第2話:底辺からの出発と状態異常魔法の覚醒

第2話:底辺からの出発と状態異常魔法の覚醒


 辺境の冒険者ギルド。木造の扉を押し開けると、埃の匂いと金属の香りが入り混じる独特の空気が迎えた。鉄の床、擦り切れた机、そして大声で騒ぐ冒険者たち。戦士の鎧がぶつかる音、遠くでモンスターの討伐依頼を巡る声の応酬。ここは、王都の煌びやかな宮廷とは違う現実の世界だ。


「……これが、私の……出発地点」

 セレスティアは小さくつぶやき、ドレスの裾を整えた。胸の奥の緊張が、冷たい風のように体を貫く。王都での屈辱、ジェイドの嘲笑、婚約破棄の痛み。それらすべてを抱えながら、彼女はこの雑踏の中に足を踏み入れた。


 受付の老女は、彼女の書類に目を通すや否や、眉をひそめた。

「ふうん……魔力量がこれほど低いとな。……雑用でもやってもらうしかないわね」

 その言葉に、周囲の冒険者たちも小さな笑い声を漏らす。掃除、荷運び、雑草の処理――セレスティアの今日の任務は、そのすべてだった。


 しかし、胸の奥の火は消えていなかった。むしろ、焦りと怒りが混ざった熱を帯びて、指先まで伝わる。

「……ここで腐っている暇はない。私だって、戦える力が欲しい」


 そんなとき、ギルドの片隅から声がかかる。

「ねえ、そこの小娘――ちょっと来い」


 振り返ると、筋骨隆々の戦士や魔法使いが一堂に会した、SSS級冒険者パーティだった。リーダーらしき青年――ライアス――が前に立つ。肩幅が広く、武器の存在感が凄まじい。だが、目は優しくも鋭く、セレスティアを一瞥しただけで何かを見抜いたように見えた。


「君、魔力は少ないようだね」

 低く、しかし響く声。

「……ええ、少なくて。だから、私は――」

 言葉を探す間もなく、ライアスは微笑んだ。

「だからこそ、君に興味がある。魔力じゃなく、行動力と頭の回転を見るんだ」


 セレスティアの頬が赤くなる。心臓の鼓動が耳に響く。王都で誰も認めなかった自分を、初めて他人が正面から評価してくれた瞬間だった。

「……そんな、私みたいな者を……?」

「そんな者だからこそ、面白いんだ」


 次の日、初めての任務は低級ダンジョン。湿った土の匂い、カビのような空気、岩の冷たさ。床に落ちる水滴の音すら、セレスティアの神経を研ぎ澄ませる。

「気を抜くな。奴らは見た目より手強い」

 ライアスの声が背中を押す。戦士が剣を握り、弓使いが矢を弦にかける。セレスティアは指先の魔力を集中させ、ふるえる手をかばうように握りしめた。


 敵が現れた瞬間、セレスティアは思わず口を開いた。

「……麻痺!」

 小さな光と共に、敵の脚に衝撃が走る。動きが止まる。続けて、手元の指先から淡い緑の光が広がる。

「毒……入れます」

 鋭い痛みのような衝撃が敵の体内に広がり、うめき声を上げる。


 魔力は少ない。しかし、状態異常魔法の成功率が異常に高い。敵は次々と動きを封じられ、パーティの戦士たちは息をのむ。

「……一人で、ここまで……?」

 戦士が呟く。ライアスも唇をわずかに開き、驚きを隠せない。


 セレスティア自身も心臓が高鳴る。これが、私の力……。他人と比べて少ない魔力でも、戦術次第で誰にも負けない力になる。

「……私、やれる……」

 胸の奥で、小さな火が灯った。恐怖と不安、屈辱の記憶が混ざる中で、それでも揺るがない熱――それが希望の光になった。


 戦いの後、ライアスがそっと手を伸ばす。汗で濡れた頬に、指先が触れる感触が、心地よくもあり、緊張を呼び戻す。

「君は……すごい。魔力の少なさなんて、関係なかった」

「……あ、ありがとう、ございます」

 声は震えるが、心は静かに誇らしい。初めて、他人の目に私の価値が映った瞬間だった。


 その夜、キャンプの火を囲みながら、セレスティアは空を見上げた。星の光は、王都で見た光よりも柔らかく、暖かかった。風が頬を撫で、木々のざわめきが耳をくすぐる。

「……私、強くなる」

 静かに、しかし確かな決意を胸に抱く。魔力の少なさに嘆くのはもう終わり。私には、私だけの戦い方がある――状態異常魔法で敵を封じ、無敵になる道が。


 その夜、セレスティアの夢は、光と影が入り混じった戦場だった。だが、そこでは彼女の魔法が鮮やかに炸裂する。麻痺、毒、鈍足――どれも成功率100%。敵は動かず、仲間たちの笑顔が輝く。胸の奥が熱くなり、涙が頬を伝う。


「……私の力、ここからだ……」

 眠る前に、もう一度、彼女はつぶやいた。明日もまた、冒険者として、そして自分の強さを証明するための第一歩を踏み出すのだ。


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