目が覚めたら、“事件の全容も、証拠も、動機も、登場人物の名前すらも、何一つ知らない名探偵”でした。どうすんだよ、これ!!

萩原詩荻

目が覚めたら、“事件の全容も、証拠も、動機も、登場人物の名前すらも、何一つ知らない名探偵”でした。どうすんだよ、これ!!


「――さて」


 俺の敬愛する名探偵に従い、この言葉から謎解きを始めた。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。全ての謎は解けました」


 どんな謎かって?


 フッ。


 俺も知らん!


 ここまでのあらすじ!!


 トラックに撥ねられる

 → 目が覚めたら神様(?)みたいなクソガキに「転生先選べ」って言われる

 → 「名探偵になりたい!」って言う

 → 「わかった」

 → 気付いたら、謎解き開始シーンでした!


 しかも。


 この探偵の記憶、引き継いでねぇから!!


 つまり今の俺は――


 “事件の全容も、証拠も、動機も、登場人物の名前すらも、何一つ知らない名探偵”


 という、詰み。


 神様を名乗るクソガキ、次会ったら泣かす。


 どうやら、ここは応接室的な場所らしい。


 重厚なカーテン。高そうな絵画。高そうな絨毯。高そうな人間。


 その絨毯の上に、きっちり集まる面々。


 そして俺は、高そうな椅子の前に立たされている。


 ……いや、立ってるだけで勝手に“名探偵”っぽいのが一番怖いんだが?


 姿勢がいい。声がよく通る。視線が鋭い。

 手の組み方が無駄に上品。


 中身は三十代おっさんで、さっきまで「肉まんかピザまんか」で悩んでた男だぞ。


 頼む、名作ミステリーたちよ。

 俺に力を貸せ……というか、せめて状況説明してくれ。


「では、まず事件のおさらいをしましょうか。警部、簡単に事件の概要をもう一度お願いします」


 頼む。頼むぞ“警部”という概念。


 いてくれ。ここにいてくれ。


 英国紳士でもいいし、腹の出た日本の警部でもいい。とにかくいてくれ。


「……わかりました、では、第一の事件から」


 いた!!!!


 俺の心の中で君の名前はレストレード警部に決定しました。ありがとう、存在するだけで助かる!!


 心の中でガッツポーズする俺に対し、警部は真面目な顔で淡々と読み上げ始めた。


「まず、昨夜の第一の事件では長男の――〇〇さんが密室で刺殺体として発見されました。

 そして、その時、唯一アリバイがないのは、△△さんでした」


 じゃあ△△が犯人じゃん。


 ……え、密室?


 密室かぁ。


 いや無理無理無理。密室って聞いた瞬間、脳内のCPUが熱暴走する音した。


「次に、第二の事件ではこの家のご主人の主治医である××先生が、鈍器で殴られたと思しき死体で発見されました。

 この時は夜中のため、逆に△△さん以外の全員のアリバイがありませんでした」


 じゃあ△△ちゃうかぁ。


 いや、逆に?


 逆にって何だ。逆にって。


「最後に、今朝、第三の事件が起きてしまい――△△さんが首を絞められ、殺されていました。

 しかし今度は、全員にアリバイがありました」


 詰んだじゃねぇか!!


 おかしいだろうがよ!

 どうにかしろよ、名探偵!!

 お前の身体、今の俺だよ!!?


「ありがとうございます。皆さん、もうお分かりですね?」


 俺は分からん。


 俺は普段、ミステリー読んでも「へぇ~」って流し読みする派なんだよ!!

 推理するのは作者の仕事だと思ってたんだよ!!


 しかし脳内で絶叫している間にも、俺は必死に“それっぽく”視線を巡らせていた。


 それがまた、よくなかったらしい。


 集まっている全員が、俺を見ている。

 期待の目。祈りの目。信頼の目。


 ……やめろ。重い。


「探偵さん……私たちには、わかりません。どういうことでしょうか?」


 身なりの良い女性が、恐る恐る訊ねてくる。


 よし。諦めよう。


 ここからは“それっぽいこと”を言いながら、逃げ道を探す。生き延びる。社会人の奥義だ。


「つまり、ですね」


 俺はゆっくり息を吸い――


「全員、殺害方法が違う。そして、ここにいる全員が容疑者である、ということです」


 うん。何も言ってない。

 でも、こういうのは言い切った方が強い。


「つまり……?」

「いや、やっぱりアイツが怪しい!」

「違う! 俺じゃない!」

「あの女が遺産を独占するために!」

「やめないか、お前たち!」


 よし。勝手に揉めてくれ。時間稼げ。ありがとう。


 その隙に部屋を見回すと、扉が二つ。


 ひとつは廊下に出る扉。

 もうひとつは隣室へ繋がっていそうな扉。


 ……あそこからダッシュで出て、帰ろう。


 この世界の交通事情知らないけど、とりあえず外に出れば何とかなる。

 スマホとSuicaと現金が――ない。何もない。詰んだ。


 いや詰んでるのは今もだ。


「落ち着いてください。既に私には犯人も、そしてすべての事件の流れもわかっています」


 俺はさらっと言いながら、さりげなく扉の方へ近づいた。


 シン、と空気が凍る。


 誰かの喉がゴクリと鳴る。


 ……俺かもしれない。


「犯人は――」


 よし、扉の前だ。


 適当に誰かを指さして、その人に注目が集まった瞬間に扉を開けて逃げ出そう。


「あなたです!」


 バッ。


 そして俺の左手は、後ろ手で扉の取っ手を――


 バンッ!


「え?」


 ぶつかった。


 扉の向こうに、誰かがいた。


 ……誰だよ!!

 全員集めたんじゃねぇのかよ!!


「兄さん!」

「〇〇!!!」

「そんな! 死んだはずじゃ!」

「いや、それより探偵さんは、どうしてそこに」

「気づいていたのか!」

「ということはまさか……!」

「犯人は!」


 え?


 何が起きてる?


 いや待て。


 この人が〇〇?


 ……兄さん?


 第一の事件の被害者のはずの長男が、扉の向こうから現れた?


 え?


 誰が何に気付いていたって?


「フッ……そういうことです。ご説明してもらえますね、〇〇さん?」


 説明してくださいお願いします。


「いや、名探偵さん。流石だよ」


 〇〇は観念したように苦笑し、


「こうなったら、あんたにすべて任せるべきだろう。頼むよ」


 頼むんじゃねぇぇぇ!!!!


 くそが、考えろ考えろ考えろ!!


 仕方ねぇ。誰でもわかるところから言って、後は流れで乗り切るしかない。


「皆さんも、もうお分かりでしょう?」


 俺はゆっくり振り向き、言った。


「〇〇さんが、このとおり生きている。つまり第一の事件は――“嘘”だったということです」


「そうだったのか……」

「兄さんが生きていたなんて……」

「いや、あの時死亡を確認したのは××先生だぞ!」

「そういえば、××と△△以外は〇〇の死体に触れていないのでは?」

「警察が到着するまで、まだ数時間ありますので……」

「橋が落ちていて、外部の出入りも遅れる……」


 ……わかった!!!!

 というか古典中の古典の手口じゃねぇか!!


 ①死体役を演じて、密室を作った。

 ②死亡確認した医者がグル。

 ③医者は口封じで殺された。

 ④第三の事件は――一人きりになった△△を殺した。


「そう。皆さんがお気づきのとおり、第一の事件の密室は既に解けましたね?」


「そうか! 〇〇が生きていたなら!」

「内側から閉めたということだったのか!」

「流石名探偵だ!」


「待てよ? ということは第二の事件、××先生は口封じで殺されたのか!?」


 レストレード警部が、ハッとした顔で叫び、全員の視線が〇〇へ向く。


 〇〇は肩を落とし、低い声で言った。


「……仕方なかったんだ。奴は最初の約束を破り、追加の報酬をよこせと言ってきた」


 へー。


 いや、へーじゃねぇ。

 俺は今、めちゃくちゃ名探偵っぽい顔をしているが、中身は「へー」である。


「何か秘密の約束があったということか……」

「その辺も名探偵さんなら気付いてるだろうさ」


 やめろ、こっちにボールを返すな!!


 ほらぁ!

 また全員の視線がこっち向いたぁ!!


 俺は咳払いを一つして、“重要っぽい話”にすり替えた。


「警部。今重要なのはそこではありません」


 名探偵は決め台詞のように、話題を変える。

 社会人も会議でよくやる。


「第三の事件に“アリバイがない者が現れた”――この意味がわかりますね?」


「はっ……そ、そうか!!」


 レストレード警部が何かを閃いた顔になった。

 ありがとう、警部。勝手に閃いてくれてありがとう。


「〇〇さんは、全員がここに集まっている間に――△△さんを悠々と殺せた!!」


「△△が『こんな殺人犯がいるかもしれない部屋にいられるか!』と叫んで部屋に戻ることを予想していたのか」

「そういうことだったのか」

「△△以外は全員ここにいたからな」

「くっ……安全だと思ったのに」


 △△、そのセリフ言ったのか。

 言うからだよ。ミステリー世界でそのセリフ言うからだよ。


「そうさ」


 〇〇が乾いた笑いを浮かべた。


「くくく、上手くいったと思ったんだがな……まさか名探偵がいるとは。神様は見ているということか」


≪いや、知らん……何それ……怖……≫


 突然、脳内に声がした。


 ――あのクソガキ神の声だ。


≪おい! クソガキ!! どうしてくれるんだこの状況!!≫


≪あん? おっさんが名探偵になりたいって言ったんだろうが≫


≪解決パートから始まる転生したいなんて言ってなくね!?≫


≪いや、ちょうどなんか解決できなさそうな探偵がいたからさ。放り込んでみたら、やるじゃんおっさん≫


≪せめて何かチートくらいよこせよ!!≫


≪うわぁ、おっさん。そんな簡単にチートとか手に入らないんだよ?≫


≪転生憑依みたいなことさせておいて常識語るなよ!!!≫


 脳内で口論している間に、現実では犯人の自供が終わっていた。


「……秘密の覗き穴にすら気付いて、突然扉を開ける名探偵がいたことだけが誤算だった」


 俺、覗き穴なんて知らん。

 扉は逃げ道だった。


 その後は早かった。


 警察が呼ばれ、いろいろな“証拠”が揃っていく。

 〇〇は観念したように俯き、手錠をかけられた。


 俺は皆の真ん中で、最後の締めだけ言う。


「――これにて、事件は解決です」


 拍手はない。

 けれど全員が深く息を吐き、安堵の空気が流れた。


 執事が深々と頭を下げる。


「ありがとうございました、名探偵殿。あなたがおられなければ……」


 老紳士が厳粛に頷く。


「見事だった。噂に違わぬ名推理だ」


 若い女性が潤んだ目で見上げてくる。


「……すごい……本当に、全部、わかったんですね……」


 ふぅ、終わったらしい…


 いやあ、名探偵、なっちまったなぁ。

 やるじゃん、俺?


 さて、どうすっかなぁ、というかどうしたらいいんかなぁ。


 ――その瞬間。


 世界が、ふっと揺れた。


 視界が白く染まる。


≪よし、次の事件いってみよう。期待してるぜ、おっさん≫


 楽しそうに笑うクソガキ神の声。


「え、ちょ、待って! 事件の詳細を教えて!? せめて登場人物の名前を――!」


 叫ぶ俺の声は、誰にも届かず。


 最後に聞こえたのは――


≪名探偵って楽しいだろ?≫


 楽しそうに笑う、クソガキ神の声。


「てめぇぇぇぇ!!!!!」


 そのまま、俺の意識は遠のいた。


 いつか泣かす。絶対泣かす。

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