第3話 時空を駆ける洗濯機(ワームホールで時代がシャッフル)

健太が『すすぎ』ボタンを押した直後、タイムマシンは制御不能な加速を始めた。

周囲の光景は、青や赤、緑の光の筋となって流れ、凄まじいG(重力)で二人の体は座席に縫い付けられる。

「うわあああ!早い!速すぎる!」

健太は叫んだ。

「『すすぎ』ってこんなに激しい機能だったのか!まるで脱水機の中にいるみたいだ!」

「脱水機ってボタンもさっきあったでしょ!?あんたのタイムマシン、洗濯機なの!?」

友子が必死にハンドルにしがみつく。

タイムマシンは、過去と未来の時間を繋ぐ「ワームホール」の中を、完全にランダムに跳ね回り始めた。


【一回目のジャンプ:白亜紀】

ドカーン!光の渦が一瞬途切れ、窓の外に、巨大な影が映った。巨大なトカゲのような生き物が、けたたましい咆哮を上げて、タイムマシンに顔を近づけてくる。

「ひぃっ!デカいトカゲ!」

友子が悲鳴を上げた。

「違う!あれは…ティラノサウルスだ!恐竜だ!」

健太は震えた声で叫んだ。

「うわ!デカいチキン!」

ティラノサウルスがタイムマシンを好奇心旺盛に突ついた瞬間、再びタイムマシンが光に包まれた。


【二回目のジャンプ:江戸時代・幕末】

パッと光が途切れると、眼下には賑やかな街並み。瓦屋根が連なり、髷を結った人々が歩いている。

「江戸時代だ!文明的な場所に来たぞ!」

友子がホッとした。しかし、タイムマシンは民家の密集地帯の真上で急停止した。

「マズい!目立ちすぎる!」

健太が慌てて下降ボタン(『乾燥』とマジックで書かれていた)を押そうとしたが、その直下。

瓦版屋がちょうど「号外!」と叫びながら歩いていた。タイムマシンが、瓦版屋の真上に、ドデカいアメ車型の鉄の塊として突然出現し、そのまま数秒間停止。瓦版屋は、天から降ってきた謎の物体と、その中のパニックになった二人の男女を見て、持っていた瓦版を全て落とし、腰を抜かした。

「ば、ばけ、ばけもん…!」


【三回目のジャンプ:西暦2500年】

再び光の渦に揉まれた後、今度は静かに着陸した。窓の外には、高層ビルが空中に浮かび、自動走行のエアカーが飛び交う、光り輝く未来都市が広がっていた。

「わあ…!見て、健太!」

友子は思わず感嘆の声を上げた。

「ここが本当の未来よ!2050年よりずっと進んでる!」

ビル群の窓には、ホログラムで「2500年 祝・人類太陽系移住500周年」の文字が輝いている。

健太は興奮で目を輝かせた。

「すげえ!これが未来の技術か!ちょっと降りて、何か盗んでこよう!」

彼はドアを開けようとした。プスン…。突然、タイムマシンの計器類が全て消えた。全ての光が消え、辺りが暗くなった。

「うそだろ!?エンストか!?」

「燃料切れよ!健太!もう動かせないわ!」

友子が叫ぶ。彼らが夢に見た未来は目の前にあるのに、たどり着いた途端、彼らのポンコツタイムマシンは息絶えてしまった。

「まさか…この未来の真ん中で、俺たち置き去りかよ!」

その時、タイムマシンの外部スピーカー(これも健太が適当に取り付けたもの)から、ノイズ交じりの電子音声が聞こえてきた。

『…エネルギー、充填完了…航続可能…5秒…』

「あと5秒だけ動くぞ!どこでもいいから、戻れ!現在に戻るんだ!」

健太は、操作盤に残された最後のボタン、『冷凍』と書かれたボタンを、祈りを込めて押し込んだ。

ブォンッ!タイムマシンは、一瞬だけエネルギーを振り絞り、再び光の渦の中に飛び込んだ。

彼らの目の前の、キラキラと輝く未来都市は、瞬く間に消え去った。


【最終着陸:西暦2005年・健太の地元】

ガチャン!激しい衝撃と共に、タイムマシンは停止した。

「着いた…」

友子が疲れ切った声で言った。

「現代に戻れたのね…?」

窓の外は、彼らの住む街の風景だった。しかし、何か違和感がある。目の前にあるはずのコンビニが、潰れた古本屋になっている。道路を走る車が、なんだか形が古い。

友子がナビゲーター代わりのカーナビを確認した。

【目的地:西暦2005年10月・健太の地元】

「…過去よ。健太、私たちは20年前の過去に戻ってきちゃったわ」

ガレージに戻れず、20年前の街に不時着した二人の目の前に、一台の自転車が通りかかった。その自転車を漕いでいたのは、ランドセルを背負った、ダサいキャップを斜めにかぶった、小学生の健太だった。

「うわっ!」

未来の健太が声を上げた。

「あいつ、俺か!?」

小学生の健太は、突然道端に現れた、ボロボロのアメ車(タイムマシン)と、その中から顔を出す大人の自分を見て、自転車を停めた。小学生の健太は、未来の自分を上から下まで値踏みするように見た後、心底がっかりしたような表情で言った。

「…うわぁ。大人になっても、そんなダサい服着てるのか」

未来の健太はショックで固まった。

「え…お前、なんてことを…」

「健太!歴史を変えちゃだめ!」

友子が慌てて制止する。未来の健太は、この発明の全てが小学生の自分から始まると悟り、必死に窓から身を乗り出した。

「いいか、過去の俺!絶対にあのガラクタ(後のタイムマシン)は作るな!人生を棒に振るぞ!」

小学生の健太は、ムッとした。

憧れの未来の自分からの忠告だと思ったのに、いきなり「ダサい」と言われ、「人生を棒に振るな」と言われた。

彼は、何も言わずに未来の健太に駆け寄り、窓枠越しに、鼻めがけて渾身のパンチを一発食らわせた。ゴンッ!

「ぐあぁ…!」

未来の健太は呻き声を上げて、運転席で気絶した。

小学生の健太は、

「なにさ!」

と吐き捨てると、自転車をこぎ、颯爽と走り去っていった。

「健太!しっかりして!」

友子が揺り起こす。気絶した健太の横で、タイムマシンの操作盤を見ると、ランプが点滅している。燃料はもうほとんど残っていない。

友子は「今度こそ!」と最後の力を振り絞り、残された最後の、そして最も目立たないボタン、『電源』と書かれたボタンを押し込んだ。

ブゥン…。タイムマシンはか細い音を立てて、再び光の渦に飲み込まれた。


【エピローグ】

ガチャン。二人が目を開けると、そこは最初に出発した、見慣れたガレージの中だった。

「戻った…」

友子は安堵のあまり、涙目になった。

「やっと、現代に…」

気絶から目覚めた健太は、頭を押さえながら言った。

「俺の鼻、折れてないか?過去の俺、なんて乱暴なヤツなんだ…」

「自業自得よ」

友子はため息をつきながら、タイムマシンの操作盤に、油性ペンで何かを書き足した。

『トースト焼く』と書かれていたボタンの横に、大きく文字が書き足されている。

『トースト焼く』→(行き先ランダム)

「これで、もう間違えないわね」

友子がすっきりした顔で言った。健太はそれを見て呆然とする。

そして、操作盤を凝視したまま、友子に尋ねた。

「なあ、友子…」

「何?」

「もし、もう一度だけ行けるとしたら…」

友子はクスッと笑った。

「ねえ健太、またどこかの時代に行ってみる?」

彼らのタイムマシンは、修理どころか、さらに謎のボタンが増え、今日もガレージの片隅で、次のトリップの時を待っている。

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そうだ、タイムマシンに乗ろう。 みぞじーβ @mizojinakayubi

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