第3話 親友と
6年後――私が26歳になった頃のことだった。
任務のため、私たちはそれぞれ別行動を取っていた。
「凛、穂波……大丈夫かな」
独り歩くエレアの胸に、不安が小さく灯る。
(あの二人は私よりずっと優秀だから心配いらないはず……)
その時、端末が震えた。送信者は穂波。
『凛ちゃんとはぐれちゃった! 近くにいる?』
『こっちには来てないよ。凛もきっと穂波を探してると思う。』
返すと、すぐにメッセージが届く。
『ありがとう! じゃあ、また後で!』
少し胸を撫で下ろした矢先、今度は凛から通信が入る。
「エレア! そっちに穂波行ってない?」
慌てた声。事情を伝えると、凛の息が落ち着いていくのが分かった。
「……よかった。ありがとう」
その言葉を最後に、通信は途切れる。
「早く任務を終えて合流しなきゃ」
焦燥が胸を締め付ける。
‐1‐
二時間後。
ようやく任務を終えたエレアは、重い足を引きずるように歩き出す。灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうだった。急ぎ足で向かおうとした瞬間、遠くの塔から凄まじい波動が迸り、世界を白光が包み込む。直後、豪雨が叩きつけてきた。
「二人は……無事なの?」
不安が胸を掻きむしる。端末を操作し、まず穂波へ電話をかける。しかし応答はない。
「まだ任務中?」
落ち着かぬまま、凛に連絡すると繋がった。
「凛! 今どこ?」
しかし応答はない。
「穂波とは合流できた?」
沈黙が返る。雨音ばかりが耳を打つ。
「どうしたの……何かあったの?」
虚ろな沈黙の後、位置情報が送られてきた。
「……すぐ行く」
雨に濡れながら走り続ける。水滴が服を張り付け、体温を奪っていく。
(早く……早く……!)
やがて目的地に辿り着き、凛の姿を見つける。
「凛!」
駆け寄るが、彼女は俯いたまま動かない。
「何があったの? 穂波は……?」
問いかけると、凛は無言で腕を上げ、ある方向を指差した。その先に――言葉を失う光景があった。
「穂波……」
そこには変わり果てた姿の親友、穂波が横たわっていた。
綺麗だった髪が散り散りになり血を流し、瞳は輝きを失い色褪せている。腕が曲がらない方向に折れ、全身傷だらけだ。下半身は原形を留めておらず臓物が崩れ流れ出している。
「そんな……嘘だ……」
信じたくない現実を前にエレアは思考が止まる。
「ねぇ……穂波、返事してよ」
呼びかけても返事はない。当たり前だ。死んでいるのだから。エレアの目からは大量の涙が溢れ出した。雨に混じって流れていく。嗚咽がこみ上げてくる。しかし、涙は止まらない。声にならない叫びを上げることしかできなかった。
――数時間後。
治安局から招集の連絡が入る。
『至急、本部まで来られたし――繰り返す……』
「行かなきゃ……」
そう呟くが、足は重く動かない。
「私は……どうすれば」
自問する声に答えはなかった。
やがて凛が、掠れた声を絞り出す。
「行ってきな」
「え……?」
「私は、もう少しここに残る」
涙で濡れた瞳は焦点を失い、どこも見ていない。
「凛……」
「大丈夫だから」
嗚咽混じりにそう言う声は、どこか壊れそうだった。
「……分かった」
エレアはようやく立ち上がり、本部へと歩き出す。
重い足取りで振り返ることはなかった。
――その後、凛が戻ることはなかった。
‐2‐
1年後。
総司令・渾亡水無月が殺害され、その家族も犠牲となり夫の迅翔と末っ子の刹那が残された。
総司令の死は隊員たちに多くの悲しみを与えた。
水無月の死によって総司令は夫の迅翔が受け継ぐことになる。それに伴い部隊が再編成されエレアは第1部隊の隊長に任命された。
「私はエレア・リフィディゲート。第1部隊の隊長よろしく。」
凛は失踪隊員として記録されたまま、行方は知れない。日々の任務に追われながらも、エレアの脳裏から二人の姿は消えることがなかった。
‐3‐
夕焼けが街を照らす中、ビルに取り付けられた大きなモニターにはニュースが流れている。
『今日未明、東京都の住宅で夫婦が死亡しているのが発見されました。亡くなったのは東京都在住の終夜孝さん(59)そして妻の終夜志穂さん(57)…』
ニュースキャスターの声が人々の耳に届く。
『警察は行方の分かっていない娘さんの終夜凛さんの行方を追うと共に事件の捜査を進めています。』
そして、ニュースキャスターは次の話題に移る。
「ねえねえ、さっきのニュース聞いた?私のこと言ってたよ。」
高層ビルの屋上、淵に座りニュースを聞く黒髪の女性。かつて短かった髪は長く伸ばしている。
その後ろには骨だけで構成された鳥と亀を組み合わせたかのような足のない異形が女性の話を聞く。
「私のこと探してるんだって。」
楽しそうに言う。その女性の服は黒を基調とし赤の刺繍が施されたコートを身につけている。誕生日にもらったお気に入りのコートだ。
その手には赤茶色に錆び付くナイフが握られていた。
「娘さんも行方知れずなんだって、きっと私を探してるんだろうね。私が殺したから捕まえたいのかな。」
女性は立ち上がり振り返る。そして、鳥のような異形に向かって言う。
「ねぇ!籠目骸もそう思うでしょ?」
「グギャァ?」
鳥のような異形、籠目骸は首を傾げる。
「まあいいや。ところで、エレアどうしてるかな。もう一年も会ってないや。」
女性は両手を広げ楽しそうに話す。
「でもね、きっといつか会えると思うの!」
ナイフを宙に放り、落ちてくる刃を回転しながら掴み取る。
その顔には狂気の笑みが浮かんでいた。
「だって……私の親友だから!」
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