未来の元カノが、別れ話直前の俺に「彼女の攻略ノート」を渡してきた件
オリウス
第1話
俺、
俺と氷織は中学からの付き合いで、同じ高校に進学した。だが、氷織は一度も俺のことを好きだと言ってくれたことがない。告白も俺からだったし、その時にもらった返答が「仕方ないから付き合ってあげる」だった。俺はお情けで付き合ってもらっていたのだ。
さすがにこれだけ努力して、何の好意も返ってこないとなると、さすがの俺も結構きつい。だから、俺は今日氷織に別れ話をするために呼び出していた。
待ち合わせ場所は行きつけのカフェ。そのカフェの前の横断歩道で信号待ちをしていると、いきなり腕を引かれた。
「誰ですか?」
俺の腕を引いたのは女性だった。美人だがどことなく生気がない。だが、よく見ると、すごく誰かに似ている気がした。さらりとした髪に、長いまつ毛。整った顔立ち。女性らしい体つきで思わずどぎまぎする。
「横山楓くんだよね。君に話があるの」
「どうして俺の名前を」
「それも説明するからちょっと私とお茶しない」
「悪いですけど、俺、彼女と待ち合わせしてて」
「どうせ別れ話なんでしょ」
俺は目を見開く。どうして別れ話をすることをこの人が知っているのか。
「お願い。一回しかチャンスがないの。だから人助けだと思って」
女性は俺に懇願するように頭を下げてきた。ここまで懇願されてしまっては、俺もおいそれと断ることはできない。
「わかりました。少しだけですよ」
俺が了承すると女性の顔が華やぐ。
女性は俺の手を引くと、少し離れたカフェに入る。
「私は氷織。白雪氷織よ」
「氷織?」
俺は怪訝な顔で彼女を見る。確かによく見ると、女性は氷織によく似ている。氷織を少し大人にしたような……そんなまさか。
「氷織のお姉さんですか」
「違うわ。私が氷織よ」
どういうことだ。俺の彼女がいきなり大人になっている。俺はこんがらがる頭で思案する。
「ごめんね。私、未来から来たの」
「未来から?」
にわかには信じがたい話だ。
「うん。私は過去を変えたくて、未来から来たの」
「過去を変える……」
「そう。あなたと別れる未来を回避したくて来たの」
そうか。未来では俺と氷織は別れているのか。まあ今日別れ話をするのだからそれは当然といえば当然だ。
「つまり、元カノってこと」
「元カノ……」
「私、すっごく後悔してるの。あの時、楓の別れ話を受け入れたこと。まさか別れ話を切り出されるなんて思ってなくて、反射的に頷いてしまった。……本当は別れたくなかったのに」
目の前の未来から来た氷織だと名乗る女性のことを俺はまだ信用していない。だが、俺が今から別れ話をするということを知っていたし、なにより氷織によく似ている。
「でも、氷織は俺のこと別に好きじゃなかっただろ」
「好きよ……ずっとあなたのことが好きだった。でも恥ずかしくて、言えなかったの」
目の前の氷織によく似た女性は涙目になりながら訴えてくる。
「だって、楓、いつも私に優しくしてくれたもの。私のこといつも好きって言ってくれて……好きにならないわけないじゃない」
確かに俺は氷織に好きだと言い続けていた。最近は諦めモードになって言うことは減っていたが、それでも俺は俺なりに自分の気持ちを伝え続けてきた。
「でも、氷織は俺に好きって言ってくれなかったじゃないか」
「ごめんね。私、口下手だから」
目の前の氷織は涙を拭いながら俺を見つめる。
「私、本当に後悔してるの。だから今日ここへ来た。あなたの別れ話を考え直させるために」
「俺は……」
もし目の前の氷織が本当に未来から来たのだとして、俺はやり直せるだろうか。
「お願い! 考え直して! 私は今日しかここにいられないの。あなたに私と上手く付き合えるマル秘ノートを授けるわ」
「マル秘ノート……」
氷織は頷いて鞄からノートを取り出して俺に渡してくる。俺はノートを受け取ると、溜め息を吐く。
「わかった。考え直すよ。もう一度頑張ってみる」
「ありがとう!」
生気のなかった氷織の目に光が宿る。もし彼女が偽物だったとしても、これは別れるなという神様からのメッセージだ。
俺はもう一度だけ、氷織と上手くやれるように頑張ろうと思う。
「えっと、それでもう一つお願いなんだけど」
「何?」
「私、お金持ってなくて。未来から来たから」
「いいよ、俺が出す」
「ありがとう」
俺はそう言って支払いを済ませ、店を出る。
未来から来た氷織は何度も俺に感謝した。
「私の攻略、頑張ってね。大丈夫。楓ならできる。忘れないで、私は君のことがちゃんと好きだから」
「わかったよ」
俺は頷くと、未来から来た氷織は去っていった。俺はそれを見送ると急いで待ち合わせ場所のカフェに急ぐ。少し遅れてしまった。氷織を怒らせるかもしれない。だが、俺の心は前を向いていた。別れなくていい。それだけで俺の心は回復していた。
――私を攻略してね。
未来から来た氷織の言葉が反響する。
俺はその言葉を頼りに、待ち合わせのカフェのドアを開いた。
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