若きジュエリーデザイナー・紫月晶人が、工房で命を落とした。
警察が下した結論は、作業中の薬品誤飲による事故死。
しかし、晶人の才能を見いだしていた宝石デザイナー・佐竹紘は、その死に拭いきれない違和感を抱き、アイリス探偵事務所へ調査を依頼します。
不自然に残された現場の痕跡。
晶人に複雑な感情を向けていた同僚。
それぞれに言葉にできない想いを抱える、学生時代からの仲間たち。
そして調査の中で浮かび上がるのは、誰の記憶にもはっきりと残っていない「五人目」の少女でした。
この物語で、登場人物たちは皆、誰かを見ています。
才能を見ている。
愛する人を見ている。
自分より選ばれた人を見ている。
事故が起きた現場を見ている。
けれど、それぞれの嫉妬や願望、先入観というヴェールを通すことで、見えていたはずのものの輪郭が、ほんの少しずつ歪んでいく。
誰も、最初からすべてを見誤っていたわけではありません。
ただ、自分が信じたいものを信じ、自分が見たい姿を見てしまった。
その小さな歪みが重なり、やがて取り返しのつかない悲劇へつながっていく構成が見事でした。
物語を彩る「紫」も、単なる美しい装飾ではありません。
高貴で神秘的なアメジストの輝き。
真実と虚偽の境目を曇らせる霞。
そして、確かに存在しているのに、誰かが目を向けなければ周囲の色に埋もれてしまうもの。
タイトル、人物の名前、宝石、光景、言葉の一つひとつに紫が溶け込み、事件の謎と登場人物たちの孤独を静かに結びつけています。
アイリス探偵事務所の個性豊かな面々による軽妙な掛け合いも魅力です。
思わず笑ってしまうサックスの音から始まった物語が、やがて「My Funny Valentine」へつながったとき、胸に残ったのは、飾らなくても、目立たなくても、その人をそのまま見つめることの尊さでした。
誰にも気づかれないように見えた想いも、
誰の記憶からもこぼれ落ちたように見えた存在も、
本当に、最初から何もなかったのでしょうか。
すべてを知ったあとに残る切なさが、紫の残光のように消えません。
事故として閉じられかけた死の向こうには、何が隠されているのか。
そして、誰の記憶からもこぼれ落ちた「五人目」は、なぜ姿を消したのか。
巧妙に張られた伏線を追いながら、ぜひ紫のヴェールの向こうにある真実を、ご自身の目で確かめてください!
アタヲカオ様の『紫霞のヴェール ― My Funny Valentine』を読み終えたあと、派手な謎解きよりも「心に残る静けさ」が強く残る作品でした。
事件を追ううちに、少しずつ浮かび上がる人間関係のズレや、言葉にされなかった感情がとてもリアルで、「もしかしたら自分も見落としてきたものがあるかも」と考えさせられます。文章は静かで美しく、会話の間や沈黙まで意味を持っていて、読み進めるほどに胸が締めつけられました。
ミステリーが好きな人はもちろん、友情や恋、居場所のなさに悩んだことのある人、目立たない側の気持ちに寄り添いたい人にぜひ読んでほしい一作です。
若きジュエリーデザイナー・紫月晶人が死体となって発見。
死因は薬品の誤飲による事故、とされた。
贋作師・佐竹紘は、自身のジュエリーブランドと提携していた工房内で起こったこの事故に対して不審な思いを抱き、アイリス探偵事務所を訪れることに。
嫉妬の目を向けていた同僚、学生の頃から仲良しだった友人たち……晶人をめぐる人間関係を調査するうち、目立たない存在として認識されてきた滝沢海という女性が浮き彫りになってくるが――。
『白の模倣者』に引き続き、アイリス探偵事務所の面々が謎を追って真実を暴き出す傑作ミステリ短編です!
今作もまた、静謐で美しい空気感と余韻を引くような物語世界が描かれており、プロローグから引き込まれました。
「紫という色はね、
真実を少しだけ曇らせる」
プロローグでの佐竹の言葉ですが、すべてを読み終えたあと、この言葉に物語のすべてが内包されているのに気が付き、驚嘆するほかありませんでした!
『紫』というテーマを使い、ミステリとして見事に構築した展開は本当にお見事!
是非ともご一読いただき、謎解きに挑戦してみてください!