世間知らずの大公閣下とリュウ神の神子姫

崖っぷちのアリス

世間知らずの大公閣下

第1話

今となっては、俺の全てと言っても過言ではない

我が大公家とその領地。

しかし幼き日の俺にとっては、生き延びるために

居続けなければならない場所に過ぎなかった。


大陸の北側に位置し、その面積の3分の1を占める

ロマリアナ帝国、その最南。

国境に面し、帝国の防波堤となるように

東西に伸びた領地こそ、我が大公領だ。


俺は物心がついた頃には、既に剣を握っていた。

誰かに強制されたわけでもない。

生きるため、大切なものを守るため

自分自身の価値を見つけるため…。

他にもできることは何でもやった。

その中で、とりわけ開花したのが剣だった。


両親の記憶はあまりない。

しかし、幼い日のあの母の記憶だけは

今も鮮明に残っていた。


母は、俺が幼い頃に亡くなり

父は…何とも残念な人であった。


     *     *     *


この国の皇族は皆、輝く銀髪とアメジストの瞳

そして建国の祖である龍神の血脈であるという証に

背中の中央部に、逆鱗と呼ばれる小さな鱗を持って

生まれてくる。


だが、何代かに1人程度の割合で、黒目黒髪に

逆鱗を持たぬ子が生まれることがあった。

最初こそ、皇妃の不貞が疑われていたが

ある代で双子が生まれた際

片方だけが逆鱗を持たぬ子であったために

以後は突然変異ということで片付けられた。


しかしながら、逆鱗を持たずに生まれた者達は

皆一様に武芸に秀でていた。

そこに目を付けた、とある代の皇帝は

その者に国境の領地を与え

大公として、帝国の防壁となるよう命じた。


口では「国のため」と言いながら

体の良い厄介払いであるのは明白だった。

首都に置いて、クーデターでも起こされた日には

勝ち目がないと思ったのだろう。


自分の地位を脅かされることを恐れた

過去の皇帝が、逆鱗を持たずに生まれた自分の子を

「国防」と称して国境の領地へ送ったのが

大公家の始まりとされていた。


以後は、大公家の嫡男が跡を継ぐようになるのだが

子宝に恵まれぬ代もある。

すると、まるで見計らったかのように

皇族に逆鱗を持たぬ子が生まれるのだ。

その子を養子に迎え、後継ぎとすることで

途絶えることなく、大公家は維持されていた。


「国の守りを任されているのは名誉なことだ」

「自分は信用されているからこそだ」


そのように前向きな生き方ができる者は良い。

だが大公家の成り立ちを知り


「皇族が厄介払いをしただけだ」

「自分が享受できるはずのものを奪われた」


と皇族へ恨みを募らせる者も

少なからずいたのだという。

自らが皇帝になるのだと企てる者もいたらしい。


そして残念なことに、俺の祖父に当たる人が

そのクチだったらしい。

そのような企てに全霊を捧げていた者の子供が

まともな育ち方を当然するはずもなく…。


     *     *     *


若かりし頃の我が父、先代大公のジリアンも

到底まともとは言えぬ放蕩者であった。


女を取っ替え引っ替え、酒とギャンブルに溺れる

典型的なクズ男。

当時の大公ジリアンは、商団の運営を始め

領内の治安維持や管理、自らの邸宅の管理ですら

全てを下の者達に丸投げであった。


そんな放蕩生活の末に出会ったのが

当時ジプシーの踊り子だった、カイエンヌだ。

緩く波打つ燃えるような赤毛に

太陽のような金色の瞳を持つ大層美しい娘だった。


軽い気持ちで近付いてきたジリアンを

カイエンヌはすげなくあしらった。


大公という身分を笠に着て、金にものを言わせ

今まで女にNoなどと言われたことがなかった彼は

ショックを受け、恥をかかされたと腹を立てた。


許すまじ。

何としてでも振り向かせ、夢中にさせて

そして捨ててやる。


クズofクズ。

しかしそんな邪な動機で繰り返されるアタックに

百戦錬磨の踊り子が引っかかるわけもなく

アタック→撃沈を繰り返すうちに

ジリアンの方が先に沼にハマり

カイエンヌもまた、少々絆されていた。


そうしてしばらく経った頃

ジプシーの踊り子が大公妃になったという

センセーショナルな話が世間を騒がせた。


これにはさすがに皇室も黙っていられず

大公を呼びつけた。

ところが大公だけを呼び出したはずが

登城してして来たのは大公「夫妻」

皇帝の前でも物怖じすることなく

悠然と微笑む大公夫人を目の当たりにして

皇帝は開いた口が塞がらなかった。

その後2人は正式に夫婦となることを認められ

めでたく結ばれたのであった。


     *     *     *


そして父は、心を入れ替えたように仕事に励み

平穏な暮らしの中、俺が生まれた。

幸せだったのだと思う。

しかし、悲劇は俺が5歳の年に突然訪れた。

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