お疲れ。別室の遺族を呼んできてもらえるか」

「わかりました。」


 正直まだ嫌悪感は拭いきれていない。

 少し怯えながらも遺族の待機している部屋の扉を叩く。

「式の準備が整いましたので、ご移動をお願いします。」

「わかったわ!ありがとうね!」

 朗らかな笑顔を見せて遺族たちは移動を始めた。


 式場へ戻ると卓にはパーティと見紛うほど豪勢な料理が並んでいる。

 これ全部あの人が作ったのか?

 料理には詳しくないが、明らかに一流と呼んで問題ないクオリティに見える。

 葬儀屋の業務を大幅にはみ出しているように思えてならない。

 

 遺族が全員席についたのを見計らって、エイトが口を開く。


「本日はお忙しい中、故人のご葬儀にご参列いただき、誠にありがとうございます。これより食葬を執り行わせていただきます。

 過ごした日々を想い起こしながら故人との最後の食卓を、どうぞごゆっくりお囲みください」


 遺族たちは泣き笑いしながら故人の料理を口に運ぶ。

 「これからも一緒だね」と言う声が聞こえる。

 泣きじゃくっていたあの子も笑顔で料理で頬張っていた。


 エイトが声をかけてくる。

「どんな生き物であっても、死は一律に必ず訪れる。

 しかし残された側が死を、哀しみをどのように消化していくかは文化や星、人ごとに全く異なる。

 この特殊葬儀課ではこういった現場が続くことになる。

 配置換えの希望出しておくか?」

 

 卓の上の料理と遺族の涙と笑顔を見つめ、俺は深く息を吸った。

 ハーブの香り。

 気持ち悪くないと言えば嘘になる、でも。

 

 「いえ……もう少し、頑張ってみます。」

 「そうか、これからよろしくな。」



 無機質な声が優しく響いた。

 

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