私の百合ハーレムは何かがおかしい

灯玲古未

メイドさん

 私に与えられた屋敷のリビング。ふかふかのカーペットやソファーの上、私の四人のお嫁さんが、思い思いにくつろいでいる。

 こんな美人に囲まれて過ごせるなんて、私は幸せ者――。


「だから、政府を打倒して――」

「ちょっと待った」


 なんで? さっきまで幸せ空間だったじゃん。なんで政府を打倒するの。

 はい、質問タイム。


「いや、革命に参加したことはなかったから……」


 一回好奇心に殺されてほしい。


「お金……なくなっちゃった」


 お金なら私が持ってるから……。


「楽しいよね。あの、一体感」


 ライブ好きですみたいな感じで革命好きですって言わないで。


 救いはと言えば、唯一の良心がこれに参加していなかった点だ。

 ――なんかナイフ持ってるけど。


「……どうしましょう」

「――それしまってきて」


 一対一だとそれなりにイチャイチャ甘々も成立するのに、みんな揃った時はどうしていつもこうなのか。

 



   ◇



「と、いうことだ。私はセクシーなマダムに迫られると断れない。ごめんね」

「クソ親父……」


 時はずいぶんとさかのぼって、春。

 お父さんの部屋に呼び出されたかと思えば、いきなり衝撃の事実を告げられた。


 どうやら私には許嫁が居るらしい。時代錯誤ではあるが、古い家柄だし、まあ仕方ないことだ。形だけでも結婚しておこう。

 と、思っていたのだが、相手は女の子。しかもたくさんいるらしい。


 いや、おかしいよね?

 女の子と結婚するのはいいよ。むしろ嬉しい。

 複数居るのもまあ、嬉しい。ハーレムじゃん。

 私としては降って湧いた幸運のように思えたが、しかし倫理はそれを許さない。


「父さん……謝りに行こう、付いてってあげるから、ね」

「やだ怖い……」


 人として終わってるこの人だけど、どうやら経営手腕は圧倒的で、投資のセンスもずば抜けているらしい。こんな滅茶苦茶が許されるのも、一代で家の財産を数倍にしたからだ。


「嫌なら断ってもいいし……、全員連れて帰ってきてもいいから、何とかして……」

「まあ、うん……わかった」


 こうなったらもう話は通じないし、このカスを止められる人も居ない。

 仕方なく私は首を縦に振り、父さんの部屋を後にした


「で、どうすんのこれ……」


 私としては同性のお嫁さんが沢山いても構わないのだけれど、相手方がそうとは限らない。

 いったい何度頭を下げればいいだろうか、考えただけでため息が出る。


「詩織様。改めてどうぞ、よろしくお願いいたします」


 部屋を出たとたん、使用人の瑠璃るりが恭しく私に頭を下げる。

 詩織は、私の名前。夜衛詩織よのえしおり


「よろしくって……何をいまさら……」


 そこまで言いかけて、ハッとする。今はもういないが、昔は瑠璃の両親もこの屋敷で使用人として勤めていたことがあった。


「婚約……ってこと?」

「はい。私は母から知らされていたのですが、詩織様もお聞きになったようでしたので」


 詩織とは長い付き合いだ。

 この家で生まれた三つ年上の彼女は、幼い頃は兄弟のように、ある程度成長してからも専属の使用人として一緒に過ごしてきた。の、だけれど――。


 瑠璃って、こんな美人だったっけ……。


「えっ、いいの? その、瑠璃は……」

「詩織様が望むなら、私は構いません」

「いや、そうじゃなくて……」


 まった、そこを追求するのは無粋かもしれない。照れ隠しでそう言っている可能性もある。

 ――いやいやいや、自己肯定感高すぎ。どうしよう、頭回らない。


「そうじゃなくて?」

「……いやぁ、瑠璃は、私のこと……好き?」

「それはもちろん。お慕いしておりますよ」


 お慕いって何⁉ 敬愛? 恋愛? どっち?

 そして何より、目の前の瑠璃が表情一つ、声色一つ変えずに会話し続けているのがさらにたちが悪い。


「……詩織様は、嫌ですか?」


 三つ年上の、クールな姉のような彼女。

 いつの間にか背丈は私の方が高くなっていて、前髪の隙間から柔らかな瞳が上目遣いで私を見つめている。


「嫌じゃ、ない、けど…………でも……っ! いっぱい婚約者居るんだよ⁉ 私アレの娘だよ⁉ 婚約者全員娶っちゃったりするかもよ⁉」


 瑠璃は背筋をピンと伸ばし、真っすぐに私を見据える。

 白い肌。艶やかな黒い髪。毎日見ているはずなのに、どうしてこんなにきれいに見えるんだろう。


「構いません。私は詩織様がどうしようもないお人なのも、知ってますから」


 口元を抑えて、控えめに笑う瑠璃。

 昔から変わらないそんな仕草にドキドキして、なんだか眩暈がする。

 

「あれ……、あ、これ、ごめん」


 眩暈。ぼやけた視界は一瞬にして暗闇になる。

 遠ざかっていく平衡感覚。どう頑張ったってこれに逆らうことは出来ないが、やけに冷静な脳みそが心の中で愚痴を吐いた。

 ――ああ、またか。

 昔っからこうだ。体に負荷をかけてもかけなくても、何故か突然襲ってくる眩暈。

 学校に居る時も、家に居る時も、友達と旅行に行くときも。

 表面上はみんな、私のことを気遣ってくれる。だけど私は旅行には誘われない。いきなり倒れて、迷惑をかけるから。

 



「あ、詩乃様。おはようございます」


 目を開くと、視界の中に瑠璃の顔があった。

 後頭部を包む暖かくて、柔らかい感覚。どうやら私は、瑠璃の膝の上で寝ていたらしい。


「…………うぇ⁉」


 家で倒れた時は、目を覚ませたら自室のベッドの上というのがいつもの流れなんだけど……。

 なぜか今日は瑠璃に膝枕をされている。

 驚きで変な声が出てしまった。


「お体は大丈夫ですか?」

「……まあ、うん、そうだけど……」


 あったかくて安心する。

 瑠璃の声もなんだか温かく聞こえて、なんだか子供の頃に戻ったみたい。

 私、出来ればずっとこのままで居たい。


 ――というか。

 

「瑠璃、その服……」


 黒のワンピースに、フリルの付いた白いエプロン。

 よく目にするものではあるが、実際に見たことのないそれは――。


「メイド服です。いかがでしょうか」


 カワイイ。超カワイイ。

 優しい表情に胸を撃ち抜かれると同時に、なんだか悪いことをしているような気分になる。

 

「すっごく似合ってるけど……なんで?」

「明日から婚約者の方に会いに行かれるのでしょう? 私も同席させていただこうかと思いまして。そうした場合、身分はわかりやすいほうがいいでしょう」

「でも……いいの?」

「詩織様にそんなお顔をされては、断ろうにも断れません」


 頼りになりすぎる……。

 正直心細かった。それはもう、すっごく。


「瑠璃だけだよぉ……、ずっと一緒に居てくれるのは……」


 思わず瑠璃の体に抱き着いてしまった。すごくみっともない表情をしている気がするから、お腹のあたりに顔をうずめる。

 家族を除けば、私と三年以上続けて交流のある人物は瑠璃ぐらいしか居ない。

 私みたいな面倒くさい人間に、愛想をつかさずに、ずっと……。


「もう……」


 頭を撫でられている。

 細い指、柔らかな手、どんな子供だって無条件で泣き止んでしまうような、暖かな感覚。


「では、明日から頑張りましょうか」

「うん……。ところで、他の婚約者ってどんな人なの?」


 そういえばそうだ。顔や性格は会ってからでもいいとして、名前と素性ぐらいは知っておきたい。


「お預かりしたリストによりますと……。自称魔術師。無職。革命家。……の、三人だそうです」

「無職と無職とテロリスト?」


 最後のはユーチューバーかもしれない。

 普通に嫌だ……。

 まあ、私も無職なんだけどね。


「余計な冗談で濁さなかった分、真ん中の無職が一番格が高いね……。その人のとこに行くのは最後にしよう」

「承知いたしました。では、私が連絡をしておきます」




   ◇




 そして翌日、早くも顔合わせの予定ができたらしい。


「自称魔術師の、アリシア・コールマン様」

「……外国の人?」

「イギリスにルーツを持つ方だそうです」


 今まで箱入りの、普段着で着物着てるようなお嬢様の姿を想像していたんだけど、その限りじゃないらしい。

 ……父さんはどうやって約束を取り付けたのだろうか。迫られたとか言ってたっけ、真偽は定かではないけど。

 

「……詩乃様。お召し物はいかがいたしましょう」

「服、か……」


 確かに、おしゃれしていかないとだめだよね。

 服自体はたくさんあるのだけれど、信用できないのは私のセンス。


「詩乃……、任せていい?」

「もちろんです」


 若干、瑠璃の表情が明るくなった気がする。

 やっぱり、他人のお墨付きがあるとないとじゃ服に対する自信は桁違い。それも瑠璃の選んだものとなれば、どんな場所だって堂々と歩けるだろう。


「……いかがでしょうか」

「え、これ? うーん……」


 とりあえず着てみたけど……。ちょっとこれは時代錯誤すぎでしょ。

 瑠璃が用意していたのはスカートの大きく膨らんだひらひらのドレス。ヨーロッパのお姫様が着ているような雰囲気。こんなの家にあったっけ……。


 鏡を見ると、自分で言うのもなんだけど、だいぶ様になっている。背後に立つメイド服の瑠璃と合わせると、本当にお姫様のよう。


「いい……。けど……、もうちょっと楽な感じがいいかなあ」

「では、これは」


 今度はブラウスにロングスカート。落ち着いていていい感じ。

 だが、若干瑠璃が不満そうな顔をしていたような気がする。


「……他に候補とか……ある?」

「……はいっ、沢山!」


 そう言って瑠璃は私の部屋を出て、両手いっぱいに服を抱えて戻って来た。おそらく、それは全部瑠璃の私物。

 しかも、どれも普通の服とはかけ離れたものばかり。


「……お気に召しましたら、着てくださっても……」


 着てほしいのね……。

 そんなキラキラとした目で見られては、私も断れない。

 どんなつもりかは知らないけど、居るんな服を私に着せたいということは、少なからず私の外見に対して――。


「……」


 したり顔で服の山の一番上を取ったら、それは、ほとんど下着のような面積の服だった。レオタードのようなその黒い布は、私でも名前を知っているほど有名なコスプレ衣装。

 私の手元にあったのは、バニーガールの衣装だった。


「――着ないからっ! 絶対着ないから!!」


 無理無理無理。恥ずかしすぎる。

 こんなの裸より恥ずかしいじゃん。

 いくら瑠璃の頼みでも絶対無理――。


「――目覚めると、天井がある。部屋に張り付いた小さな太陽すら、私ははっきりと――」

「ちょ、――ちょっと!」


 それは、私が中学生のころノートに書き綴ったポエム――。

 一回だけノートを見られたことがあったような気がするけど、なんでこの人丸暗記してるの。

 言葉と共にろくでもない思い出が次々と蘇る。

 これが終わってくれるなら、私は何でも――。


「ああ、今の私は虚ろの芽――」

「着る! 着るから……っ」

「……えっ、よろしいん……ですか」

「あ……まあ、うん」


 あーあ、言っちゃった。もう既に後悔してる。瑠璃もちょっと驚いてるし。

 まあ、ちょっとだけだし、瑠璃に見せるだけだし……。


「おまたせ……」


 自分の部屋。いつも下着姿で歩いたりしている場所なのに、それより布自体は大きいはずなのに……。

 わざわざこの服を着ているという事実が、頼りない胸元と股間付近が、どうしようもなく恥ずかしい。


「ど、どう……かな」


 胸元を腕で隠しながら、瑠璃の目の前へと歩く。

 上手く視線が合わせられない。顔が熱くて、真っ赤に泣ているのが自分でもわかる。


「……申し訳ありません」

「謝らないで⁉ 褒めて! キモいこと言ってもいいから!!」


 今日は様子がおかしいが、瑠璃は真面目な人だ。私のこの姿を見て罪悪感が湧いたのだろう。

 だけど、謝られるとなんだか……すごく嫌だ。


「……肌が、綺麗で……、腕で押しつぶされた胸が……」

「いい、やっぱ変なこと言わなくていい!!」


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。


「終わり! もう着ないから!!」


 居ても立っても居られなくなって、部屋の外に駆け出す。

 絶対、もう二度と、こんなの着ないから――!!




 

 


 

 



 


 


 


 


 



 

 

 


 


 


 

 

 


 


 


 

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