氷の処刑公爵と呼ばれた旦那様の心の声が、溺愛すぎてうるさいのですが?
のびろう。
プロローグ 断罪の広間と、うるさい静寂
「リリアナ・フォン・アムスベルグ!貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄とする!」
王城の大広間。
数百の貴族たちが見守る中、王太子フレデリック殿下の金切り声が響き渡った。
シャンデリアの煌めきも、華やかなオーケストラの音色も、その一言で凍りつく。
衆人環視の「断罪劇」。
ご丁寧に、殿下の隣にはピンク髪の聖女様がへばりつき勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
普通なら、泣き崩れるか、絶望に打ちひしがれる場面だろう。
けれど、私は驚くほど冷静だった。
(……あーあ。やっぱりそうなりましたか)
扇で口元を隠しながら、私は冷めた目――恐らく周囲には「ショックで固まっている」ように見えているはず――で元婚約者を見つめる。
(知ってましたよ殿下。貴方が三ヶ月前の視察旅行中、その聖女様と「お忍び温泉旅行」に行っていたことも。そこで国の予算を使い込んで私の実家の商会にツケを回そうとしたことも)
なぜなら、私には**「聞こえて」**しまっていたからだ。
以前、エスコートの際に殿下の手に触れた瞬間、あられもない浮気の詳細と『こいつ地味だし、金づるにしか見えねぇわ』という下劣な本音が。
私の名はリリアナ。
神様から**【接触感応(タッチ・リーディング)】**なんていう、厄介なギフトを授かった伯爵令嬢だ。
肌が触れた相手の「心の声」と「感情」が文字や音声となって脳内に流れ込んでくる。
(嘘と欲望だらけの貴族社会なんてもううんざり。修道院に行けば誰とも触れ合わずに静かに暮らせるかしら……)
私が反論もせず沈黙を守っているとフレデリック殿下はさらに図に乗ったようだ。
「ふん、自らの罪を認めて言葉もないか!地味で魔力もなく愛想の一つもない木石のような女め!衛兵、この女を捕らえろ!国外追放だ!」
彼が手を振り上げ、衛兵たちが動こうとしたその時だった。
カツン、カツン、カツン……。
重厚で、絶対的な威圧感を放つ軍靴の音が響き、広間の空気が一瞬にして「氷点下」に下がった。
ざわめきが悲鳴に近い沈黙に変わる。
誰もが道を開け、震えながら頭を垂れる。
現れたのは、漆黒の軍服に身を包んだ長身の男。
銀色の髪は月光のように冷たく、氷河のような青い瞳は生きるもの全てを見下すかのように鋭い。
この国の暗部を統括し、王の敵を秘密裏に始末する「生ける伝説」。
ジークフリート・フォン・アイゼンブルク公爵。
通称――『氷の処刑公爵』。
(……うわ、一番関わっちゃいけない人が来ちゃった)
彼が私と殿下の間に割って入る。
身長差三十センチ以上。
見上げても表情が読み取れない完璧な鉄仮面。
殿下が「ひっ」と情けない声を漏らして後ずさった。
「……騒がしいな」
地を這うような低音。
それだけで、広間の温度がさらに下がる。
公爵の視線がゆっくりと私に向けられた。
処刑される。
誰もがそう思っただろう。
私もそう思った。
逃げようとする私の手首を公爵の大きな手がガシリと掴む。
素手だ。
革手袋を外した熱い掌が、私の肌に直接触れる。
(――っ、あ)
まずい。
スキルが発動する。
この冷酷非道な「処刑公爵」の思考なんて聞きたくない。
きっと、『邪魔だ』とか『殺す』とか、聞くだけで心が死ぬような恐ろしい殺意が……。
私は身をすくめ脳内に流れ込んでくる「声」に備えた。
公爵の薄い唇が微かに動く。
「……その令嬢は、私が貰い受ける」
絶対零度の声音。
しかし、それと同時に。
私の脳内に**とんでもないボリュームの「絶叫」**が爆音で響き渡った。
『うわあああああああああっ!!さ、触ったぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
(……はい?)
『リリアナ様だ!本物のリリアナ様だ!手が!僕の手がリリアナ様の手首に!やわらかっ!細っ!折れそう!いや待て、力強く握りすぎてないか僕!?痛くないかな!?ごめんね、でも離したらあのバカ王子に何されるか分からないし!あああ近くで見ると睫毛なっが!肌しろっ!今日も世界一可愛い!天使か!いや女神だ!!』
(…………は?)
私はポカンと口を開けそうになるのを必死の理性で食い止めた。
目の前にいる公爵は、依然として眉間に皺を寄せた世にも恐ろしい「氷の処刑人」の顔をしている。
微動だにしていない。
けれど、私の頭の中では早口のオタク実況が止まらない。
『ていうか何だあの王子!僕のリリアナ様に向かって「地味」だと!?眼球腐ってんのか!?この慎ましやかで清楚な美しさが分からないとか、王族以前に人間として終わってるだろ!あーもう今すぐそのふざけた口を縫い合わせてやりたい!社会的に抹殺してやる!絶対にだ!』
『……はぁ、はぁ。それにしてもリリアナ様、怯えた顔も最高に尊い……。守ってあげたい……。一生養いたい……。僕の全財産と権力を使って幸せにしたい……』
公爵は、鋭い眼光で周囲を威圧しながら低く冷たい声で言い放つ。
「……行くぞ」
その声は震え上がるほど怖かった。
でも。
『お願い着いてきてえええええ!拒絶しないで!僕の手を振り払わないで!もし嫌がられたらショックで今日死ぬ自信がある!神様お願いします!なんでもしますからァァァッ!』
(…………)
私は握られた手をじっと見つめ、それから恐る恐る彼の氷のような瞳を見上げた。
一見、完全無欠の冷徹公爵。
中身は、今にも爆発しそうな限界・純情青年。
(……うるさい)
これが、私と、この「心の声がダダ漏れ」な旦那様との騒がしい恋の始まりだった。
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