汚れっちまった私に

ぷーある茶

汚れっちまった私に

私は冬のある日、処女を捨てた。

相手は興味本位で入れた出会い系アプリで知り合った一回り年上の男。

自ら望んだ行為だったが、いざやってみるとあっけない話。

ただ自分の中の何かが一つ増えたような、減ったようなそんな気持ちになったが、目立った後悔は殆どなかった。


――――帰りのたった二両編成の電車内で、あの人に会うまでは。


指先から悴む1月の駅のホーム。

電車が到着するとドアの前のホームの人々は綺麗に一列に並ぶ。

ピンポーンというドアを開けるボタンの音が響くと暖房の効いた車内にぞろぞろと乗り込む。

私もそんな人の流れに沿って二両編成のちっぽけな電車に乗るのだった。

電車が出るまであと3分。人によっては初体験なんて、一世一代のイベントだろうに私は傲慢な人間なのだろう。

あと五年はいいかなと思い始めていた。

ボーっとしていると一人の青年が駆け込んできたのに気づいた。

はっと顔を上げて、目が合った。


「……はじめくん?」

「お、スイじゃん、久しぶり」


この瞬間私は今日起きたことのすべてを後悔した。

そうだよ、私この人に捧げたいものがあったんだよ。


今、一番つらい。

でも不思議と涙も、嗚咽もいつもはいともたやすく口から出るのにこの日は出なかった。

理由は明確だ。初恋の人に再会した。彼の前でいきなり泣き出したらきっと嫌われてしまう。

初恋の人に振り向いてもらえなくて他の男に逃げた女の最後の悪あがき。


創くんの髪の毛は前会った時のピンク色が完全に色落ちしていて茶髪になっていた。


「ここ座る?」

私は窓際の向かい合わせの席に座っていたので一対一の向かい合った席を譲ってあげた。

「ありがと」

いつも通り、そっけない態度で創くんは私が勧めた席に座った。


「最近、どう?」


彼を興味なさそうにスマホをいじりながら片手間に言葉を紡ぐ。


「そうだな~あ、俺県外の大学行くことになった」


そこからの話は正直断片的にしか覚えていない。


彼が中学の恩師のような学校の先生になりたいこと

そのために県外の教育系の大学を目指していること

大学受験を控えていること

成人式には戻ってこないこと

恐らく、もう地元には帰ってこないこと


=私はもう彼に会えないこと


白んだ頭で私はだめもとでこう呟いてみることにした。


「彼氏、できないかなぁ……」


少し間をおいて彼は今日一番優しい声で言った。


「スイならできるよ」


私は叫んだ。心の中で大声で。


「本当はお前のことが欲しかったんだよバカ!!!! 彼氏はお前って決めてるんだよ! 7年前からずっと好きだよ!!!」


今いる場所は公共交通機関なので思い切り叫べないことを悔やんだ。

そんなことをしているうちに電車は私たちが降りる駅に着いた。

電車を降りると雲を割いたような大粒の雪が降っていた。

バスターミナルへ向かう道にしんしんと降り積もっている。

駅を出る。

これが私の恋の出口。

七年間の恋の終着駅。


あぁ、これでおしまいなんだ。

そう思うと胸が空くようにさみしい。

ここで私がなにか言えたら、きっと何も変わらなくても想いを伝えられた私になれたのはずなのに。

私は彼に向かって手を振ることしかできなかった。

はたから見たらおかしいくらい、ずっと彼に、彼のいる方向に手を振った。


さよなら、私の初恋。

さよなら、創くん。

さよなら、恋をしていた私。

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