第33話 前に出るという選択

前に出るという選択

1

最終連絡は、期限付きだった


翌朝。


観測者からの連絡は、

これまでで一番はっきりしていた。


「本日 20:00

最終合意の可否を確認します」


「合意に至らない場合、

代替ルートを提示します」


代替。


つまり、

拒否した先も、すでに用意されている。


由衣が、通話越しに言った。


「……

逃げ道も

管理されてるね」


「ああ」


「だから」


由衣は、

一拍置いて続けた。


「今回は、

私も話す」


2

主人公は、止めなかった


「いいのか?」


そう聞いた時点で、

俺はもう分かっていた。


止める理由を、

持っていない。


由衣は、

落ち着いた声で言った。


「今までさ」


「お兄は

“対象”として

話されてきた」


「今回は」


「家族として

話す」


それは、

感情論ではない。


立場の変更だった。


3

非公開交渉・再び


場所は、

前回と同じ会議室。


だが、

席の配置が違う。


俺の隣に、

由衣の席がある。


観測者の視線が、

一瞬だけ由衣に向く。


評価。

警戒。

計算。


全部混じった目だ。


4

観測者の最終合意要求


「本日は、

最終判断の確認です」


前置きは短い。


「前回提示した条件を

修正案込みで

最終化します」


スクリーンが映る。


事後報告制(修正反映)


能力関連配信の停止


行動制限(限定的)


非公開協定の締結


「これが、

最も衝突が少ないルートです」


“最も”。


つまり、

他もある。


5

妹が、口を開く


由衣は、

俺を見ることなく

言った。


「質問、いいですか」


観測者は、

一瞬だけ間を置く。


「どうぞ」


由衣は、

はっきり聞いた。


「この条件を飲んだ場合」


「兄は、

いつまで

観測対象ですか」


空気が、

一段重くなる。


観測者は、

即答しなかった。


6

観測者の本音


「……

明確な期限は

設けません」


由衣は、

頷いた。


「つまり」


「終わらない

ということですね」


痛いところを、

正確に突いた。


7

妹の交渉


由衣は、

声を荒げない。


感情も乗せない。


ただ、

条件を整理する。


「この合意は」


「安全のため、

と言いながら」


「実質的には」


「兄の人生を

長期的に

固定する契約です」


観測者は、

否定しない。


否定できない。


8

別ルートの提示


観測者は、

少しだけ姿勢を変えた。


「……

では」


「合意しない場合の

代替案を提示します」


スクリーンが切り替わる。


別ルート:完全断絶


観測者は一切関与しない


以後、接触なし


事後的介入も行わない


ただし、

何が起きても

自己責任


由衣が、

小さく息を吸う。


「……

放置、ですね」


「自由とも言えます」


観測者は、

そう言った。


9

別ルートの現実


自由。


だがそれは、


大学の支援なし


観測者の抑止なし


世間の暴走は

止める者がいない


つまり、


何かが起きた時、

誰も止めない未来。


由衣は、

俺を見る。


俺は、

まだ答えない。


10

妹が出した条件


由衣は、

深く息を吸って言った。


「……

第三の条件は

ありませんか」


観測者の目が、

僅かに細くなる。


「例えば」


「期限付きの合意」


「一定条件を満たした場合の

解除条項」


「“観測を終わらせる道”」


沈黙。


それは、

彼らが

最初から

避けてきた話だ。


11

観測者は、答えを濁す


「……

現時点では」


「確約は

できません」


だが、

完全な否定ではない。


由衣は、

そこで引いた。


これ以上踏み込めば、

交渉は壊れる。


章ラスト

前に出た者だけが、見える景色


交渉は、

その場で決裂しなかった。


だが、

合意にも至らなかった。


観測者は、

最後に言った。


「本日中に

回答を」


それだけ。


会議室を出ると、

夜の空気が

肺に入る。


由衣が、

ぽつりと言った。


「……

怖かった」


「ごめん」


「違う」


由衣は、

首を振る。


「前に出たから

分かった」


「この人たち、

敵じゃない」


「でも」


一拍。


「味方でもない」


それが、

一番正確な理解だった。


自動販売機の表示が、

静かに切り替わる。


最終分岐:

合意 / 断絶


第三案:

未生成


未生成。


それは、

まだ

“作れる余地”がある

ということだ。


観測者は、

二つの未来を

並べて見せた。


管理された安全。

放置された自由。


だが、

由衣が前に出たことで

はっきりした。


――

第三の道は、

提示されるものじゃない。


作るものだ。


次に選ぶのは、

合意か。

断絶か。


それとも、

二つを壊す選択か。


その答えは、

もう

時間の問題だった。


――

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