何処までもモノトーン。
梦
何処までもモノトーン。
彼は昔から恵まれていなかった。
家に居場所はなく、学校に行っても、時間が経つのをただ待っていた。
彼は寂しかった。
自分を求める人はいないと、突きつけられている気がしたからだ。
大人になっても、それは治らなかった。
環境になれた人間というのは恐ろしいものだ。彼は、次第に人に期待せず、自分自身のみを信じるようになった。
彼の人生に色彩はなく、どこを切り取っても白黒だった。
——あの人が現れるまでは。
会社に、美しい女性が来た。
最初は、何も感じなかった。彼女もその他の大勢と、何ら変わりなかった。
ただし、ひとつだけ違った。
色気さえ感じる、枝毛ひとつ見当たらない漆黒の髪。
絹のようになめらかで、美しく白い肌。
いつも手に持っているワインレッドの鞄。
足元にはブラウンのパンプス。
……その全てが、目に焼き付いた。
今までになかった感覚だ。ただの一挙手一投足全てを記録したいと思った。
気付けば目で彼女を追いかけ、見逃すまいと見つめている。
世間はこれを恋と呼ぶらしい。
彼は恋を自覚してなお、なんの行動も起こさなかった。愚かそのものだ。
——彼は怖かったのだ。
彼女に想いを伝えれば、避けられるのではないかと……何一つ行動していないくせに、最悪の結果だけは想像していた。
彼は相も変わらず彼女を見ては、熱い視線を送り付ける毎日を送った。
***
彼は何を思ったのか、気持ちを伝えようと決心した。恋愛漫画を見たからである。
ただの御伽噺に過ぎぬそれを、真に受けたのだ。
彼はこれと決めたものには愚直に進む。良い面でもあるだろうが、今回は裏目に出た。
仕事終わり、帰路についている彼女を、彼はひっそりと待ち伏せした。
右手にはバラの花束を携えて。
「僕と、結婚を前提に付き合って下さい。……必ず、必ず幸せにします。」
彼の妄想では、ここで彼女が涙ながらに了承し、数ヶ月の交際を経て結婚に至る。その後一姫二太郎に恵まれ、素晴らしい生涯を迎える——その予定だった。
彼は断られることを考えていなかった。
目の前の彼女は、涙していた。
……しかし、彼の想定とは真逆のものだった。
彼女は震える声で、警察を呼んだ。
「助けてください。不審者です。……知らない人です。」
心外だった。少なくとも、彼女からは良い印象を与えているつもりだった。
「五十嵐さん。僕ですよ?田中です。同じ会社の……」
彼女は後退りした。
そんなつもりは、なかった。
彼女は大人しい人だから、僕がエスコートしなければならない。そう、思っていた。
「警察です。もう大丈夫ですよ。」
「きみ、ちょっと署まで来てもらおうか。」
——警察に捕まると、もう彼女には会えない。
彼はそんな思考が横切った。一度浮かんでしまうと、それが正解になってしまう。
……悪い癖だ。
彼は走った。警察に捕まらぬよう、走った。
後ろの彼女に目もくれず、バラの花束は投げ捨てた。
彼は何とか、自宅に辿り着いた。
本来は、彼女も連れて帰るはずだった家。
現実は、もぬけの殻だった。とっちらかった家、服は山積み、家事をしていないせいで悪臭が漂う……
彼は耐えられなかった。
耐え難い感情に、蝕まれた。
これを解決する方法は一つしかない、そう信じた。
そして今、誰に見せる訳でもない手紙を書いている。
文字起こしをして、初めて自分の狂気を感じさせられた。
……文字起こしをしなければ、これに気付けなかった。
こんな人間、この世界に生きるには不利すぎる。
外には警察が戸を叩いている。
逃げ切ったところで、彼女は僕を見ない。
……ここらが潮時だろう。
嗚呼、手紙にするには長すぎたかな。
以上。
何処までもモノトーン。 梦 @yumechoco48
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