魔味(マジ)しんぼ

にぽっく

受け手の準備

「このフレアボールはまがいものだ。食えないよ」

 だらしなく足を投げ出して座る里中六平は、そう言い放った。


「なんだと!」

 魔法師団長、寺西昭雄は激昂した。


「我が王国きっての魔導士シェフ、榊原幾太郎が編み出した、究極のフレアボールだぞ! それを、『まがいもの』とは何たる言い草!」 

 寺西師団長の、こめかみの血管が浮き出た。


 一方の魔導士シェフ榊原は里中六平をにらみつけたが、里中はひるむそぶりも見せない。


 平民服のズボンの、存在しないポケットの位置に魔法で一時的に穴を開け、そこに両手を突っ込んだまま、里中は鼻で笑った。


「炎魔法の基本も出来ちゃいない! そんなフレアボールが『究極』だなんてお笑い種だ。お前たちは、フレアボールを何もわかっちゃいない!」

 里中はスックと立ち上がり、人差し指を相手に突き付けた。


「貴様!」

「死にたいのか!」


「この世界の住人には、『』がかけられている。煮ようが焼こうが、傷1つつかないことぐらい、わかっているだろう!」


「「うぐぐ!」」


「3日だ!」

 里中六平は、指を3本立てた。


「なにぃ?」


「審査員を用意しろ。俺がお前たちに、本物のフレアボールを食わせてやる」


「若造が!」

「できなかったら、分かっているんだろうな!」


「楽しみにするんだな!」

 里中はそう言い放つと、王国の間を後にした。



 ――3日後。約束の日が訪れた。


 

 王国の間には、重鎮が集まった。

 

 魔法師団。

 王国騎士団。

 武官勢だけでなく、文官勢も。

 姫も居る。

 野次馬も居る。

 野良猫も居る。

 

 中央には、審査員が3人用意されていた。


 榊原(男性・王国魔導士)

 栗林(女性・王国広報官)

 寺西(男性・魔法師団長)


 の3名だ。


 里中六平は小さな杖を持って現れた。ひるむ様子もない。

「ジェンダーバランスを整えたか」


「さぁ! やってもらおうじゃないか」

 審査員の一人、魔法師団長・寺西が言った。


「ああ」

 里中六平は、慣れた手つきで小杖に念を込め、3回転させる。


 アカマルッコイノ・ココニ! ライコ・サジニー! シャアシャアシャア! ユ!


 その呪文詠唱から半瞬遅れて、

 直径1メートル強の赤い炎の塊フレアボールが3つ、里中六平の前に出現した。


「ふっ」

 魔導士シェフ・榊原は失笑を禁じえなかった。


「はっはっは!」

 魔法師団長・寺西は哄笑で後に続いた。

魔導士シェフのフレアボールより、二回りも小さいではないか!」


「いいから食ってみるんだな」

 里中六平は小杖を前に小さく振る。

 3つの炎塊はそれぞれ、3人の審査員へと跳び、爆ぜ、そして激突した。


 ぼわわわわわわわ!


「こ、これは!」

「なんという……!」

 魔法師団長と魔導士は、驚愕の表情を浮かべた。


魔味まじしい!」

 王国広報官・栗林の表情は輝いた。

 

「(わたしの)表面はカリッしているのに、体の中のほうに、モッチョリと熱が広がって! それでいて、まったくしつこさを感じないわ。湧き上がる熱さの中に、ピリピリとした刺激が加わって。まるでわたしが、溶岩になったみたい!」

(※作者注:彼女らは絶対無敵魔法で防護されており、傷1つつきません。読者の皆様は絶対にマネをしないでください)


「くっ。普段は意識しない部位が、なんだかこそばゆいというかなんというか」

 魔法師団長・寺西は、驚きながらもそう言った。


「このほんのりと漂うピート感はなんだ? どこからくるんだ」

 榊原魔導士シェフは、身を焼く炎の塊をじっくりと味わっていた。



「ゴボチョですよ」

 里中六平は、さも当たり前であるかのように言った。



「秋口に収穫されたゴボチョを天日干しする。そこに醤油を少し足して魔味マジを整え、魔法の杖にしたんです」


「ゴボチョだって?」


「ゴボチョ由来のピート感が、体を内部からくすぐるんです」

 里中はそう返答した。


「そんな木が……!」


 驚く榊原魔導士シェフに向かって里中は小さくうなづき、そして話し続けた。


「知らないのも無理はない。王国魔導士が使う杖は、たいていはヒラギーが原料だ。ヒラギーは乾燥した地方でよく育つ状陽樹で、これを使うと高温で飛行速度の高い巨大火球を生み出すのに適した大杖ができあがる」


「たしかにその通りだが……」


「攻撃するには火力重視でいいでしょう。しかしこうして味わう食らうには、ヒラギーベースの大杖から作られた火球は、どうしたって大味にになる」


「杖がちがうのね!? ゴボチョという木を使えば良いんですね!」

 王国広報官・栗林は感動していた。 


 里中は、存在しないズボンポッケに魔法で両手をつっこんだまま目を閉じ、首をに振った。

「ちがう、そうじゃない。ゴボチョで作られた小杖なら、どんな火球でもモッチョリとしたピート感が出せるわけじゃないんだ。この時期のイバキラ地方は一気に寒くなるから、生き物は自然と、脂肪を蓄えようとする。つまり、受け手の脂肪重量バランスが変化する。だから、夏のゴボチョを依り代にしたフレアボールではモッチョリ感が足りず、ハムハム感が出てしまう。一方で、冬に採れたゴボチョでは、こんどは乾燥しすぎて、火球のソポソポ感が目立ちすぎる」


「そういえば、3日前に頂いたフレアボールは、なんだかだいぶ、物足りない感じがしたような……」

 栗林は目玉を左上に向け、過去を思い出していた。


「モッチョリ感は、少し足りないくらいに調整するのがいい塩梅だとされている。確かに、ゴボチョ由来のフレアであれば、小ぶりながらも内部火力が均等で強く、一見良いようにも思えるが、ただ強火にしただけでは、体中まで火が通る前に、表面が焦げてしまう。それを防ぐために、下ごしらえが必要になる」


「それで3日間が必要だったのね?」


「ああ。下ごしらえの手順はこうだ。まず、審査員をお湯につけて、アクを取りながら弱火で48時間コトコトと煮る。この時、100度以上にしてはだめだ。熱すぎるとタンパク質が変質しすぎるから、(審査員の)表面が固くなり、外からの火が通りづらくなる。表面を柔らかく保ちながら低温でゆっくり煮て、内部に適度な余熱が残るようにするために、43度ぐらいの湯温で煮立つようにしてやる」

(※作者注:審査員は絶対無敵魔法で防護されており、タンパク質は一時的に変質した場合もいずれ再生され、傷1つつきません。読者の皆様は絶対にマネをしないでください)


「そうか! それで私たち、高山の温泉宿に連れていかれたんですね?」


「その通り。気圧が低ければ、より低い温度でお湯が沸騰するから、その仕組みを利用するんだ。煮始めてから3時間ぐらいで一旦火を止め、醤油を少し入れてやる」


「まぁ! ここでも醤油を?!」


「醤油と絶対無敵魔法とが反応して、ほどよい魔味マジ付けになるんだ。原材料の醤油はこの世界のものではないから、亜空間魔法で取り寄せる必要がある。その儀式に丸1日が必要になる。だから実際には、醤油の調達儀式に1日、煮立ちに48時間の、合わせて3日かかる。そうして準備が出来た審査員は、中までじんわりと余熱が通り、ヒートショックプロテインHSPが適度に形成されて、フレアボールに対して最適な状況に仕上がっているというわけさ」


「大変だったわ。3日間も」

 王国広報官・栗林はため息をついた。


「それはすまなかった。丸二日煮られるわけだから、退屈することもあるだろう。だから隠し魔味マジに漫画全巻を2セット、読めるように湯に加えてやる。この地方だとTSものが好まれるから、水をかぶると性別が変更される漫画などがいいだろう」

(※作者注:漫画本も今回は魔法で防護されており、お湯につけてもふやけたりせず、傷1つつきません。読者の皆様は絶対にマネをしないでください)


「わぁ、それでまるで温泉にいるような、漫画喫茶にいるような、不思議な感覚だったのね。里中さん。私たち審査員が、お湯に漬かっている間に性別が変わらなかったのはなぜなの?」


「漫画の中のフィクション性は、煮るだけでは染み出してこない。もちろん、『引き出しマンガ』の技法を使えばできるが、今回の場合、やりすぎるとエグミメグミがでてよろしくない」


「そうだったのね! だとすると、先程フレアボールを頂いた時に感じた、あのピリピリとした感覚の正体は何かしら? 宇宙人が押しかけ女房になる方の、もう一セットの漫画から出ているのかもしれない、と思ったのだけれど……」


 里中六平は、存在しないズボンポッケに魔法で両手をつっこんだまま目を閉じ、首をに振った(二度目)。


「ちがう、そうじゃない(二度目)。それだと高山の温泉宿に居た時から、ピリピリ感を覚えているはずだ。ゴボチョの小杖で生み出した火球に、魔法で雷を少しだけ、隠し魔味マジで加えてやるんだ。今回のテーマはフレアボールだから、雷は混ぜすぎるとバランスが崩れてよくない。だから、炎塊1立方メートルに対して、小さじ2杯程度の雷を入れてやる。もちろんただ入れただけでは、炎の中に雷が偏在して、出来上がりにムラが出てしまうから、しっかりと混ぜ合わせる。最後に、炎と雷がバラバラにならず、混然一体となるように、醤油を少し加えて整える。そうして出来たのが、さっき食らってもらったフレアボールということになる」


「わぁ! フレアボールたった1つに、そんなに手間がかかっていたんですね!」

 王国広報官・栗林は、感嘆の一言だった。


「ぐぐぐ……」

 魔法師団長・寺西昭雄は何も言えない。

「ぐぐぐ……」

 王国魔導士シェフ・榊原幾太郎も何も言えない。ただうつむくのみだった。


「わかったかい、お二人さん」

 里中はスックと立ち上がって言った。

 ただし、先刻からずっと立ち上がったままだった。


「魔法に必要なのは、『人の心』だ。フレアボールだって、ただ大きければいいってもんじゃない。それを食らう人に、魔法がどう染みるのか、受け手の準備ををしっかり考える。そうじゃなければ、魔法で人を幸せにすることなんてできない。単なる攻撃呪文じゃ、敵を料理することにしかならないんだ!」


「そうだったのね……わたし、魔法のことをちゃんとわかっていなかったみたい」

 王国広報官・栗林は、里中六平の言葉を謙虚に受け入れた。

 彼女は将来、良い魔法使いになるだろう。


 そのとき。


「ふわははははははははははははははははははははははははははははは!」


 高笑いが、大音声で響いた。

 かなりのロングボイスで、歳に似合わぬ肺活量の旺盛さが見て取れる。


「六平。その程度のフレアボールで、偉そうに講釈を垂れるなど、片腹痛い」

 両手で左右の腹を抑えながら、その男は歩み寄って来た。

 

「おまえは! ……山原裕二! くそっ。おまえが居るなら、来るんじゃなかった!」

 驚愕の表情を浮かべる、里中六平。


って、もしかして……」

 王国広報官・栗林は職業柄、多くの名士の名を記憶していた。



「『魔食ギルド』の主宰の、あの山原裕二なの?!」


 驚いている栗林は、名士を呼び捨てにしている愚に気づいていない。

 なぜ人は、著名人に『さん』を付けず、呼び捨てにするのか。


 魔食ギルド主宰・山原裕二は、そんなことなどお構いなしに歩み寄り、言った。

 

「六平。お前のフレアボールは魔不まずくて、とても食えたもんじゃない」


 山原は魔法でちゃぶ台を出し、それを両手でひっくり返した。

 ちゃぶ台が回転しながら飛来。

 審査員三人を覆う炎が、飛来するちゃぶ台に反応し雲散霧消。

 当のちゃぶ台は勢いよく2回転した後、虚空に消えた。


「なんだと?! 食いもしないで、何がわかるっていうんだ!」

 里中は、魔法で一時的に開けたズボンポッケから両手を出して言った。


「ははは! お前は『醤油』の使い方が全くわかっておらん」


「醤油の使い方だって?!」


「ああそうだ」

 魔食ギルド主宰・山原裕二は会場に向きなおって言った。


「すまないが、四日頂きたい。この里中クズの作ったフレアボールがどれだけ魔不まずいシロモノか。本当の醤油の使い方は何なのか。ここにいる皆さんに、はっきりとお見せしたいと考えるが、いかがだろうか」


 動揺する、会場の面々。


「やってみろ! できるものならな!」

 里中六平は威勢よく啖呵を切った。


 その会場の中央で、魔法師団長・寺西昭雄はため息をついた。

「四日か……。また執務が滞るな……」


<了>




 ★-★-★-★-★-★


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