God’s Hand Protocol
目を開ける前から、
ここが“部屋”だと分かった。
平らな床。
空気の動かない静けさ。
なのに、
自分が横になっている理由だけが、
思い出せない。
——心臓は、
まだ動いている。
それを確かめてから、
レオンは、
ゆっくりと目を開けた。
見覚えのある天井だった。
白すぎない。
病室のそれとは、違う。
外から差し込む街灯の明かりが、
天井の一角に、
ぼんやりと反射している。
「……」
喉が鳴った。
声にしようとした音は、
形になる前に崩れた。
「……う」
それが、
自分の声だと理解するまでに、
少し時間がかかった。
ゆっくりと手を上げて、
目の前にかざす。
ごつごつとして、
重みのある手。
指の節が、
はっきりと浮いている。
——子どものものではない。
掌を閉じると、
関節が、わずかに鳴った。
その音が、
この身体が“今ここにある”ことを
否応なく知らせてくる。
それを確かめてから、
ようやく、
胸の奥に溜まっていた息が、
静かに抜けた。
暗い部屋の中、
椅子に腰掛けた男がいた。
足を組み、
背もたれに体重を預けている。
外から差し込む街灯の光が、
その輪郭だけを、
ぼんやりと浮かび上がらせていた。
顔は、
まだはっきりとは見えない。
だが――
その姿勢だけで、
待っていたのだと分かる。
「……ようやく、目が覚めたか」
低い声が、
闇の中から落ちてきた。
「生まれ変わった気分は、どうだ?」
ようやく、
視線がその声の主を捉える。
パンドラだった。
レオンは、
身じろぎもしなかった。
今は、
狩りを考える余地すらなかった。
静かに、口を開く。
「……俺に、何をした」
問いというより、
事実の確認だった。
パンドラは、
足を組んだまま答える。
「魂に触れた」
「そのおかげで、
いろいろ思い出しただろ」
レオンの喉が、
わずかに鳴った。
「……魂の継ぎ接ぎ……」
「……選別の
言葉が、
途切れ途切れに漏れる。
その上に、
重ねるように、
パンドラが言った。
「……“神の指先”と呼ばれている」
「神の手を気取って、
魂をふるいにかけるだけのものだ」
「死ねば、
魂が
思ってたか」
声が、
さらに低くなる。
「違う」
言葉が、
滑り落ちるように続く。
「魂は分解される」
そして、淡々と。
「――その時代、その場所、
求められる役割に合わせて」
「魂は、
使い道だけを残して、
削がれていく」
沈黙。
レオンは、
ゆっくりと上体を起こした。
勢いはない。
だが、
逃げる気もなかった。
「……じゃあ」
言葉を探すように、
口を開く。
「エデンが……」
「俺たちが、
魂を狩るのは……?」
問いは、
誰かに向けたものではなく、
自分自身に落とされた。
パンドラは、
間を置かずに答える。
「魂を、
リサイクル炉へ
放り込むためだ」
それだけだった。
「この国では」
足を組んだまま、続ける。
「死んだ魂の最終処理は、
冥府の管轄だ」
レオンの喉が、
わずかに鳴る。
「三途の川を渡った先――
黄泉比良坂」
闇の中で、
視線だけがこちらを向く。
「あそこが、
魂が“還元”される場所だ」
「ところが、いつからか」
声の温度が、
落ちた。
「エデン社が、
その“流れ”に
フィルターを仕掛けた」
「分解される前に、
引き抜く」
「使えそうな魂だけを、な」
レオンの視線が、
闇の中を泳いだ。
「……なぜ」
短く、
掠れた問い。
パンドラは、
肩をすくめる。
「魂で遊ぶのさ」
「神がいるかどうかなんて、
誰にも分からない」
だが、と続ける。
「魂を回し、
世界を動かしているのは
自分達だ」
静かに、言い切る。
「――なら、
我々こそが
神だと
思いたくなるんだろう」
レオンは、
無意識に喉を鳴らした。
「エデンも、冥府省も」
「意思決定をしている側は――
神を“模倣”したくなっただけだ」
パンドラは続ける。
「……正直に言うと」
「お前が
“たまたま”ここにいるとは、
思えない」
「誰が
どこまで、
そう設計したのかは――
俺にも分からない」
レオンを見る。
「エデンかもしれない。
冥府かもしれない。
あるいは……」
わずかに視線を逸らす。
「神の顔を借りた、
別の何かかもしれない」
低く、続けた。
「だが、
俺にできることは限られている」
「壊すことも、
止めることもできない」
「だから俺は――」
「知っていることだけを、
お前に渡す」
「黄泉比良坂の穴に落ちて、
内側からシステムを書き換える」
それしかない――
という調子で、
パンドラは軽く言った。
「ただし」
「穴の中は、
魂のリサイクル炉だ」
静まり返った部屋に、
微かな音だけが残る。
自分のものかどうか、
判断がつかない呼吸。
「落ちた瞬間から、
魂の分解が始まる」
レオンの喉が、
わずかに鳴った。
「……間に合わなければ?」
問いは短い。
だが、
答えを分かっている声だった。
「“自分”が消える」
名前も、記憶も、癖も。
「全部、
資源になる」
少しだけ、
パンドラの口角が上がる。
「普通なら、不可能だ」
わずかな沈黙。
「でも――」
視線が、
レオンに移る。
「エデンのコアを覗いたお前なら、
話は別だろ」
軽く肩をすくめて、続ける。
「端末は要らない」
「お前自身が、鍵なんだ」
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