ポンコツ魔女から逃げ出したい

渡ノ箱

第1話


鳥が鳴き、羽根を羽ばたかせる。それだけで窓がガタガタと大きく揺れる。

その音で少年は目を覚ます。


「ん…もう朝か…」


軽く伸びをしてベッドから起きる。

彼はシュラ。まだ幼さが若干残る顔つきにさらさらの金色の髪がよく似合う15歳の少年だ。


軽く身支度を済ませ、部屋を出て、階下に向かう。

家は玄関がなく入ったらすぐにリビングとダイニングが出迎える点以外は基本的に普通の作りだが、至る所に掛けられている物達がその家を普通ではないと物語っていた。

そのうちの一つ、台所近くにかけてある、シュラの身長ぐらいはある巨大な骨付き肉を下ろす。


「う…重い…」


魔法でも使えればこれくらい楽なのだろうが、残念ながらシュラには魔法の才能は現れなかった。


骨付き肉を持ったまま、玄関の扉を開ける。

外に出ると、家と同じ大きさの鳥─いや怪鳥がシュラの持つ骨付き肉を見つめていた。



「グアッグアッ」

「はいはい、分かってるって…うおりゃ!」


骨付き肉を高く投げると、怪鳥は素早い勢いでクチバシを動かし、骨ごとくらいつく。

ゴリゴリと音を立てて食べ終えると、満足したのか、再び羽根を羽ばたかせ飛んでいく。


「うわっ!」


強風で軽く尻餅を着く。立ち上がる頃には、すでに豆粒大に見えるほど空高く上がっていた。

シュラはそれを見届けると、家に入る。


それとほぼ同時に2階から1人の女性が降りてきていた。

無防備なパジャマ姿で服を弄りながらお腹を掻いている。白い髪は寝癖だらけだ。


「あ、鳥ちゃんの餌やってくれたんだ〜。さんきゅー」

「あんまり遅いと、あいつ屋根を飛ばしてくるからな」


白髪の女性のサンキューポーズを無視しシュラは再び台所へ向かう。

扉を開けると一気に冷気が入り込む。鼻が凍らないように手で塞ぎながら自分たちの朝ごはん用の材料を取り出す。


「へいシュラシェフ!今日の朝ごはんは?」

「いつも通り…」


明るく大きい声にうんざりしながらシュラは巧みに食材を切っていく。

後ろの女性はソファに寝転び、立てかけてある杖の手入れを始める。


そうこの女性こそ、世界に数人しかいないと言われている伝説の存在─魔女だ。

彼女の名はルミーネ。年齢は教えてもらっていないがかなり昔のことも知っているのでかなりの年齢なのだろう。


「シュラ〜、なんか失礼なことを考えてない?」

「考えてない」


なぜシュラはこの魔女の家に住んでいるのか?

シュラがこの家に連れてこられたのは5年前になる。

以前住んでいた家は…いや街は魔物達によって滅ぼされてしまった。


その街を襲った魔物を殲滅したのは他でもない魔女ルミーネだ。

超大型の魔法を使い、魔物が逃げ込んだ山ごと消してみせた。


全て片付けた後、ルミーネに誘われて、この家にやってきた。

来た当初はこんな凄い魔女の元で魔法を教われるなんて

鍛えて住んでいた街と同じ運命を歩む街を少しでも減らそうと考えていた。


しかし、ルミーネはシュラに魔法の才能はないと言い切り、炊事や洗濯などの家事全般を任せるようになった。

チラリとルミーネの方を見ると、ぷかぷかと浮きながら杖を拭いている。


「おい、あんまり家の中で魔法を使うなって」

「これぐらいでヘマはしないよ〜、いてっ。魔女なんだよ〜?いてっ。」


天井に頭や足をぶつけながら答えるルミーネに不安を抱えつつ、シュラは朝食の準備を急ぐ。


「あ!そういえば昨日、洗濯魔法を覚えたんだよね〜。さっそく試してみよう」


ルミーネは洗面所の方へ宙を泳いで向かう。


「いや、余計なことをすんなよ!後で俺がやるから!」

「洗濯魔法なんて基礎中の基礎だよ?魔女の私は失敗しませ〜ん」


シュラが慌てるのは、魔女ルミーネとしての凄さはあくまで攻撃だけであり、それ以外の魔法に関しては碌な結果を生まないからだ。

急いで炒めていた野菜と肉を皿に移し、火を止める。

だが、遅かった。


「あ、やってしまった〜」

「なっ⁉︎」


洗面所から出てきたルミーネを見てシュラは目線を外す。

首から下は緑色のスライムがドレスのようになっており、下の肌が透けていた。


「服が全部スライム状になってしまった〜」

「こっちに近づくな!全部見えてる!」

「おいおい〜、見たのか〜シュラ〜」

「見てない!見てないけど見えてる!」


ずるずると近づいてくるルミーネから逃げるように階段の方へ向かう。


「部屋から服持ってくるからそのスライム落としとけ!」

「は〜い」


2階に上がり、ルミーネの部屋に入る。

シュラのあっさりした部屋と違い、ルミーネの部屋はよく分からない素材などが地面に転がっていたり、全く読めない紙がたくさん貼っていたりと、シュラの部屋より2倍以上広いにも関わらず、ごちゃごちゃとしていた。


踏める場所を足で探りながら歩き、かけてあるローブを手に取る。

扉の前にはいつの間にかルミーネが立っていた。


「お〜い、落としてきたぞ〜」

「なんで来るんだよ!」


丸めたローブをルミーネに投げつけた。


◆◇◇◇


ローブを羽織ったルミーネと共に洗面所へ向かう。

そこには籠いっぱいに入ったスライムがあった。

シュラは呆れ、ため息をつく。


「いいか、このスライム状になった服は手作業で処分しとけよ」

「えっ、元に戻す魔法─」

「あったとしてもルミーネは使うな!」


シュラはルミーネをガミガミと叱りつけ、ルミーネはしぶしぶ籠を持って、外へ向かって行った。


「捨ててきま〜す」

「ったく…」


シュラは朝食作りに戻る。

水を沸かしつつ、パンに野菜を挟んでいると、次の事件が起こった。


─ッドカン!!


家が揺れるほどの衝撃波が来て、シュラは思わず皿を落としそうになる。


「な、なんだ…おいルミーネ!」


皿を置き、ドアへ向かうと、黒焦げのルミーネが入ってきた。

黒焦げになったその姿にローブはない。


「お、おまえ…」

「あはは、なんかスライムが意思を持って暴れ始めてさ〜魔法使ったらスライムが爆発しちゃって〜」

「…怪我は?」

「ん?そこは問題なし!魔女がこれぐらいでやられないよ〜」

「はぁ…とりあえず炭落としてローブ着てこいよ。俺は朝食作ってるから」

「は〜い」


洗面所へ走って向かうルミーネに


「もう魔法使うなよ!」


ときつく言ったシュラはもう一度ため息を吐く。

そして冗談ぽく言う。


「逃げ出したいなぁ」

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