第五章|事例05:消失した記録

事例番号

05-D/2024年6月

発生場所

地方研究機関・実験棟

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本件は、特定の時間帯に限って記録データが欠損しているという相談である。

対象となったのは、実験棟内に設置された環境モニタリングシステムのログで、

温度、湿度、照度、音圧などが一定間隔で自動保存される仕様になっていた。

欠損していたのは、2024年6月12日 午前2時14分から2時19分までの約5分間である。

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記録状況

・対象ログ:環境データ一式

・欠損時間:5分間

・前後の記録:正常

・同時刻の警報:なし

相談者は、研究機関に所属する研究員だった。

専門分野は環境工学で、

データの扱いには慣れている。

だからこそ、

この欠損を見逃せなかったのだろう。

 「何かあったとしか思えないんです」

そう言って、相談者は画面を指差した。

グラフ上には、なめらかな曲線の途中に、

不自然な空白が口を開けている。

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技術者側の見解

私はまず、システム保守を担当している技術者に話を聞いた。

電話口の声は、落ち着いていて、やや事務的だった。

 「ログ欠損自体は、珍しいことではありません」

定期的な自動再起動。

短時間の電圧低下。

通信の瞬断。

いずれも、

仕様書に記載されている事象だ。

 「この時間帯だけ、特別な意味があるわけではないですよ」

技術者は、そう付け加えた。

淡々とした説明だった。

欠損は、不具合ではあっても、異常ではない。

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相談者の反応その説明を、

私はそのまま相談者に伝えた。

だが、相談者の反応は鈍かった。

 「でも、この5分なんです」

そう言って、再び同じ箇所を指差す。

他の時間帯ではない。この5分だけだ。

相談者は、欠損前後の数値を

何度も見比べていた。

数値自体に異常はない。

むしろ安定している。

 「安定しているからこそ、変なんです」

その言葉に、私は即答しなかった。

意味がわからなかったわけではない。

だが、

その「変だ」という感覚は、

技術的な説明とは別の場所にあった。

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システム確認

私は、仕様書と保守記録を改めて確認した。

自動再起動のスケジュール。

電源系統のログ。

バックアップの有無。

欠損時間帯に一致する形で、

瞬間的な電圧変動が記録されていた。

秒単位の出来事だ。

だが、

データ保存は中断される。

説明は成立する。

成立してしまう。

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温度差

技術者は、

欠損を「あり得る事象」として扱う。

相談者は、

欠損を「意味のある空白」として扱う。

 両者の温度差は明確だった。

どちらが正しい、

という話ではない。

立場が違うだけだ。

だが、

相談者は次第に、

技術的な説明に対して

苛立ちを見せるようになった。

 「もし、何かが起きていたとしたら?」

その問いに、

私は答えなかった。

否定もしなかった。

肯定もしなかった。

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自覚

調査を進める中で、

私は一つの事実に気づいた。

もし、欠損していたのが

別の5分だったら、

ここまで気にしなかっただろう。

午前2時14分から2時19分。

この時間帯に、特別な意味はない。

少なくとも、記録上は。

それでも、

相談者は意味を見出し、

私もそれを無視できなかった。

なぜ、この5分なのか。

なぜ、この空白が

「何かがあったのではないか」

という感覚を呼び起こすのか。

欠損そのものより、

その問いのほうが重要に思えた。

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所見

記録が存在しないという事実は、

それ自体では意味を持たない。

記録装置も、

環境の一部であり、

完全ではない。

本件における欠損は、

機器仕様と電源状況を踏まえれば

十分に説明可能な範囲に収まっている。

ただし、

「なぜこの5分なのか」という問いは、

技術的説明の外側にある。

人は、空白に意味を与える。

意味を与えずにはいられない。

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結論

記録の欠損は、

異常の証拠にはならない。

本事例は、技術的要因によるものと判断する。

以上より、本件に怪異性は認められない。

説明に対し、相談者が十分に納得した様子は見られなかった。

だが、記録の欠損をもって

異常を断定する根拠は存在しない。

本件について、これ以上の検討は不要と判断する。

判断は、

合理的だ。

合理的である。

そのはずだ。

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