口癖

@anv

第1話

 あるインコが死んだ。


 そのインコが死の間際に言っていた言葉は。


「タ、タス、タスケ、テ……タスケテ……タス、タス………」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 私、インコ。


 人の言葉を真似することができる、あのインコ。


 この家にはずいぶん昔から住んでるの。


 以前はペットショップにいたんだけど、この家のおじいちゃんが私をここへ連れてきた。


 とても優しいおじいちゃん。美味しいご飯をくれるし、頻繁にケージを洗ってくれるし、毎日笑顔で挨拶もしてくれる。


 私、本当にこの家にこれてよかった。


 本気でそう思ってたの。


 あの人が来るまでは。


 あの人が来る前から、おじいちゃんの様子が変わり始めた。


 例えば、ご飯をあげ忘れていたり。例えば、部屋で寝込んでいることが多くなったり。


 大丈夫かな。おじいちゃん、どこか身体の具合でも悪いのかな。


 そんな風に心配していたとき、彼はやってきた。


 彼とおじいちゃんの会話を聞くに、2人は親子らしい。おじいちゃんの具合が悪くなったから、息子である彼が看病をしに来たということだ。


 やっぱり具合が悪かったんだ。だけど、息子さんが来たなら大丈夫。安心だ。


 実際、彼は甲斐甲斐しくおじいちゃんのお世話をしてくれた。私にだって優しくしてくれた。


 でも、ある時からか様相が変わっていった。


 それは少しずつ、着実に、良くない方向へと。


 はじめは小さなことだった。


 おじいちゃんのお世話をする息子の顔がなんだか険しい気がする、というような。


 息子にだって色々ある。仕事やらその日の体調やら。疲れている日があって普通だ。


 けれど、そんなことは関係なしに、息子がおじいちゃんのお世話を嫌悪していることがわかる出来事が起きた。


 月日が経つにつれ、おじいちゃんは体調だけでなく、痴呆も始まっていた。


 ある日、おじいちゃんが自分の財布がないと言って騒ぎ出した。それを聞いた息子はすぐに財布を見つけ出し、そのことをおじいちゃんに告げた。


 だが、おじいちゃんはそれでも財布がないと言って家中を探し回り、最後には息子が盗んだのだと勘違いする始末だった。


 おじいちゃんは息子の胸ぐらをつかみ、罵詈雑言を浴びせた。


 そこで我慢の限界が来た息子は、おじいちゃんに平手打ちをしてしまった。


 きっと、息子はこれまでも耐えてきたのだと思う。耐えることでなんとか保ってきた理性。


 それがこのとき、崩れた。


 実の父親に暴力を振るった。この事実は、息子自身をすぐに正気に戻した。


 その時は何度も何度もおじいちゃんに謝り、不自然なほどに優しく接していた。


 だが、一度引いてしまった引き金は、またすぐに引かれてしまう。


 2回目、3回目と暴力が続いていくうちに、息子のなかでそのように振る舞うのが普通になっていったようだった。


 最終的には、日常が暴言と暴力に染まった。


 私はそんな息子を止めたくて、何度も鳴きわめいた。


 けれど、私の声など息子には届いていないようだった。それどころか、ケージに物を投げつけてくることもあった。


 私はどうすればいいのか。どうすれば、おじいちゃんを助けることができるのか。


 考えて考えて、結局答えが出ないまま、その日を迎えてしまった。


 おじいちゃんが殺された。


 もちろん、息子によって。


 私はその一部始終を見ていた。


 顔にいくつもの青痣ができるほど、息子はおじいちゃんを殴った。その最後に、息子はおじいちゃんの腹部を刃物で刺した。


 息子は逃走した。


 おじいちゃんから赤い液体がこぼれ出す。


 苦しそうにもがいているおじいちゃんと、目が合った。


 あの優しい眼差しが、そこには微塵もなかった。


 おじいちゃんが這いつくばって近づいてくる。


 口がかすかに動いている。何を言っているのかまでは分からない。


 おじいちゃんは、最後の力を振り絞るようにしてケージを握った。


 ケージが揺れる。


 私は、おじいちゃんの声に耳を澄ました。


「……ぁ……え…………」


 喉の奥で空気が掠れているようだ。全く言葉の形を成していない。


 それでも根気強く聞き続けて、私はようやく理解した。


「た……ぁ…す、け…………て」


『助けて』


 身体が弱り、痴呆も進んだおじいちゃんは、最後の最後に、私に助けを求めていた。


 私も間もなくして、おじいちゃんの後を追った。

 

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