第2話
レジナルドがプリムローズに惹かれているのは、前から薄々気づいていたことだった。
プリムローズはレパトロワの母方の従姉妹である。
母の姉が嫁いだデボラー子爵家の令嬢で、彼女の兄もまたレパトロワの兄オリヴァーとは同い年であった。
母と伯母が仲の良い姉妹であったから、それぞれ同い年の息子と娘を儲けたことは偶然であったが、それくらい気も合うし親しい交流もある。
赤髪の家族の中では、母だけが金髪に翠色の瞳をしており、それは母の生家の色である。
伯母も同じ髪と瞳をしており、母親似のプリムローズもまた、柔らかな金色の髪と薄い翠色の瞳を持っていた。
母とプリムローズが並べば二人こそ本当の母娘に見えてしまう。それは、幼い頃のレパトロワには羨ましく思えることだった。
プリムローズはまた、見目に違わず明るく朗らかな気質であり、令嬢らしい可憐な華やかさがある。子爵家では伸び伸びと暮らしており、そんなところも彼女の所作を可愛らしいものに見せているのだろう。
鈴が鳴るようにコロコロとよく笑い、話しかければ明るく返す。そんなプリムローズがレジナルドの心を惹きつけていることは、レパトロワにもよくわかることだった。
レジナルドとの婚約は、彼の生家からの申し込みから始まったことである。ルフィールド伯爵家はレジナルドの気持ちを確かめてから釣書を寄越した筈で、確かに初見の席でも彼は紳士的だった。
レパトロワを疎んじているふうには見えず、二人きりでお茶会となってからも、始終、友好的に見えていた。
ルフィールド伯爵家の領地経営にも財力にも問題はなく、レパトロワの生家にも揺るがない基盤がある。
両家の縁組は、ひと言で言うなら良縁だった。
レパトロワも、レジナルドには誠実に向き合ってきたつもりであるし、彼もまた婚約者としてレパトロワを尊重してくれていたのは間違いない。
ただ、婚約を交わして間もなく王都の貴族学園に入学してみて、レジナルドの社交的な人柄を知るにつけ、レパトロワは思うのだった。
多分彼は、今になってこの婚約に後悔を抱いているのだろう。後悔まではいかずとも不足を感じているのだと、そう度々思うようになっていた。
それは、レジナルドとプリムローズが偶然同じクラスになったことで気づいたことだった。
レジナルドの好みとは、プリムローズのような明るく華のある令嬢なのだろう。
一年間を婚約者として
王国の貴族令嬢は、十六歳でデビュタントを迎える。
レパトロワとプリムローズも、つい先月、デビュタントを終えたばかりである。
そして、デビュタントを終えた最初の
女神信仰を国教とする王国では、成人を迎えた乙女たちは、新月の日に神の御前でその報告をするのだが、そこでは稀に奇跡が起こることがある。
所謂、御神託を授かるのである。
プリムローズはその神事の場で、神の御神託を授かった。
「なにかお言葉が聞こえたような気がしたのです。とても微かなお声で、なにを仰っておられるのか聞き取れませんでしたわ。ですが、身体が温かなものに包まれて、目の前に光が見えたのです」
神官にそう伝えたプリムローズに、周囲にいた人々も注目した。
「ご令嬢。御神託とは、様々な形でもたらされます。貴女は確かに何事かを神より授かったのでしょう。ですが、まだそれが何であるのかわからない」
老齢の神官は、神妙な表情でプリムローズに語った。
「清らかな行いにお努めください。そうすれば、神は更に明確な御神託をお授けになるでしょう」
聞きようによっては、肯定とも否定ともとれる曖昧な話しぶりだった。
だから、プリムローズもデボラー子爵夫妻も、神殿のお墨付きを賜ったと解釈しても間違いではなかっただろう。
ほんのりふんわりなにかを授かった。何かがなんであるかはわからないが、御神託らしきものを賜った。
そんなふうにプリムローズは見做された。
滅多にない神秘のような出来事に、学園に通う学生たちの間では、このところプリムローズには神聖な能力があると
それからである。
レジナルドはプリムローズと距離を縮めるようになった。
元々憎からず思っていたのを、好みの容姿と気質な上に、稀有な能力を授かったとなると、傍目にもはっきりとわかるほどレジナルドはプリムローズに傾倒し始めた。プリムローズもまた、満更ではないようだった。
朔からそろそろ二週間。明日は満月となる。
たった二週間の間であるが、二人は益々心を寄せ合い、学園でも並び歩く姿を目にすることが増えていた。
レジナルドを見かければ隣にはプリムローズがおり、プリムローズを目にすれば横には必ずレジナルドがいる。
レパトロワは、そろそろ覚悟を決めなければならないと思った。神殿での出来事は、レパトロワに付き添っていた両親も目の当たりにしており、話せばきっと理解してくれるだろう。
元々、レジナルドの生家が不足としていたのは、プリムローズの生家の爵位だけである。
それだって、子爵令嬢が伯爵家に嫁ぐのに無理というほどのこともない。
政界に足掛かりをつけたい思惑はあれど、嫡男の望みを無下にしてまで、無理やりレパトロワとの婚姻を推し進める必要はないだろう。
持ちかけてきたのが当のルフィールド伯爵家であるのだから、ここにきて婚約解消というのも勝手な言い分であるし、婚約先の夫人の姪に鞍替えするというのも下世話な話である。
しかしながら貴族には、元より打算で動く家は多い。
相応の賠償と謝罪をしたなら、まだ若い令息令嬢の破談など、よくある話の一つだった。
だが一つだけ、よくある話でないことがある。
御神託はレパトロワにもあった。
レパトロワにもまた、聖なる声が聞こえたのである。
それはまるで耳元で囁くようにはっきりと、聞き間違いなどあり得ないほど明確なものだった。
レパトロワはそれを、神官には告げなかったのである。
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