超高級老人ホーム・カースト

超高級老人ホーム・カースト


白い廊下を歩くたび

足音が

かつての肩書きを思い出させる


「教授」

「会長」

「夫人」

貼られた見えない名札は

誰より重く

誰より脆い


ソファの影で

ひそひそと交わされる声は

若い頃よりも鋭く

けれど

老いた指先ほどに震えていた


光るジュエリーは

薄れゆく体温を

ごまかすための灯りのようで


磨かれた食堂の窓ガラスには

勝ち残った者の笑顔より

負けることを恐れる顔ばかりが映る


その真ん中で

あなたは静かに椅子に座り

湯気の立つお茶を見つめていた


「ここは桃源郷なんかじゃないね」

そうつぶやいた声は

想像以上に強く

それでいて

壊れそうに透明だった


老いは終わりではなく

肩書きを脱ぎ捨てた

生の素顔が現れるだけ


誰かを見下す者は

ほんとうは

見捨てられることを

いちばん怖れている


涙を流す指が細くなっても

心の奥では

まだ

誰かの手を握ろうとしている


そしてあなたは

そっと立ち上がる


争うためでも

許すためでもなく


ただ

人として

また歩きたいだけなのだと


窓の外

ホームの庭に

陽が差し込む


冬の終わりを告げる

柔らかな光が

あなたの肩に降りそそぎ


その瞬間だけは

すべてのカーストが

影のように消えていった


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