サンタとノエル

小倉さつき

サンタとノエル

 路地裏に、二つの影があった。

 一つはただ立ったまま、微動だにしない。

 もう片方は反対に、地面にへたり込んで、ガタガタと震えている。

 座り込んだ方の影が、わめき散らす。

「お、お願いだ。助けてくれ」

 立ち姿の影は、言葉を発しない。

 す、と静かに腕を上げ、座る影に向かって伸ばした。

「たすけ――」

 バァン、と一発の銃声が鳴り響いた。


 脳天に穴を開けられ、座り込んでいた影――太った中年の男はとうとう動かなくなった。

 立っている影――二十代後半ほどの青年は、その姿を見て、持っていた銃を下ろす。

 青年は、とある組織に属する殺し屋である。上層部から依頼された仕事を行なう存在。

 今回の依頼も滞りなく済んだ。後は、報告をするだけだ。

「終わった? サンタさん」

 ひょこっと路地の入り口を覗き込み、少女が声をかけた。

 中学生ほどの背格好に、あどけなさが残る顔立ち。街を歩けばどこにでも居そうな、普通の少女だった。

 そんな少女は、路地の奥に血塗られた屍体を見つけると、嬉しそうに近寄った。

「ふふー。サンタさんから銃弾のプレゼントだね。メリークリスマース!」

 目を見開き、恐怖でひきつらせた顔をした男の屍体に、少女は祝福の言葉をかける。

 あまりにも場違いで、異様な光景。

 しかしそれを青年は咎めようともせず、淡々と銃を片付けていた。

「ねえ、このおじさん何やらかしたの?」

「横領だとよ。詳しくは知らねえ」

「ふーん」

 昨日見たニュースを話題にするような温度で、二人は話す。さして興味はないが、とりあえず聞いてみよう。そんな怠い雰囲気を、お互いに隠そうともせずに。

 やがて青年が銃をしまうと、口を開いた。

「それよりその呼び方はやめろっつってんだろ、ガラじゃねえ」

「えー。私にとってはサンタさんだもん」

 青年のことを、サンタさん、と少女は呼ぶ。

 彼女は青年が「仕事」で訪れた場所にいた。どういった境遇だかは知らないが、帰る場所が無いと喚き散らしていたのを、今でも覚えている。結局そのまま、勝手に着いてきたのだが。

「私は、クリスマスに何もかもを貰ったの」

 青年と少女が出会ったのは、クリスマスイブの日だった。

「たくさんの物をくれた。

 居場所も、これからの生き方も」

 どこかの国の言葉で、クリスマスのことをそう言うのだという。

「ノエルっていう、新しい名前と一緒に」

 その言葉を、少女に名付けた。

「だから、私にとって貴方はサンタさんなのよ」


――じゃあ、貴方はサンタさんね。


 ノエルに新しい名前を与えた時、彼女はそう答えた。

 それからずっと、ノエルは青年をサンタと呼ぶ。

「ノエル」

 ノエルと呼ばれた少女はにこりと笑う。

「やっぱその呼び方変えろ」

「なんでよー!?」

 そこは喜んで許すところでしょー、とノエルが喚く。

 いつもこうだ。

 うろちょろと付きまとって、あちこちに首を突っ込んでは、何かにつけて文句を言う。子供じみていると呆れることはままあるが、ノエルの年齢ならばこのくらいが普通なのかもしれない。

「そういやお前、今度の日曜日空いてっか?」

「んー?」

 屍体に飽きたのか単にいじけたのか、スマホを弄り始めているノエルへ話しかける。

「隣町のショッピングモールあんだろ。あそこに」

「行く!!」

「いや返事早すぎだろ」

 先程までのスマホへの熱中具合はどこへやら、ノエルは目を輝かせて勢いよくサンタの方へと振り向いた。そのままスマホを手早く操作し、とある画面を見せられる。

「じゃあじゃあ、このクリスマスツリーのところで待ち合わせしよ! すっごいおっきくて、キレイなんだって!!

 フォトスポットがあるらしいし、一緒に写真撮ろーよ!!」

 画像は巨大なクリスマスツリーを背に、カップルが自撮りをしている写真だった。どうやらそのショッピングモールに飾られているツリーらしい。

「何でもいいけど、お前はただの荷物持ちだぞ」

「えー、女の子に荷物持たせる気ー!? ひどーい!」

 頬を膨らませ抗議をしながらも、ノエルはどこか楽しそうにサンタの腕に絡みつく。きゃいきゃいとはしゃぐノエルは、まるで恋人とのデートを待ち焦がれる、普通の少女のようだ。

 サンタはそんなノエルの様子を見て、やれやれといった表情をする。まるで恋人に振り回される、普通の青年のようだ。

「楽しみだなあ、日曜日。すっごくすっごくはしゃいじゃうもんねー!!」

「お前は荷物持ちだけどな」

 言葉を交わし、二人は寄り添って歩きながら、路地裏を後にする。

 その姿はまるで、「普通の恋人」のようだった。

 二人が居なくなった路地は、鉄の臭いが広がり始めていた。




『――速報です。市内の大型商業施設にて、爆発事件がありました。

 建物内にはまだ炎が立ち込めており、現在も救助活動が行われています。被害の全貌は見えておらず、引き続き避難するよう呼び掛けています』


 日曜日。

 商店街の電気屋に並べられたテレビが、一斉に緊急速報を告げる。遠景で映された建物から、黒々とした煙が上がっていた。

 報道を聞きつけた通行者達が、次々とテレビに集まってくる。建物の全景や、救助の様子が映る度に、嗚呼、と騒ぎ立てる。

『なお、現場からは三階が特に被害が大きいとの情報が上がっています。モールでは毎年この時期は巨大なクリスマスツリーが飾られ、三階は特にフォトスポットが設営されるなど人が集まりやすい状況に――』

 テレビに釘付けになった群衆が、一際不安そうな空気を醸し出す。

 そんな群衆を向かい側の歩道からそれを一瞥する青年がいた。

 サンタだった。

 今回の依頼も滞りなく完了した。

 ターゲットは今日、あの建物へ行くとの情報があった。だから、ノエルを行かせた。

 ノエルには以前から小型の爆弾を持ち物に仕込んであった。いつどこでも「排除」できるように。

 邪魔だと思いつつ、ノエルがまとわりつくのを止めさせなかったのは、このためだ。本格的に足手まといになったら、すぐにでも切り捨てられるように。それだけでなく、相手側に警戒を持たせないまま、攻撃をしかけられる道具にもなる。

 「人間爆弾」として。

 このことをノエル本人は一切知らない。きっと今も、あの世で自分が死んでいることに不思議がっているだろう。爆心地が自分なんて露ほど思っていないはずだ。

――私だってサンタさんの役に立てるようになりたいもん。

 ノエルはよく、そう言っていた。

 良かったじゃないか。夢が叶って。

 嗚呼、なるほど。俺はまた、あいつのサンタになっちまったってわけか。

 ならば、サンタらしく、こう告げてやるべきなのだろう。


「メリークリスマス」

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サンタとノエル 小倉さつき @oguramame

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