第4話:復讐のシナリオ会議

## エピソード:復讐のシナリオ会議


### 静かなカフェ、煮詰まる狂気


事件が起こる数週間前。都心の喧騒から少し離れた、落ち着いた雰囲気のカフェの片隅。三人の女性が、テーブルを囲んでいた。ありさ、そして彼女の親友であるエリとエリカだ。テーブルの上には、ほとんど手付かずのコーヒーカップが並び、緊張した空気が漂っていた。


「…また来たの。無言電話。昨日の夜中は30回」


ありさは、平静を装いながらも、カップを持つ指先が白くなっているのを隠せなかった。


「警察には?」

冷静に問いかけるのは、ショートカットが知的な印象を与えるエリカだ。


「言ったわよ。『実害がないと動けない』ですって。ストーカー規制法の抜け穴。笑えるわよね」

ありさは乾いた笑いを漏らした。


「実害って何よ!ありさがどれだけ怯えてると思ってるの!」

感情的なエリが、テーブルを叩きそうになるのをエリカがそっと手で制した。


「建人さんは何て?」

エリが尋ねる。


「『俺からうまく言っておくから』…もう何十回聞いたかしら、そのセリフ。彼は優しいのよ。優しすぎて、誰も傷つけられない。だから、誰も守れない」

ありさの言葉には、諦めと、そして冷たい軽蔑の色が滲んでいた。彼女は視線を落とし、テーブルの木目をなぞりながら、静かに、しかし確信に満ちた声で言った。


**「あの女…夏美さん、きっと私を殺しに来るわ」**


### 脚本家、誕生の瞬間


「なっ…!」

「本気で言ってるの!?」

エリとエリカは絶句した。ありさの表情は、冗談を言っているようには到底見えなかった。


「彼女の目、見たことある?空っぽなのよ。なのに、私を見るときだけ、どす黒い炎が燃えてる。執着と憎悪の炎が。建人さんが煮え切らないほど、その炎は私に向かって燃え盛る。もう時間の問題よ」


「だから警察に!証拠を集めて!」

エリが必死に説得する。


しかし、ありさは静かに首を横に振った。そして、顔を上げた彼女の瞳には、怯えではなく、恐ろしいほどの覚悟が宿っていた。


**「黙って殺されるわけにはいかないわ」**


彼女の声は、氷のように冷たかった。


「警察に駆け込んで、せいぜい接近禁止命令?そんな紙切れで、狂気に燃える人間が止まると思う?いいえ、止まらない。中途半端な抵抗は、相手をさらに逆上させるだけ。…やるなら、徹底的にやらなきゃ」


ありさは、テーブルに身を乗り出した。その瞳は、獲物を狙う獣のようにギラついていた。


「考えてみて。もし私が『殺された』ら、どうなる?彼らは慌てて死体を隠すでしょうね。建人さんは罪の意識で、夏美さんは証拠隠滅のために。彼らは共犯者になる。もう、後戻りできない」


「ありさ、何を言って…」


「復讐よ」

ありさは、エリの言葉を遮った。


「不倫は、私が悪い。その十字架は一生背負うわ。でも、**だからって殺されていい理由にはならない。** 彼らが私に下そうとしている『死刑判決』を、そっくりそのまま、完璧な形で返してやるの」


### 完璧な舞台の作り方


そこからのありさは、まるで壮大な舞台の脚本を書く演出家のようだった。


「まず、これ」

彼女はスマホの画面を二人に見せた。そこには、特殊メイク用のサイトに掲載された「ヘルメット内蔵型ウィッグ」と「衝撃破裂式・血糊パック」の画像があった。

「エリカ、あなたは冷静だから、一番効果的なものを探して。殴られた時の衝撃を吸収しつつ、リアルな出血を演出できるもの」


「次に、GPS」

ありさは自分のネックレスを指さした。

「エリ、あなたには私の居場所を常に監視してもらう。もし連絡が途絶えて、GPSが動かなくなったら…それが合図よ」


「部屋にはカメラと盗聴器を仕掛ける。彼らの犯行の瞬間、そしてその後の狼狽ぶり、すべてを記録するの。夏美さんが凶器を持って現れたら、私は完璧な被害者を演じるわ」


「もし私が『死んだ』と彼らが思い込んだら…彼らはきっと遠くに私を捨てに行く。エリとエリカは、彼らの後を追って。そして、彼らが立ち去った後、私を『救出』するの」


友人二人は、息を呑んでありさの計画を聞いていた。それは、あまりにも大胆で、緻密で、そして狂気に満ちていた。


「…本当に、やるの?」

エリが、震える声で尋ねた。


ありさは、にっこりと微笑んだ。それは、これまでのどんな笑顔よりも美しく、そして不気味だった。


「もちろん。最高の舞台を用意してあげなきゃ、失礼でしょう?」


彼女の瞳の奥で、復讐の炎が静かに、しかし確実に、燃え上がっていた。それは、自分を殺しに来る人間を、完膚なきまでに叩き潰すための、地獄の業火だった。

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