エピローグ:新しい風の中で

エピローグ:新しい風の中で


 風が、王都の城壁を越えて辺境の空気を運ぶ。遠くからは、市場の喧騒と、子どもたちの笑い声。朝露に濡れた石畳を踏むたび、セレスティア・ローウェルは、胸の奥で静かな喜びを噛みしめた。かつて落ちこぼれと呼ばれ、魔力の少なさを嘲笑された自分が、今こうして功績公爵令嬢として認められている。重く温かい肩の感触。横にいるライアスの腕が、自然と彼女の手を包む。


「もう、怖くないね……」

 セレスティアは小さく呟いた。手に伝わる指先の鼓動は、かつての戦場で感じた緊張ではなく、安心と温もりのリズムだった。


「怖くなくなるまで、俺がずっと隣にいる」

 ライアスの声は、低くて穏やか。耳に届く振動は心地よく、まるで自分の心臓と呼吸を一緒に刻んでくれるようだ。視線を横に向けると、彼の瞳は太陽の光を反射して輝き、どこか少年のような無邪気さと、戦友としての凛々しさが混ざっていた。


 セレスティアは胸の中で深呼吸を一つ。空気の匂い、土と石、木々の香り。すべてが、今の自分の居場所を知らせる。振り返れば、かつて自分を嘲笑した貴族たちの館は遠く、視界の端に霞むだけ。あの日の屈辱は、もはや遠い昔のこと。けれど、痛みの記憶があったからこそ、今の幸せは鮮やかに光るのだ。


「ねえ、ライアス。あの時、私……誰にも信じてもらえないって思ったけど」

 指先でライアスの手を握りしめながら、言葉がこぼれる。「でも、あなたがいたから、私は自分を信じられた」


「俺だって、セレスティアがいなきゃ、ここまで来れなかった」

 彼の手が強く握り返す。温かさが体中に染み渡り、思わず笑みがこぼれる。太陽の光が肩に当たり、髪の先まで金色に輝く。心臓が跳ね、呼吸が自然に速くなる。戦場でもこれほどの高揚はなかった。幸福と達成感が、身体の隅々にまで行き渡る。


 遠くの市場では、冒険者たちが賑やかに準備をしている。石畳に響く足音、剣の金属音、荷車の車輪が回る音。それらすべてが生きている証であり、セレスティアはその音に耳を傾けながら、自分の力が世界に通用することを改めて感じた。


「私、もっと強くなる。ライアス、あなたと一緒に」

 声に確信が宿る。胸の奥の熱さが、言葉の力を強める。過去の涙も、嘲笑も、もう恐れるものは何もない。魔力の多寡に囚われることもない。自分の特性と仲間との信頼こそが、真の力なのだ。


「うん、俺もだ」

 ライアスの声は、やわらかく、しかし揺るがない決意に満ちていた。彼の瞳に映る自分の顔は、誇りに満ち、まるで戦場での戦友以上に深い絆を示している。


 二人は歩き出す。石畳の冷たさが足の裏に伝わり、風が頬を撫で、木々の葉がざわめく。感覚ひとつひとつが、過去の自分から現在の自分への橋渡しとなる。胸の奥に灯る静かな熱さは、やがて力強い炎となり、誰にも消せない輝きを放った。


「これからは……私たちのやり方で、世界を変えていく」

 セレスティアは目を輝かせ、前を見据える。ライアスも同じ視線で未来を見つめ、二人の心がひとつに重なる。互いの鼓動が、静かに、しかし確実に共鳴する。


 城壁の向こう、まだ見ぬ冒険と挑戦が待っている。過去の屈辱を力に変えたセレスティアは、無敵の支援者として、愛と栄光、そして新しい価値観の世界を築く準備を整えていた。


「行こう、ライアス。私たちの物語を、まだ誰も知らない未来へ」

 ライアスが頷き、手を握り返す。太陽の光が二人を包み込み、風が新しい一歩を祝福するかのように吹き抜ける。


 こうして、かつて落ちこぼれだった男爵令嬢は、仲間と共に無敵の人生を手に入れた。笑い、愛し、戦い、そして世界に自分たちの色を刻む。五感と感情に満ちた、この新しい日常は、まるで光に溢れた絵画のように、永遠に彼女の胸に焼き付けられた。


 そして、振り返ることなく、二人は歩き続ける。

 新しい風の中で――笑い声と未来への誓いを胸に、無敵の支援者は、自らの物語を紡ぎ続けるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

状態異常チートで無敵になった男爵令嬢 @mai5000jp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る