【初見歓迎】俺のステータス同接増えたら上がった【スパチャで助けて】〜配信特化の固有スキルに覚醒したので命がけでバズります~

ダルい

第1話 こうして俺は配信者になった

 湿ったカビの臭いと、錆びた鉄の臭い。

 それが、俺の職場であるダンジョンの日常だ。


「おい、Fランク。もっと早く歩けねえのかよ」

「すみません、荷物が少し重くて……」

「あ? 口答えすんな無能。肉壁の分際で」


 関東第7ダンジョン、地下3階層。

 薄暗い迷路のような通路に、パーティリーダーである男の嘲笑が響いた。

 俺、神宮寺じんぐうじカナタは、背負った巨大なリュックのベルトを握り締め、ただ頭を下げる。


 リュックの中身は、パーティメンバーたちの予備装備や食料、採取した魔石など、総重量は50キロを超える。

 身体強化スキルも持たない俺にとっては、歩くだけで呼吸が軋む重さだ。


「……申し訳ありません」


 反論はしない。いや、できない。

 俺には探索者シーカーとしての才能が欠片もないからだ。


 現代社会において、人の価値は『ステータス』で決まる。

 ステータスを表示するアプリ『D-Status』をかざせば、その人間の潜在能力が数値化される時代。

 一般成人の平均総合値が『50』。

 プロの探索者なら『200』は下らないとされるこの世界で、俺の数値は『5』だ。

 片手で数えられる。スライムより弱いかもしれない。


 魔法適性なし。スキルなし。身体能力は小学生並み。

 探索者協会からは「適性外」のハンコを押され、まともなパーティには門前払い。

 それでも俺は、こうして性悪なDランクパーティの「荷物持ち」兼「囮」として、日銭を稼ぐしかなかった。


「チッ、ノロノロしやがって。これだから野良のFランは使えねえんだ」

「報酬、迷惑料として3割引いとくからな」


 後ろを歩く魔法使いやヒーラーの女たちが、クスクスと嘲笑う声が聞こえる。

 悔しさは、とうの昔に擦り切れて消えた。

 プライドなんてものは、妹の薬代の前では何の役にも立たないゴミだ。


(……今月の支払いまで、あと二十万)


 重い荷物に食い込む肩の痛みを感じながら、脳裏に浮かべるのは無菌室のベッドで眠る妹、シオリの顔。

 『魔力欠乏症』。

 20年前にダンジョンが出現して以来、稀に確認されるようになった奇病だ。

 大気中の魔素に適応できず、体内の生命力が蝕まれていく。治療法は確立されておらず、進行を遅らせるための「高純度魔石による透析」には、毎月バカみたいな金がかかる。


 俺が泥水を啜ってでも稼がなければ、シオリは死ぬ。

 両親はダンジョン災害で死んだ。頼れる親戚もいない。

 俺だけだ。俺が、あいつの命綱なんだ。

 だから、どんな理不尽な命令でも従う。靴だって舐める。


「おい、なんか来るぞ!」


 斥候役の男が鋭い声を上げたのは、地下3階層の奥まった広場に出た直後だった。

 暗闇の中から、異様な圧力が膨れ上がった。

 ドスン、ドスン、と地面が揺れる。

 腐った肉の臭いと共に現れたのは、本来こんな浅い階層にいるはずのない絶望。


「嘘だろ……レッドオーガ!?」


 リーダーが裏返った声で叫んだ。

 身長3メートルを超える巨躯。赤銅色の筋肉の塊。

 手には、大人が三人くらい抱きつけそうな太さの丸太のような棍棒が握られている。

 推定ランクはC上位。いや、変異種(ネームド)ならBに届くかもしれない。

 俺たちのようなDランクパーティが束になっても、10秒で挽き肉にされる相手だ。


「逃げるぞ! 総員撤退だ!!」

「いやーー! 死にたくない!!」


 我先にと踵を返すパーティメンバーたち。

 判断は速かった。俺もまた、恐怖に足を震わせながら後ろを向こうとした。

 その時だ。


「――悪ぃな、Fランク」


 背中に、強い衝撃が走った。

 リーダーの男が、俺の背負うリュックを掴み、そのままオーガの方へと全力で放り投げたのだ。


「え?」


 視界が回転する。

 重い荷物に引っ張られ、俺の体は無様に地面を転がり、オーガの足元へと滑り込んだ。


「お前が時間を稼げ! そのための肉壁だろうが!」

「荷物はやるよ! あばよ!」


 罵声と共に、遠ざかっていく足音。

 顔を上げると、逃げていく仲間たちの背中が見えた。

 誰一人、振り返らなかった。


「あ……」


 見上げれば、赤い巨人が俺を見下ろしている。

 その目には知性のかけらもなく、ただ純粋な殺意と食欲だけがぎらついていた。

 圧倒的な質量。生物としての格が違いすぎる。

 棍棒が振り上げられる。空気を切り裂く音が、死刑宣告のように鼓膜を叩く。


(ああ、死ぬのか)


 走馬灯のように、シオリの笑顔が浮かんだ。

 『お兄ちゃん、無理しないでね』

 昨日の面会で、痩せ細った手で俺の指を握ってくれた、あの温もり。


 ごめんな、シオリ。

 兄ちゃん、やっぱりダメだったよ。

 お前一人を守ることもできず、こんなゴミみたいな場所で、ゴミみたいに捨てられて死ぬんだ。


 棍棒が振り下ろされる。

 俺は反射的に目を瞑り、せめてもの抵抗としてボロボロのバックラーを掲げた。


 ガギィッ!!


 金属が飴細工のようにひしゃげる音。

 左腕の骨が砕ける嫌な感触。

 体ごと壁に叩きつけられ、肺の中の空気が強制的に吐き出される。


「が、はっ……!」


 激痛。視界が明滅する。

 だが、まだ生きていた。

 オーガが俺を「餌」として認識し、力を手加減したのかもしれない。あるいは、ただの気まぐれか。

 どちらにせよ、次はもうない。

 オーガがゆっくりと近づいてくる。獲物を甚振るのを楽しむかのような、嗜虐的な笑みを浮かべて。


 その時。

 懐に入れていたスマホが、異常な高熱を発した。

 衝撃で砕けたはずの画面が、勝手に発光している。


『――ユニークスキル《等価交換ライブコネクト》の覚醒条件を満たしました』


 頭の中に、無機質な機械音声が響いた。

 幻聴か? 死ぬ間際の妄想か?

 いや、違う。視界の端に、半透明の青いウィンドウが、AR(拡張現実)のように浮かび上がっている。


『宿主の生命危機を確認。緊急配信モードへ移行します』

『世界最大級配信プラットフォーム「D-Live」との同期完了』

『チャンネルを開設しました。タイトル:【緊急】死にかけの底辺探索者vsレッドオーガ』


 ブォン、と低い音がして、俺の目の前に小さな光の球体が現れた。

 それは意思を持つ生き物のように浮遊し、俺とオーガを交互に映している。

 カメラ……ドローン?


 直後、ウィンドウに文字が流れ始めた。


【現在同接数:12人】

《え、なにこれ》

《おすすめに出てきたから開いたけど》

《タイトル釣り乙》

《いや待って、これガチじゃね? 後ろの奴レッドオーガだろ》

《うわ、グロ配信かよ。通報した》

《こいつ死ぬぞw》


 コメントだ。

 誰かが見ている。

 俺が惨めに死んでいく様を、安全圏からスナック菓子でも摘まみながら眺めている。


「ふざ、けるな……」


 怒りが湧いた。

 見世物じゃない。俺は必死に生きようとしているんだ。

 だが、その怒りと同時に、体の内側から奇妙な力が湧き上がってくるのを感じた。


『現在同接数:12人。――全ステータスに+2(×0.1補正)を加算します』


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 痛みが引いたわけではない。折れた左腕は動かないままだ。

 だが、+2。

 元々のステータスが5しかない俺にとっては、4割増しの身体能力だ。

 霞んでいた視界がわずかにクリアになり、鉛のように重かった右手が、指一本分だけ軽くなる。


《なんか動いたぞ》

《逃げろよ雑魚w》

《無理だろ、左手グチャグチャじゃん》

《あーあ、可哀想に。せめて葬式代な ¥100》


 ウィンドウの端で、派手なエフェクトと共にチャリンという音が鳴った。

 投げ銭(スーパーチャット)。

 俺の死への手向け。嘲笑混じりの100円。


『スーパーチャットを確認。――100MPに変換します』


 脳内でアナウンスが響いた瞬間、俺の血管を灼熱が駆け巡った。

 100MP。

 それは、一般の魔術師ウィザードが持つ総魔力量に匹敵する数値。

 俺が一生かかっても貯められないはずの魔力が、たった100円で、俺の中に充填された。


「は……?」


 理解するよりも早く、本能が叫んだ。

 使える。今の俺なら、魔法が使える。

 俺は震える右手を突き出した。

 目の前には、トドメを刺そうと棍棒を振り上げるオーガ。

 距離は5メートル。

 外しようがない。


 イメージするのは、俺の人生そのもののような、燻る小さな火種。

 それが、莫大な燃料(カネ)を得て爆発するイメージ。


「《ファイア……ボール》ッ!!」


 ドォォォォォォォン!!


 放たれたのは、初級魔法とは呼べない代物だった。

 ピンポン玉程度の火球ではない。

 ドラム缶ほどに圧縮された高密度の炎の塊が、至近距離からオーガの顔面を直撃する。


 鼓膜を破るような爆音。

 オーガの悲鳴すら聞こえない。

 紅蓮の炎は一瞬にして巨人の上半身を包み込み、背後の壁ごと吹き飛ばした。

 熱波が俺の頬を焼く。


 土煙が晴れると、そこには上半身を炭化させて消し飛んだオーガの残骸と、黒く溶岩のように焼け焦げた壁だけが残っていた。


「は……はは……」


 俺は腰が抜けたように座り込んだ。

 何が起きた?

 俺がやったのか? 魔法適性ゼロの俺が?


 呆然とする俺の視界で、コメント欄が爆速で流れ始めた。


《はあああああああ!?》

《え、今の何?》

《こいつFランク装備だろ? なにしたんだ》

《CG? これ映画の宣伝?》

《いやリアルだったぞ……ヤバすぎ》

《一撃とか嘘だろwww》


 驚愕と困惑の嵐。

 同接数が跳ね上がる。50人、100人、200人……350人。

 それに比例して、俺の体の芯に力が満ちていく。


『現在同接数:350人。ステータス補正+35』


 基本値5+35=40。

 まだ一般人の平均(50)にも満たない。

 だが、さっきまでの瀕死の状態とは違う。折れた腕の痛みは依然として酷いが、立って歩くことくらいはできそうだ。


 俺はよろりと立ち上がり、自分の手のひらを見つめた。

 さっきの感覚。

 100円が、力に変わった感覚。

 そして、人が集まるほどに体が軽くなるこの現象。


 俺はウィンドウに向かって、掠れた声で問いかけた。


「おい、お前ら……」

「今のが見たかったら、もっと寄越せ。《金さえあれば、俺はなんだって殺せる》」


 俺の言葉に反応するように、再びチャリン、チャリンと音が重なる。


《すげえ! 本物かよ! ¥500》

《今の魔法もう一回見せて! ¥200》

《検証勢求む ¥1000》

《かっけえwww ¥300》


 投げ銭の通知が止まらない。

 500MP。1000MP。2000MP。

 俺の中のタンクが、ありえない速度で魔力で満たされていく。


 ――ああ、そうか。

 俺はずっと、自分の価値はゴミ以下だと思って生きてきた。

 でも、違ったらしい。


 今の俺には、値段がついている。

 システムが教えてくれている。


 俺は、金さえあれば「最強」になれるのだと。


「……ははっ」


 乾いた笑いが漏れた。

 こんなふざけた話があるか。

 命がけで戦って、誰かに見世物として消費されて、それでようやく人並みになれるなんて。


 でも、いい。

 これでシオリを救えるなら。

 俺は悪魔に魂を売ってでも、ピエロになってでも、稼いでやる。


 俺はカメラに向かって、血の味がする口元を歪めてニヤリと笑った。

 素の自分を押し殺し、視聴者が求める「エンターテイナー」の仮面を被る。


「ようこそ、底辺探索者の配信へ!」

「次の獲物を探しに行くぞ。――スパチャ《弾薬》の用意はいいか?」


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