ある男女の休日の一幕

@yana1104

 1話

 あるアパートの、ある一室。彼は、目の前の彼女で安らかな寝息を立てる彼女の寝顔を眺めていた。風呂上がりの髪はトリートメントとコンディショナーでコーティングされていて、指を通すと引っかかりなく毛先まで流れた。くすぐったかったのか、彼女は寝ぼけながらも声にならない声を漏らす。それがたまらなく愛おしく、彼は想いの限りを込めて繰り返し手を動かす。起きている時にやれば間違いなく怒られるだろう。だから、これは彼女の側に居ることを許された自分だけの特権だと思えてくる。


 ボサボサにしてしまった髪を、暗闇の中で手探りで整える。そして首筋や肩へと手を這わせ、彼女の存在を確かめる。なんだか、彼女がひどく儚いもののように思えてきたからだ。彼女を起こさないよう、最小限の力を込めて自身のほうへ抱き寄せる。


「おやすみ」


 と耳元で囁くと、彼女も何かしらの言葉を発し、その口角を少しだけ持ち上げた。きっと夢の中でも自分は同じことをしているのだろう、と彼は思った。込み上げてきた眠気の波に飲まれ、彼も少しずつ眠りに落ちていった。




 翌朝、彼が眠い目をこすりながらリビングにいくと、一足先に起きた彼女がキッチンに立っていた。トースターには食パンが入っている。蓋が載せられたフライパンの中にあるのはきっと目玉焼きだろう。


「あ、起きてきた」


 彼女が気の抜けた声で反応する。互いに挨拶を交わし、彼はそのまま洗面台に向かう。顔を洗い、少しだけついていた寝癖を直すと、足早にリビングまで戻った。ちょうど彼女が皿を机に運んでいる最中だったため、自分の分を運んでそのまま二人で横に並んで座る。トーストにマーガリンを塗っていると、彼女の顔色があまり優れないのに気づいた。


「気分悪そうだけど、大丈夫?」

「いや、今日なんでか分かんないけど寝癖ひどくてさ」


 いつもより直すの時間かかっちゃったんだよねー、と毛先を触りながら彼女は愚痴る。地雷を踏んだのに気づき、彼は背筋に悪寒が走るのを感じた。


「…まぁ、別に今日は休みだしさ」

「それはそうなんだけどさ」

「だけど、何…?」

「君、ペーパードリップで淹れるコーヒー好きでしょ? 起きてきた時に出せたら、喜んでくれるかなって思って」


 残念そうにそう呟くと、彼女は目玉焼きを口に放り込む。その様子が、彼には限りなく愛おしかった。思わず頬が緩み、トーストのくずを机に落とさないように注意する。


「…どうしたの? 急にそんな顔して」

「やっぱり僕は___のこと好きなんだなーって思って」

「ねぇ、本当にどうしたの」


 引いているのか、心配してるのか分からない複雑な表情を向けてくる。思ったままを口にすることの何が悪いのか、と心の中で反論した。顔を再び皿の方へ向けたが、手は動いていない。どうかしたのかと思い見つめていると、顔を彼とは反対側へ少しだけ動かす。そしてそのまま、


「私も、___くんのこと好きだよ」


 ギリギリ聞こえるか聞こえないか、そのくらいの声量で彼女はボソッと呟いた。


「うん、知ってる」


 彼はぶっきらぼうにそう返すと、トーストの最後の欠片を口に入れ、意地の悪い笑みを浮かべる。こちらを睨む彼女の顔には、恥ずかしさと怒りが入り混じっている。刹那、その手に握られたフォークが光った気がした。同時に、彼は少しだけ命の危機を感じた。

 

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