ゲームの支配者
皆で飲んだ帰り道。
冥府省・名古屋支部の面々は、
気づかぬうちに、二つに引き裂かれていた。
メイとレオンは、
栄の地下で、何かに追われている。
テツ、カイ、シノは、
大須観音の境内から、出られずにいた。
そして――
この夜は、まだ終わらない。
▼△▼
巨大な地下駐車場だった。
低い天井。
規則正しく並ぶ白線。
何台もの車が、無言のまま停められている。
――だが、人がいない。
足音は反響するのに、
気配だけが、どこにもなかった。
車のエンジン音も、
扉の開閉音もない。
ここは本来、
人の出入りが絶えない場所のはずなのに。
「……静かすぎる」
メイは、
自分の声さえ浮いて聞こえることに気づいた。
メイとレオンは、
自然と足を止める。
「……ここ」
メイが、
ゆっくりと周囲を見回す。
遠くに見える案内板。
出口表示。
そして――
「……松坂屋の地下入口」
ぽつりと、呟いた。
胸の奥に、嫌な感覚が広がる。
「……やっぱり。
ここ、久屋大通の地下駐車場につながってる」
若宮から、久屋へ。
本来、繋がるはずのない経路。
それなのに――
景色だけは、やけに“それらしい”。
現実のはずなのに、
現実味だけが、薄い。
「そりゃあ」
不意に、耳元で声がした。
「ここは“境界”だからな」
「……っ!」
メイは反射的に振り向く。
だが、そこには――
誰もいなかった。
メイのバッグから、
ぴよ丸が顔を出してメイに言った。
「ここが境界ならば……死霊たちを召喚できるはずだが、
呼んでも答えぬ」
ぴよ丸が、喉の奥で低く唸った。
「……引き剝がされておる」
ぴよ丸の声が、
いつもより低い。
まるで、
見えない糸を無理やり断ち切られているかのような、
嫌な感触だった。
「これは……本当に境界か?」
すると背後から、楽しげな声が落ちる。
「そりゃそうだろ」
いつの間にか、
パンドラはすぐ近くの柱に寄りかかって笑っていた。
「これは俺の作り出した境界だからな。
――マスターは、お前じゃない」
蛍光灯が一つ、遅れて明滅した。
「魂ってさ」
ふ、と。
吐息が、
メイの首元に触れるほどの距離に、
パンドラが立っていた。
囁くような声で続ける。
「エネルギーなんだよ」
メイは、思わず後退る。
「……何を言ってるの?」
声が、わずかに震える。
「エネルギー……?」
パンドラは答えない。
ただ、楽しそうに口角を上げた。
その瞬間――
レオンが動いた。
一切の躊躇なく。
レオンの視線が、
一瞬だけ動く。
逃げ道。
距離。
そして――
メイとの位置関係。
次の瞬間、
そのすべてを切り捨てた。
判断と行動が、同時に重なる。
――狩る。
地を蹴り、距離を詰め、
一息にパンドラの懐へ。
だが。
手が触れた瞬間、
違和感が走る。
「――?」
手応えが、ない。
掴んだ“はず”の身体が、
水面の影のように揺らいだ。
パンドラは、避けていない。
ただ、
そこにいない。
「おいおい」
呆れたような声。
「ゲームのルールは
“捕まえる”だろ?」
揺らぐ輪郭の中で、
目だけが、こちらを見る。
「“消滅させる”じゃない」
レオンの表情が、
一瞬だけ変わる。
――前提が、通じない。
「どうせ……」
低く、吐き捨てる。
「消滅させても、他にコピーがいるんだろ?」
パンドラは、露骨に顔を歪めた。
「ああ、やだね。
エデンの犬は、これだから」
吐き捨てるように言う。
「消しても増える。
だから殺してもいいって?
それ、向こうの“仕様”だな」
量産。
使い捨て。
言葉の端々に、
嫌悪と利用が、同時に滲む。
レオンが無言で、なおも距離を詰める。
「しつこいな」
パンドラが投げやりに言う。
「……お前には、手を出したくないんだけどな」
その場の空気が、
一瞬だけ張りつめた。
音が、
すべて消えたような錯覚。
次の瞬間だった。
天井の照明の影から、
圧縮された空気の塊のような“何か”が
レオンめがけて落ちる。
音が――
遅れて、来た。
見えない衝撃波。
メイは、咄嗟に反応できなかった。
身体が、
凍りついたように動かない。
レオンの瞳に焦りが浮かんだ。
「――ッ!」
踏み込む。
だが、距離が足りない。
間に合わない。
そのとき――
バッグの中から、
白い影が弾けるように飛び出した。
「ぴ――」
メイが名前を呼ぶより早く、
ぴよ丸がメイの前に割り込む。
ふわり、と。
次の瞬間、
圧が、ぴよ丸の身体に叩きつけられた。
鈍い衝撃。
しかし――
それ以上、何も起きなかった。
ふわふわの体が、
圧を受け止め、潰れ、
そして――跳ね返す。
メイは、衝撃でその場に倒れこんだ。
一瞬止まった息が、
一拍ののちに戻ってくる。
「メイ、大事ないか?」
「うぅ……いたた……ぴよ丸?ありがと……」
パンドラが、初めて
はっきりと苛立ちを滲ませた。
「ああ……ほら」
声が、低くなる。
「メイが、とばっちりだ」
そして、
溜め息にも似た声音で、言う。
「ごめんよ、メイ。
……だから言ったろ。
お前に手を出すと、いろいろ後が面倒なんだ」
そのとき――
遠くで、
別の足音がした。
一つ。
また一つ。
反響が、増える。
姿は、まだ見えない。
だが、
“誰か”が近づいている。
パンドラは、楽しそうに笑った。
「あ、来た来た」
肩をすくめ、
一歩、後ろへ下がる。
「ほら、ゲームの再開だ」
次の瞬間、
パンドラの姿が、
ふっと重力を失ったように
地面に沈み消えた。
だが、
彼がいた“気配”だけは、
まだ残っている。
まるで、
この場所そのものが、
観測され続けているかのように。
レオンが、低く言う。
「……完全に奴の手の内で遊ばれてるな」
メイの視線の先。
天井の隅で、
監視カメラのような“何か”が、
一瞬だけ光った。
* * *
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