クリスマス、雪、来ない

まめでんきゅう–ねこ

第1話 聖夜征く旅人

村山むらやまは入院をしている友人の磯辺いそべに、お見舞いに来た。手にはスナック菓子がある。


磯辺は少し前に、骨折して入院した。なぜ骨折したのは、本人が言いたくないらしいので、病院側も配慮し精神的に安定するまでは話さなくても良いという事になった。


にしても、骨折の原因を話したくないとは…一体どういう事なのだろうか?

村山はずっと気になっているが、磯辺が嫌だと言っているのだ。友人として、彼女の尊厳は守るべき。話題には触れずに、世間クリスマスについて話でもしよう。


そう思って村山は部屋の扉を開けた。奥のベッドから磯辺が顔を出している。

前まで黒髪だったのに、ストレスのせいか今の彼女は白髪で覆われていた。

ちなみに年齢は19。わけあって大学を中退し、今はアルバイトを転々としている。とても白髪が生えるとは思えない年頃。


相当な闇が、磯辺をどうかさせているに違いない。

やはり友人とは言え、骨折の理由を探るべきか?いや、さすがに、やめておこう。


「あぁ、いらっしゃい」


磯辺は静かに言うと、テーブルにお菓子を置くよう指を差した。

温かい部屋が彼女の手を血に、冷たい窓が彼女の肌を青色に染める。保湿していないのなら、クリームでもつけるかと、村山は言った。


磯辺はノーと答えた。そして自分の膝をトントン叩く。


「ここに寝転がって」


いきなり攻めた内容を要求してきた。

それなりに動く覚悟をしてきた村山だが、まさか彼女の膝枕に頭を乗せるなんて。


「早く。話したい事があるの」


まさか自分の事が好きだとでも言うのか?

村山は少しドキドキしながら、頭を乗せた。


柔らかい。

ひんやりした白い布団と彼女の温もりを感じる。


磯辺は村山の耳を触りながら、唐突に喋り始めた。


「なんで私が骨折したか話したいんだけど、良い?」


告白ではなかった。

だが気になっていた事だ。聞けるのならば聞きたい。


「私が骨折したのは、クリスマスの日だった。友人と待ち合わせしてたあの日の事」



シャンシャン鈴が鳴るあの聖夜で磯辺は、一生消えないトラウマを植えつけられた。



「友人と待ち合わせしてたの、街の公園で。その日はイブで、色んなカップルがいたけど、私たちは非リアのテンションで、クリスマスを楽しむ予定だったの」



雪景色が目に映る。

公園の、草の壁でできた迷路の、前の道路で。

磯辺が立っている姿が。


「その日はとても寒かった。私は乾燥しやすいからすぐ手が血まみれになる。だから手袋をつけて出かけた。

友人が来るのを待っていると、地震が起きた。震度4くらいだった。外だったから、そこまで揺れは感じなかったけど、念のため私は友人に連絡しておいた」


わざわざ手袋を外してスマホを取り出したのだろう。

乾燥肌とは、辛いものだ。


「そしてしばらく待っていると、公園の前にある路地の入り口にある明かりが点滅し始めた。

地震と関係あるかは知らないけど、ちょっと不気味だった。だけど好奇心を揺さぶられた私は、その路地を覗いてみた」


公園とその路地は、大きな遊歩道を挟んで存在している。

この遊歩道は奥の広場へと繋がっており、広場では大勢の人が行き交っている。

高速道路やショッピングモールも周りにあり、静かな景色だが騒がしい場所なのだ。


「明かりはまるで故障したかのように点滅していた。まぁ、古いものだろうから不思議ではないんだけどね。それで、点滅した明かりの向こうから誰か歩いてきたの。

赤い服で…発光している人が。その人が私の所まで来る事は無く、路地の真ん中ら辺にあるかどを曲がっていった」


赤い服の人…サンタクロースが咄嗟に思い浮かんだ。

きっと彼女がここまで心理的に追いつ詰められているのだから、ただの者のはずが無い。


その赤い服の人を追ったのかと村山が尋ねると、磯辺は頷いた。


「点滅する明かりでは照らし切れない、赤い服が曲がった暗闇の角を同じように曲がってみた。

すると一瞬で喧騒が聞こえなくなった。すごく不気味だったけど、むしろ興奮を抑えられなくなった私は、その奥へと足を踏み入れた」


瞬きを忘れていた。

まるで読書するかのように、村山は目を大きく開いて、磯辺の話を聞いていた。

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