修学旅行で異世界遭難。クラス最弱の俺が覚醒して最強になったので、イキっていた不良を横目に高嶺の花の委員長を守ります

ユニ

異世界はじまり

「ゲホッ、ゲホッ……」


乾燥した機内の空気が、俺の弱い喉を刺激する。

俺、三好烈(みよし れつ)は、リュックから薬を取り出して水で流し込んだ。


高校二年の秋、修学旅行。

行き先は沖縄だが、俺の気分は晴れない。

幼い頃から体が弱く、体育の授業も見学ばかり。貧血気味で、少し走れば息が切れる。

この旅行も、みんなの足手まといにならないか、そればかり心配していた。


「……はぁ」


ため息をつきながら、通路を挟んで斜め前の席を見る。

そこには、俺とは住む世界が違う少女――帆足真帆(ほあし まほ)が座っていた。


窓から差し込む陽の光に、艶やかな黒髪が輝いている。

誰にでも優しく、クラスの委員長を務める彼女は、まさに聖女のような存在だ。

俺のような「クラス最弱」の男子が、恋をしていい相手じゃない。


(……見ているだけでいい)


以前、貧血で倒れた俺を、彼女だけが嫌な顔ひとつせず保健室まで運んでくれた。

『三好くん、無理しないでね』

あの時の優しい声と、心配そうな瞳。それだけで、俺の心は救われた。

けれど、俺には彼女を守る力なんてない。自分の体さえ持て余しているのだから。


「ねえ真帆、海楽しみだね!」

「うん。綺麗な貝殻、拾いたいな」


彼女の楽しそうな声が遠い。

俺は自分の細い腕をさすった。もし俺に、もっと丈夫な体があれば。

物語のヒーローみたいに、彼女の隣に堂々と立てたなら……。

そんな叶わぬ妄想を抱きながら、俺は目を閉じた。


「おいおい真帆ちゃんよぉ、俺と席変わろうぜ?」


不快な声に目を開けると、クラスの問題児・鮫島牙(さめじま きば)が真帆に絡んでいた。

180センチを超える巨体に、空手で鍛えた分厚い筋肉。

俺が一生かかっても手に入れられない「強さ」の象徴だ。


「……鮫島くん。困ります」

「いいじゃねえかよ。俺の隣、空いてんだぜ? 特等席だろ?」


鮫島はニヤニヤと笑い、真帆の肩に手を回そうとする。

真帆が怯えて体を縮こまらせた。


(やめろ……!)


俺は反射的に腰を浮かせかけた。

だが、すぐに力なくシートに沈み込む。

俺が行ってどうする?

今の俺じゃ、鮫島に指一本触れられただけで吹っ飛ばされる。

助けるどころか、逆に真帆に守られるのがオチだ。


「……ッ」


悔しさで奥歯を噛み締める。

情けない。

好きな子が嫌がっているのに、何もできない自分が憎い。


「席に戻れ、鮫島」


涼やかな声が響いた。

鮫島の背後に立っていたのは、水泳部のエース、汐見凪(しおみ なぎ)だった。


「あぁ? なんだよ汐見」

「先生が見ている。初日から停学になりたいのか?」


汐見の冷静な指摘に、鮫島はチッ、と舌打ちをして離れた。

真帆がほっと息を吐き、汐見にお礼を言っている。


俺は……何もできなかった。

ただ、自分の無力さを突きつけられただけだった。


(強くなりたい……。誰よりも、強く……)


心の奥底で燻る願い。

それが運命を変える引き金になるとは、この時の俺は知る由もなかった。


ドォォォォォォォンッ!!


突如、巨人に叩きつけられたような衝撃が走った。


「キャアアアアアッ!」

「な、なんだ!? 落ちるぞ!!」


機内はパニックに陥る。酸素マスクが落下し、悲鳴と警報音が交錯する。

俺は激しい揺れに耐え切れず、咳き込みながら必死に前の座席にしがみついた。


「真帆……!」


視線を向けると、彼女も顔面蒼白で震えていた。

助けたい。側にいてやりたい。

でも、体が動かない。Gに耐えられず、意識が遠のいていく。


窓の外、青かったはずの空が、いつの間にか赤黒く変色していた。

紫色の稲妻が走り、世界が反転する。


「衝撃に備えてぇぇぇ!!」


誰かの絶叫。

そして、俺の意識は闇に落ちた。


***


「……う、ぐ……」


潮の匂いと、焦げ臭い匂いで目が覚めた。

体を起こそうとして、激痛に顔をしかめる。

あちこち擦りむいているが、奇跡的に大きな怪我はないようだ。


「……ここは?」


ふらつく足で立ち上がり、周囲を見渡して絶句した。

飛行機の後部だけが、砂浜に無残に横たわっている。

前方は……ない。海の上に残骸が漂っているだけだ。


「先生……みんな……」


生存者を探して視線を彷徨わせる。

砂浜には、放り出されたクラスメイトたちが倒れていた。

その中に、真帆の姿を見つけた。


「真帆! 大丈夫か!?」

「う、うん……三好くんも……?」


駆け寄ると、彼女は擦り傷程度で無事だった。

よかった。本当によかった。

だが、安心したのも束の間、汐見が空を指差して言った。


「三好、空を見ろ」


見上げた空には、二つの太陽があった。

赤く巨大な太陽と、青白く輝く小さな太陽。

さらに、背後のジャングルには、地球には存在しない巨大な植物がうごめいている。


「ここは……沖縄じゃない」

「ああ。どうやら俺たちは、異世界に墜落したらしい」


汐見の言葉に、俺は足が震えた。

ただでさえ虚弱な俺が、こんな過酷な環境で生きていけるのか?

いや、自分のことより真帆を守れるのか?

絶望的な現実が、重くのしかかった。



生存者はクラスメイトの30人ほど。

大人は全滅。スマホも繋がらない。

そして、この極限状態は、最悪の秩序を生み出した。


「いいか、これからは俺がルールだ!」


機体の残骸から見つかった食料と水を独占し、鮫島が仁王立ちしていた。

その暴力的な威圧感に、誰も逆らえない。


「三好! お前は薪拾いだ! トロトロしてたら水はやんねえぞ!」

「……くっ」


俺はフラフラになりながら、重い枝を拾い集めた。

体力がなく、すぐに息が上がる。

何度も転びそうになりながら、それでも必死に動いた。

俺が動かなければ、真帆にも迷惑がかかるかもしれないからだ。


「三好くん、手伝うよ」

「だ、だめだ真帆。君まで鮫島に目をつけられる……」

「でも、三好くん、顔色が悪いよ」


真帆は俺の背中をさすってくれた。

その優しさが嬉しい反面、情けなくて涙が出そうになる。

こんな時でも、俺は守られる側なのか。


「へへっ、弱っちい奴は惨めだなあ!」


鮫島が俺を見て嘲笑う。

悔しい。

力が欲しい。

あいつを見返して、真帆を守れるだけの力が。


異変が起きたのは、翌日の朝だった。

鮫島が、邪魔な流木を蹴り飛ばした時だ。


ドガァァァァンッ!!


爆発音と共に、太い流木が粉々に砕け散った。


「……は?」


全員が目を疑った。

鮫島自身も驚いた顔をしていたが、すぐに狂喜の笑みを浮かべた。

彼の全身から、赤いオーラのようなものが立ち上っている。


「力が……溢れてきやがる! これが異世界チートってやつか!」


鮫島は近くの大岩を殴りつけた。

ズドンッ!

岩が飴細工のように砕ける。

人間の限界を遥かに超えた怪力だ。


「ひゃははは! 俺は選ばれたんだ! 俺はこの世界の王になる!」


鮫島の暴走は加速した。

彼はその力でクラスを完全に支配した。

誰もが彼にひれ伏し、恐怖で従うしかなかった。


「おい真帆! 俺の女になれよ。俺様が守ってやるぜ?」

「い、嫌です……!」

「あぁん? 王の命令だぞ?」


鮫島が真帆の腕を掴む。

俺は震える足で立ち上がった。


「やめろ……鮫島!」

「あ? なんだモヤシ、死にてえのか?」


鮫島に睨まれただけで、俺の体はすくみ上がった。

怖い。殺されるかもしれない。

それでも、真帆が泣きそうな顔をしているのを見過ごせない。


だが、俺が勇気を振り絞ろうとしたその時。

ズシン……ズシン……と、地面が揺れた。


「グルルルル……」


ジャングルの奥から現れたのは、3メートル近い巨体を持つオークだった。

全身緑色の皮膚、巨大な牙。手には大木の棍棒。


「バ、バケモノだぁぁぁ!」


悲鳴が上がる中、鮫島だけが不敵に笑った。

「へっ、ちょうどいい試し切りだ!」


鮫島は赤いオーラを纏い、オークに突っ込んだ。

岩をも砕く拳が、オークの腹に突き刺さる。

ドゴォッ!!


しかし。

「……あ?」


オークは平然としていた。

分厚い脂肪と、魔法生物特有の強靭な皮膚が、鮫島の物理攻撃を無効化したのだ。


「ニンゲン、ヨワイ」


オークが裏拳を振るう。

「ぐべっ!?」

鮫島はボールのように吹き飛ばされ、砂浜に叩きつけられた。

最強と思われた鮫島の敗北。

絶望が俺たちを包み込んだ。


「ウマソウナ、メス」


オークの視線が、逃げ遅れた真帆に向けられた。


「いや……来ないで……!」


真帆が後ずさる。

オークが棍棒を振り上げた。

死の恐怖。


その時、真帆の体が淡い光に包まれた。

「お願い……誰も死なせないで……!」

彼女の手から放たれた光が、倒れていた鮫島の傷を癒やしていく。

治癒魔法の覚醒だ。


だが、回復には時間がかかる。

オークの棍棒は、無慈悲に真帆へと振り下ろされようとしていた。


「真帆ォォォォォッ!!」


俺は走った。

肺が破れそうだった。足がもつれそうだった。

怖い。死ぬかもしれない。

でも、彼女が潰される光景を見るくらいなら、死んだほうがマシだ!


(力が欲しい……!)

(あの子を守れるだけの、絶対的な力が……!!)


俺の心の叫びに、呼応するように。

ドクンッ!!

心臓が、今まで聞いたこともないような力強い音を立てた。


全身の血液が沸騰するような感覚。

虚弱だった俺の細胞の一つ一つが、未知のエネルギーで満たされていく。

視界がクリアになり、世界がスローモーションに見える。


ドォォォォォンッ!!


轟音が響き、砂煙が舞い上がった。

誰もが、真帆の死を覚悟した。


だが。


「……え?」


真帆の呆然とした声が響く。

砂煙が晴れたそこには、オークの巨大な棍棒を、片手で受け止めている俺の姿があった。


「み、三好……くん?」


「……大丈夫か、真帆」


自分でも信じられなかった。

あれだけ重かった体が、今は羽のように軽い。

棍棒を受け止めた左腕には、黄金色のオーラが纏わりついていた。

鮫島の赤いオーラとは違う、もっと神聖で、底知れない力。


「グガッ!? ナゼ、トマル!?」


オークが驚愕し、さらに力を込める。

だが、俺の腕はピクリともしない。


「よくも……俺の大切な人に!」


俺は棍棒を握りしめる。

メキメキメキッ!

鋼鉄のように硬いはずの棍棒が、俺の握力だけで粉々に砕け散った。


「バ、バカナ……!」


オークが後ずさる。

俺は一歩踏み出した。たった一歩で、オークの懐に潜り込む。

今まで走るだけで息切れしていた俺が、風よりも速く動いていた。


「はぁっ!」


掌底をオークの腹に叩き込む。

ドプンッ!

衝撃波がオークの背中を突き抜けた。

内臓を破壊されたオークが、大量の血を吐いて膝をつく。


俺は自分の手を見つめた。

これが、俺の力……?

彼女を守りたいと願った瞬間に目覚めた、奇跡の力。


俺は振り返り、呆然としている鮫島に声をかけた。

真帆の治癒魔法で、彼は動けるようになっている。


「おい鮫島。トドメはお前が刺せ」


「あ? ……な、なんだよその力……」


鮫島は震えていた。俺の黄金のオーラに圧倒されている。


「俺の攻撃じゃ、倒しきれない。お前の『破壊する力』が必要なんだ」


嘘だ。俺が本気を出せば消し飛ぶ。

だが、鮫島のプライドを完全にへし折れば、今後のサバイバル生活で協力できなくなる。

それに、俺はヒーローになりたいわけじゃない。

ただ、真帆を守れればそれでいいんだ。


「……へッ、生意気言ってんじゃねえぞ、モヤシが」


鮫島はニヤリと笑った。

その目に宿っていた狂気は消え、代わりに戦士の闘志が戻っていた。


「俺様が最強だ! 見てろ!」


鮫島が跳ぶ。

オークは俺の攻撃で瀕死だ。防御できない。

鮫島の渾身の右ストレートが、オークの頭蓋を粉砕した。


ドサァッ。

魔物が消滅し、静寂が戻る。


「や、やった……! 鮫島が勝ったぞ!」


クラスメイトが歓声を上げる中、俺はその場にへたり込んだ。

力が抜けて、いつもの虚弱な俺に戻っていく感覚。

だが、心地よい疲労感だった。


「……三好くん」


真帆が駆け寄ってきて、俺の手を握った。

その手は温かく、震えている。


「見たよ。三好くんが守ってくれたの」

「……体が勝手に動いたんだ」

「すごく、かっこよかった。……ありがとう、私のヒーロー」


彼女の涙混じりの笑顔に、俺の胸がいっぱいになる。

この異世界は危険だらけだ。日本に帰れるかもわからない。

俺の体も、また弱っちい状態に戻るかもしれない。


でも、大丈夫だ。

この黄金の力は、きっとまた彼女を守る時に応えてくれる。

俺は強く握り返した。


「行こう、みんなの所へ」


虚弱だった少年の手には今、守るべき人の温もりと、世界をも凌駕する最強の力が宿っていた。

俺たちの異世界サバイバルは、ここからが本当の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

修学旅行で異世界遭難。クラス最弱の俺が覚醒して最強になったので、イキっていた不良を横目に高嶺の花の委員長を守ります ユニ @uninya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画