第2話

元々ジプシーとして帝国内を放浪していた

母にとって、民衆の心を掴むことは

さほど難しいことではなかった。


最初こそ、元ジプシーという色眼鏡で

見られはしていたが、いざ城下へ出れば

あっという間に民を魅了し


「あの奥方であれば、あの放蕩大公が改心するのも納得だ」


と、皆を感心させたのであった。


しかし、何事にも例外というのはつきもので

母を良く思わない連中というのも

ある程度いた。


その中心になっていたのは

父に入れあげていた女達とその家族だった。

特に、貴族令嬢ともなればなおさらだ。

相手が平民だったとしても許せないのに

あろうことか、ジプシーの踊り子などと…。


当然ながら、嫁入り前の娘を疵物にされたと

憤る家門からの抗議が殺到した。

それまでは金にものを言わせて黙らせてきたが

どうやっても引き下がらない者がいた。


バラス子爵家のアリエン嬢。

それもそのはず、当時アリエン嬢は

父の子を身籠っていたというのだ。

貴族令嬢が未婚の母になるなど

これ以上ない醜聞だ。


アリエン嬢が関係を持ったのは大公だけだと。

当然この子どもは大公家の子なのだから

責任を取れと抗議している間に流れてきた

元ジプシーの大公妃の話。


半狂乱で詰め寄るも


「腹の子が俺の子であるという証拠がどこにある」


と一蹴され、失意と絶望の中一人で子を産み

そのまま精神を病んでしまった。

クズofクズ。


それから数年間、アリエン嬢は療養を続けた。

ようやく容態が落ち着いた頃

気分転換にと出かけた街で

彼女は目撃してしまった。


幼い子どもを連れて、幸せそうに笑い合う

大公夫妻の姿を。


その瞬間、彼女の中で何かが切れた。

そして剥き出しの敵意は

まだ幼かった俺と母に向けられた。


アリエン嬢は、恐ろしいまでの行動力で

父に慰み者にされた女達や、恨みを持つ者達

そして未だ母を良く思わない者達を抱き込み

手数を増やしていったのだ。


母は、領民が俺の顔を覚えてくれるようにと

よく俺を連れて街へ出向いては

民とふれあい、その時間を大切にしていた。

しかし、そこを狙われた。


護衛騎士だけでは手が回らぬ程の人数で襲撃され

あっという間に孤立させられた。

人気のない場所に追い込まれ、逃げ場を失ったが

もし、ここで母一人だけだったなら

難なく突破し、逃げおおせることができただろう。

母はとても強い人だったから。


だが、俺を守ることを最優先させたせいで

不利な戦いを強いられた。

その上、俺が狙われた。


いつの間にか俺の背後に女が回り込んでいたのだ。

アリエン嬢その人だった。

それに気付いた母は、俺の元へ駆けつけた。

幼い俺は、恐怖でただ硬直するしかできなかった。


「アルバート!!」

「死ねぇーーー!!!」

「っっ!!」


アリエン嬢が手にしていたナイフを振り上げ

奇声とともに振り下ろす。

子どもながらに、死を予感した。

固く目を閉じ、襲い来るであろ痛みを覚悟した

俺の上に、温かく柔らかいものが覆い被された。


「ぐぅっ!!」

「!!は、母上!」

「チッ!どけ!どけ!クソがぁ!!そのガキも殺してやる!!」

「うっ!…ぐっ…っはあ!」


母の体で視界を覆われていたので

その時は何も見えなかったが

後に聞いた話では、アリエンは強い殺意を持って

何度も何度も、ナイフを母の体に

突き立てていたのだそうだ。


「キャアアァァァーーー!!」

「おい!何してんだ!」

「誰かあいつを止めろ!」

「警備隊!警備隊を呼んで!」

「ふざけんな!ここまでするなんて聞いてねぇよ!」

「ちょっと脅かすだけって言ってたじゃない!」


阿鼻叫喚の状態の中、駆けつけた警備隊によって

アリエンの身柄は確保された。

しかし母の出血は酷く、助かる見込みはなかった。

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