欲望
矢間カオル
第1話 欲望
俺はタワマンの自分の部屋から夜景を眺めるのが好きだ。
都会の煌びやかなネオンがまるで宝石のように見える。
俺は煙草に火をつけて、蟻のように行きかう人々を上から見下ろす。
話は変わるが、俺は性欲と食欲は似ていると思っている。
そんなに旨くない安物の肉でも、空腹のときに食べれば美味に感じる。
それと同じで、女を抱きたい感情が湧いたら、多少俺の好みの女でなくても性欲を満たすことができる。
そう、今俺は女を欲している。
スマホの連絡先から、適当に女を選び電話をかけてみる。
「やあ、久しぶり、今晩どう?」
「あら、今忙しくて無理だわ。ごめんなさいね。」
ふっ、形だけの謝罪。心にも思っていないくせに・・・
だから女ってやつは・・・
「今、暇か? これから逢わないか?」
「ごめんなさい。今日は先約があって・・・」
はっ、どいつもこいつも・・・
チッと舌打ちをして、俺は煙草に火をつけた。
揺れる紫煙がふわりと浮かんで消えていく。
ああ、そうだ、つい最近逢ったあの女はどうだ?
なじみのバーで一人で酒を飲んでいた女。
初対面の俺にも気安く連絡先を教えた。
顔は俺の好みじゃないが、あの女なら俺の欲望を満たすにはちょうど良いかもしれない。
スマホの連絡先からあの女の名前を探す。
名前はアイ。本名かどうかもわからない。
俺だって同じだ。俺の登録名はケイ。
スマホの中の名前なんて、どれもみんないい加減だ。
六回コールが鳴っても出なかったら終わりにしよう。
アイは五回目のコールが鳴り終わったときに電話に出た。
「やあ、俺のこと覚えてる? 今から逢わないか?」
「ええいいわよ。」
いとも簡単にアイは俺の誘いに乗った。
あのなじみのバーで逢うことにした。
俺は約束の時間より少し早く着いた。
マスターに水割りを頼んで煙草に火を点ける。
最近、喫煙できなくなった店が増えてきたから、このバーのように自由に煙草を吸える店は居心地が良い。
タバコを三本吸い終わったところでアイが店に入って来た。
黒いワンピースが妙に色っぽくて俺を誘う。
私のスマホが軽快なメロディーを奏でて、電話がかかってきたことをわたしに告げる。
発信者はケイ。最近、初めて行ったバーで出会った男。
もしものときに必要かと思って、連絡先を交換したわ。
五回鳴り終わってもコールが続くようだったら電話に出ることにする。
話は変わるけど、私は食欲と性欲は似てると思っている。
男に抱かれたいと思ったときに、優しく抱いてくれる男がいたら、多少私の好みじゃなくても身をゆだねることができる。
食欲だって同じこと。
空腹だったら多少不味い肉でも美味しくいただけるもの・・・。
ケイからの電話。
こんなに早くかかってくるとは思わなかったけど、ちょうど今の私には必要なんだわ。
これ以上、もう我慢できないから・・・。
私は五回目のコールが鳴り終わった時点で電話をとった。
そしてケイの誘いに乗って逢う約束をした。
バーに着いたら、ケイはもうカウンターに座っていて水割りを飲んでいた。
私は彼の隣に座る。ツンと感じる煙草の匂い。
その匂いに少し顔をしかめてしまった。
「もしかして煙草が嫌いなのか?」
あら、よく見ているのね。些細な表情を読みとるなんて・・・。
「ええ、私は煙草を吸わないし、匂いもあまり好きじゃないわ。」
「そうか・・・」
ケイは少し残念そうな顔をした。
「前にも思ったけど、あなたヘビースモーカーなのね。」
「ああ、それを言うなら愛煙家と言って欲しいね。」
「わかったわ。私、今夜は我慢するわ。」
「今夜は我慢するわ」とアイは言った。
それはおそらく、俺の欲望に対してイエスという意味なのだろう。
俺たちは水割りを一杯飲んで、ほろ酔い気分になったところで店を出た。
「今から俺と二人で夜をすごさないか?」
「ええ、わたしも望んでいたことだから・・・。」
「ああ、いい返事だ。」
俺はアイの腰に手を回し、ぐいっと身体を引き寄せた。
身体が密着し、服越しに感じる体温が俺の性欲を刺激する。
「ああ、いい返事だ」と言って、ケイが私の腰に手を回し、ぐいっと身体が引き寄せられた。
身体が密着し、服越しに感じる体温が私の食欲を刺激する。
ああ、もう我慢できない。
この星に来て一週間、代替食ばかりで、もううんざりなのよ。
私の胃袋は既に限界に達している。
煙草の匂いが染みついた臭い肉だけれど、これだけ空腹なんだもの。
きっと最後まで美味しくいただけるわ。
まったく違う欲望を抱えた男と女が、派手なネオンが煌めいている夜の城へと消えて行った。
欲望 矢間カオル @yama2508
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