シークレットオアノット
@Gugurimu
第1話 「絶対的ピンク」のキャッチコピーでバズったアイドルJK
「春芽、次だよ、次!」
「おっと、、、」
飲んでいたペットボトルのお茶に急いで蓋をし、春芽と愛奈は急いで楽屋を後にした。二人して下手入り口に向かう通路を小走りで移動する。
舞台裏の壁は青紫がかった灰色で、表舞台と対照的な暗さを持っている。
「お次はいま話題の6人組!フェアリーテイル!!」
司会の甲高いアナウンスにあわせ、春芽達6人は勢いよく舞台に飛び出した。
♪朝靄(あさもや)の向こう こぼれた光
手を伸ばしたら 未来が触れた
小さな願いも そっと抱きしめたら
はじめのページが 色づきだすよ♪
軽快なリズムで歌い踊る6人の少女達を前に観客のボルテージは一気に上がる。
♪Twinkle Story 駆け出して
まだ見ぬ空へ舞い上がるよ
泣きそうな日も 笑える日も
全部抱いて進むんだ
きらり瞬く夢の欠片
集めて描く私たちの世界
Twinkle Story 一緒に行こう
物語はここから
アウトロに合わせステージの中央に集合し、何度も練習を重ねたポーズでパフォーマンスを終える。
「愛奈ーッ 愛奈ーッ」
「春芽ちゃーん!!」
「楓ー!」
客席のあちらこちらでファン達がフェアリーテイルのメンバーの名前を叫んでいる。
額を汗が伝い落ちるのを感じ取りつつ、春芽は眩しい笑顔で客席を見渡していた。よし。今日もよくできたと思う。
自分たちのパフォーマンスに目の前の観客が夢中になっているのを見るのはなんともいえない爽快感と充実感をもたらしてくれる。
春芽は今こうしてアイドルの仕事ができることを本当に幸せに感じていた。
物心つく頃にはテレビに映る女性アイドルを真似して歌い踊っていた春芽は、小学5年生のときに地元のPARCOで大手芸能事務所からスカウトされ、2年間の養成所レッスンの後、アイドルグループ「フェアリーテイル」として事務所の同世代の女子5人と一緒にデビューした。
デビューまでの2年間のレッスンはそれなりに厳しく、何度も弱音を吐きそうになるのを必死で励ましあって乗り越えてきたフェアリーテイルの仲間達とは、いまや固い絆で結ばれていると思う。
出番を終え、楽屋のベンチに横たわってコンビニの赤飯おにぎりを頬張る愛奈に春芽は声をかけた。
「マナ、明日のオフなにすんの?」
「ん?ネイル行ったあと友達とカフェいく」
「そっか。じゃあ、また火曜にね。お疲れ様でした~。」
荷物をまとめた春芽はそそくさと楽屋をあとにし、関係者用の裏口へと向かった。
関係者用エレベーターを待つ間、スマホを確認すると母親からの新着メッセージが入っていた。
母親「到着しました。いつものところで待っています。」
いつものところ、というのはビル一階の関係者入り口付近のことだ。
通用口を出てすぐ、目の前の道路脇に母親のグレーのバンが止まっているのを見つけた。後部座席に乗り込みながら、ショルダーバッグを座席に置く。
「おつかれさま。寝てていいからね。」
そう言ってバンを出す母親の声を脳で反響させながら、春芽は目を閉じて首をもたげると先ほどまでの興奮がゆっくりと鎮まっていくのを感じた。
春芽の所属するアイドルグループ「フェアリーテイル」はまずまず人気上昇中といったところで、商業施設やイベントのステージへの出演を重ねながらファンを増やしていた。メンバー6人のビジュアルレベルが高いだけでなく、歌とダンスのスキルも成長めざましい彼女たちは既存のアイドルファン達から好ましく受け止められ、最近では音楽雑誌のインタビューもしばしば掲載されるようになっている。
努力してつかんだデビューだと思う一方で、春芽は努力だけで報われる世界ではないことも理解できるほどには聡明だった。
顔立ち、体型、賢さ、運の良さ、どれかひとつでも欠けていたら、いまの春芽はなかったのではないかと思っていた。
「わたしは運がいい。」
春芽はこの言葉をことあるごとに繰り返していた。
明日からの予定はというと、日曜日久しぶりのオフを挟み、週明けからは新曲のレッスン、週末にはショッピングモールでのステージを控えていた。明日はなにかよていがあった気がするが、今の疲れた頭では思い出せない。春芽はひとまず車のソファに全力で沈みこむことに決めたのだった。
シークレットオアノット @Gugurimu
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