第2話 ものがたりは はじまる



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■1-2; ものがたりは はじまる


鬱蒼とした森を抜ける風は、湿った土と草の匂いを運んできた。

巨大ワ二、トラルテの死骸はすでに血の気もなく、

アレルは剣を払いながら考え込む。


肩の上の黒猫――テスが尻尾をひょいと上げた。


「そなたらの常識など知らぬわ。我はただ、

この場に“興味深い者”がいたから手を出しただけだ」


俺をちらりと一瞥。


(絶対お前、俺で遊ぶ気だろ……)


アレルは気を取り直したようにこちらへ顔を向ける。


「とにかく、このまま森にいるのは危険だ。近くに村がある。そこまで送ろう」


その言葉に、俺は思わず息をついた。


(助かった……いや、助かったのか?

てか本当に“アポカリプス”そのまんまの世界じゃねぇか?ここ……)


森を出る前、遺跡の方へ目を向ける。


石造りの階段。独特な威圧感のある風貌。柱に刻まれた独特の紋様。


(……これ、やっぱククルカの遺跡じゃん)


俺の記憶が勝手に補完する。


10代の頃、時間を忘れるくらい周回しまくったクソゲー――いや名作?『アポカリプス』。

そのゲームの中に登場する遺跡に、そっくりだった。


(ゲームだとここ、毒床あって、隠し通路あって……

あーでも今は入らない方がいいな。序盤で行くと死ぬんだよここ)


考えていると、肩の猫がふいに喋った。


「そなた、名は?」


「あ?」


「呼び名だ。いつまでも“そなた”では不便であろう」


その黄金の瞳に射抜かれ、俺は一瞬戸惑ったが――


「……秤谷玄太(はかりや げんた)。ゲンタって呼んでくれていいぞ」


「ゲンタか。うむ、悪くない響きだ」


テスは満足そうに喉を鳴らした。


アレルも頷く。


「ではゲンタ。村までは少し距離がある。歩きながら話すぞ」


そう言って先頭を歩き出す。


俺はついて行きながら、少し遠い昔を思い返す。


(……俺は、なんで死んだんだ?)


脳裏に、あの瞬間がちらつく。


VRデバイスの光。

レトロ挙動を再現した裏コードの実行。

ほんのわずかな同期ズレ。

目の奥に走った激痛――


――やっぱ厄年って怖えな、と笑った自分の声。


(……あれが、死因? 本当に?)


掴みかけた記憶が霧のように揺らぐ。


胸の奥がざわつくのに、なぜか深く考える気にならない。

思い出そうとすると、頭の奥がきゅっと締め付けられるのだ。


(……まぁ、今はいいか)


そう自分に言い聞かせた、その時。


「着いたぞ」


アレルの声が前から届いた。


木々の隙間から、暖かく煙を上げる小さな村が見えた。

静かな、しかしどこか不穏な気配が漂う“序章の村”。


俺達はその入口へと足を踏み入れた。


その瞬間――

テスの耳がぴくりと動き、低く呟いた。


「……気配が、揺れておるな」


何かが始まろうとしている。

そんな予感だけが、妙に鮮明だった。



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