12月12日、冬ざれの午後

12月12日、冬ざれの午後


霙が屋根を打つ音で目を覚ました。窓の外は鉛色の空に覆われ、細かい雨と雪が入り混じって、世界全体が静かに震えているようだった。冬帽子を深くかぶり、手袋を指先までしっかりはめて、私は階段を下りた。


「……寒いなぁ。」

独り言のように呟くと、台所から鰤大根の匂いが漂ってきた。大根の甘い香りと鰤の脂の香ばしさが、冬の冷たい空気を少しだけ和らげる。私の鼻をくすぐる湯気に、思わず顔を近づけた。


「お姉ちゃん、早く食べよ!」

弟の亮が走ってきて、袖口に霙の水滴をつけた。手袋の中の手をこすり合わせながら、私は笑った。

「はいはい、待ってて。」


外に出ると、枯野が霙で光り、浮寝鳥たちが水面に揺れる。水面に映る灰色の空と、沈んだ冬日が、静かでどこか寂しげだった。


「見て、有沙、あの鳥……寒そう。」

亮が指をさす。カモの一群が水をかき分けて泳ぎ、羽を小刻みに震わせている。

「でも、きっと羽の下は暖かいんだよ。」

私はそっと答えた。心の奥まで冷たい風が入り込むような日だったけれど、鳥たちの小さな生命の力に、なんだか励まされる気がした。


昼食後、母が熱燗を用意してくれた。

「お姉ちゃん、手冷たいでしょ?少し飲みなさい。」

小さなグラスを手渡され、湯気を指先で感じながら口に運ぶ。熱燗の甘さと暖かさが体に染み渡り、冬温しを実感する。

「うわ、暖かい……」

思わず声が出た。亮も小さなグラスで「熱い熱い」と笑っている。


午後、雪が少しだけ積もり、庭の木菟が枝先でじっと私たちを見下ろしていた。私は木菟の目の鋭さに少し怖さを覚えつつも、寒さの中でじっと生きる姿に胸を打たれる。


「ねえ、有沙、裘ってどんな服だっけ?」

亮が首をかしげる。

「うーん……毛皮の上着のことだよね、冬に着るやつ。」

「ふーん、あったかそう……」

弟の声は小さく、でもどこか羨ましそうだった。冬の寒さの中で、暖かいものを想像するだけで心がほっとするらしい。


夕暮れ前、虎落笛の音が遠くから聞こえてきた。冬の澄んだ空気に、笛の音がきれいに響き渡る。

「綺麗……」

私は思わず呟き、亮も小さく頷いた。雪の舞う道を歩きながら、音が冷たい空気に吸い込まれていく感覚がした。


夜、近松忌のことを思い出して、母が話してくれた。

「今日は近松門左衛門の命日ね。時代劇を書いた人で、人の心の機微を描いたのよ。」

「ふーん、そうなんだ。」

私は布団の中で手袋を外し、手を温めながら聞いた。心の中に、時代と人の心の深さがひっそりと忍び込むような気がした。


窓の外を見ると、雪はしんしんと降り続け、街灯に照らされて粉雪がキラキラと光る。霙が混じった不思議な光景に、私は息を呑んだ。冷たさと暖かさ、寂しさと温もりが同時に押し寄せる冬の夜だった。


「亮、もう寝る?」

「うん……有沙も。」

「うん、おやすみ。」

小さな声でやり取りをして、私たちは布団にもぐる。冬帽子を脱ぎ、枕に顔を埋めると、冷たい空気と暖かい部屋の温度の差が心地よく、まるで冬の中で小さな穴にこもったような安心感に包まれる。


外の霙、庭の雪、浮寝鳥、水菟、そして暖かい鰤大根と熱燗。十七歳の私の一日は、冬の寒さと暖かさ、寂しさと安心が交錯する不思議な一日だった。手袋越しに温もりを感じながら、冬の匂いや音、光に包まれて、心の中に小さな光が灯るのを感じたのだった。


霙打つ 窓辺に嗅ぎし 鰤大根

冬温しとは 守る手のひら


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