第2話 女騎士エメラルド
女神暦986年。11の月。
四大大陸の一つ、世界地図の中心部に描かれているもっとも大きな大地、セコンド大陸。
その北部に位置する国、シモーヌ王国の辺境を旅する一人の人物。
騎士鎧を着こなし、腰には銀のロングソードが一振り。
兜を被っているので顔は分からないが、うしろ髪が綺麗な金髪ロング。
胸あたりの膨らみから見て、女性騎士と思われる見た目をしている。
その女騎士が街道の真ん中で腕を組み、仁王立ちしていた。
「情報によれば、あの村ですね。」
女騎士は街道の先にある村を眺め、腰の剣の柄に手を掛け、戦う姿勢をとる。
「あの村が盗賊のたまり場になっていて、治安が悪いそうですけど。」
女騎士は街道を進み始め、目的地の村へと歩を早くする。
「今回の依頼は村の治安回復、その為の要因は排除して構わない。という事ですが。」
兜で分からないが、女騎士は二ヤリと笑みをたたえた。
「実に私向きな依頼じゃありませんか、修行にもなりますし、世の為人の為になる。」
言いながら、その歩みが段々駆け足に変わる。
「盗賊討伐、本来ならば冒険者5、6人のパーティーで臨む依頼ですが、私一人で事を成せば報酬は独り占めできます。俄然、気合が入りますね。」
ガシャガシャと鎧の鉄部分が擦れる音を出しながら、女騎士は走る。
「さあ、悪党退治といきましょうか!」
村までの街道をひた走り、森が左右に広がる道まで来たところで、女騎士は左右を見て呟く。
「木の陰に人の気配、数は4、5人といったところでしょうか。」
囲まれている。
そう判断した女騎士はその場で急停止し、相手の素性を確認する。
「出て来なさい! 隠れているのは分かっています!」
声を張り上げ、辺りを警戒する女騎士。
そこへ現れたのは5人の武装した男達、その中には見慣れない恰好の中年男性。
その中年男性だけ武装していない事を不思議に思いつつ、女騎士は剣を抜く。
魔法使いにしても、杖くらいは装備しているものだが。
中年男性は何も持っていない、見た所ただの一般人に見えた。
だが他の4人は武装しており、こちらに向かい襲う気がある事を感じ取った。
「どこの手の者か! 応えよ!」
賊の一人に声を荒げ、女騎士は身構える。
口を開いたのは、酒臭い匂いを漂わせた男だ。曲刀のシミターを肩で構える。
「情報道りだな、たった一人の女が来るってのは。こいつはラッキーだ。」
他の男達も、それぞれ武器を構え、今にも襲おうと屈み込む。
「女一人襲うのに男5人ですか?」
「女とはいえ騎士を相手にするんだ、これくらいはな。」
「買い被ってくれる!」
女騎士が前傾姿勢を執った事で、戦いの始まる合図となった。
「てめえ等! やっちまえ!」
男の怒声で他の賊達が一斉に襲い掛かった。
女騎士を囲んでいる為、気が強くなっている様子だ。
だが、女騎士は近くの大木を背にし、後ろからの攻撃の目を潰す。
前だけ警戒し、剣を構え、襲って来た賊達を次々と切り捨てる。
あっという間に賊達を倒し、残りのリーダーらしき男が舌打ちする。
「チッ、使えねえ奴等だぜ。」
リーダーらしき男は後ろを向き、大声で叫ぶ。
「おい! もう一人居たな! てめえ何やってやがる!」
男の怒声で我に返ったのか、今まで動かなかった中年男性がプルプルと震えながら応えた。
「あ、あんた等こそ何やってんだ! 女に危害は加えないって言ってたじゃないか!」
丸腰の中年は震えながらも、男に言い返した。これに逆上し、男が叫ぶ。
「仕事を手伝うって話だったろうが! 飯も奢ってやったろ!」
「冗談じゃない! こんなのは聞いてない!」
仲間割れか? と思った女騎士は、これを好機とみなして仕掛ける。
「あなたを倒せば、この戦いはこちらのモノです。」
リーダー男に接近し、剣を振り上げ狙いを定める女騎士。
中年と言い合いをして気を取られていた男は、咄嗟の判断が出来ずにいる。
女騎士が男に接近したところで、不意に横合いから黒い影が過ぎった。
「危ない!!」
中年男が叫んだと同時に、何かが通り過ぎた。
「くっ!?」
咄嗟の判断で女騎士はバックステップし、一歩二歩後ろへと下がる。
見れば、今までリーダー男が立っていた場所には血が四散しており、辺りを血で染めていた。
リーダー男の首から上が無くなっていて、身体から血が噴き出ている。
「ひい!?」
中年男は軽く悲鳴を上げ、後ろへと後ずさる。
「ん!」
女騎士が身構え、黒い影を見る。
さっきまで佇んでいたリーダー男は、もう動かない。
フラフラとしたのちバタリと倒れ込み、リーダー男は絶命した。
「何奴!?」
黒い影は太陽の光に照らされ、その姿を晒す。
「魔物ですか、しかも………。」
その魔物は、人の子供ぐらいの大きさで、醜悪な顔。皮膚の色は浅黒い。
両手にはダガーが握られている、ダガーフットと呼ばれている魔物だ。
ダガーフットは比較的弱いモンスターで、非力なのだが器用さはある。
ナイフやダガーなどで武装し、弓を扱うアローフットもいる。
「ダガーフットがここに居るという事は、おそらくアローフットと行動を共にしている筈。」
中年男はビビッており、恐怖を感じている様子で顔色は良くない。
女騎士は中年男がこちらを襲う気配が無い事を感じ取り、守るべき対象とした。
「そこの男性! 私の後ろへ!」
「へ!?」
「早く!!」
中年男は呆けていたが、慌ててこちらの指示に従う様子で動いた。
「さて、敵の数が分からないのは面白くないですね。」
女騎士が感じた気配は一つ、目の前のダガーフットだけだった。
アローフットが潜んでいるなら、森の奥辺りと見当を付けた。
中年男がこちらへと駆け寄り、女騎士の後ろへと回り込もうとした時。
「あぶねえ!?」
森の奥から矢が飛んできたところを、中年男は咄嗟に矢を避けた。
「くそっ! 俺を狙っているのか!」
やはりと言うべきか、アローフットも居たようだ。女騎士は顔をしかめる。
だが、それよりも驚いた事がある………。
「森の奥から飛んできた矢を避けた!?」
あの中年男性、何者でしょうか? と、女騎士は思うのだったが。
その刹那、中年男は地面に落ちていた石を拾い上げ、腕を振りかぶった。
「そこだろ!!」
中年男は石を思いっ切り投げ、弓矢が飛んできた方向へ意識を向ける。
石は物凄い速さと勢いで飛んで行き、ゴツっと鈍い音を出す。
「ギャアアアアアア………。」
突然悲鳴のような叫びが聞こえ、ドサリと物音がした。
「よし! 手応えあり!」
これ以降、弓矢が飛んでくる気配は無い。
「呆れたわ、この一瞬でアローフットを倒すなんて。」
これに気を良くした女騎士は、目の前のダガーフットを一撃のもと粉砕する。
戦いは終わり、辺りには静寂が支配していた。
森に静けさが戻り、小鳥のさえずりが聞こえて、風が心地よく吹いていた。
「いや~、危ない所を助けていただいて、どうもありがとうございます。」
中年男がこちらへと来て、話しかけて来た。
女騎士は最初は警戒していたが、男に敵意が無い事を感じ取り、剣を仕舞い、男に返事をする。
「それはお互い様でしょう、貴方がアローフットを倒したから、私も一つに集中できました。ありがとう。」
お互いに健闘を称え合い、感謝の言葉を言い合う。
結果だけ見れば、賊の討伐は出来た。魔物の妨害もあったが、それも倒した。
女騎士としては、結果が良かったので気分が良い。
女騎士は思う、あの一瞬でアローフットの弓を避け、位置を察知し、迎撃した。
この男性ならばと、女騎士は中年男性を見て決意を持って思った。
女騎士は中年男性にこう切り出していた。
「私の名はエメラルド。貴方、私の従者になりなさい。」
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