第一章 成年-1

 現在。

 際允あいゆるが引き取られて十二年後——火の国暦一一八年二月十四日。


際允あいゆる、明日何をするかもう決めた?」


 聞き慣れた声が、ぼんやりとしていた際允あいゆるの意識を現実へと引き戻した。

 顔を上げ、声の持ち主を見た。それは際允あいゆるの前の席に座っているクラスメイトで、茶色の髪と瞳をしていて、整った顔立ちの少年だった。彼の名は止湮としず・ミレカー。止湮としずは今、逆向きに椅子に座り、上半身を背もたれに預け、左手に顎を乗せながら際允あいゆるに話しかけている。


「明日?」


 際允あいゆるは微かに眉をひそめた。ごく普通の金曜日である明日が、わざわざ取り上げて尋ねるほど特別な日なのか、彼にはすぐには理解できなかった。


「明日の放課後のことか?」

「ああ」

「いや、特には……寮で休むことしか考えてないんだが」


 際允あいゆるは適当に答えた。


 止湮としず際允あいゆるにとって唯一の友人と言える。友たちとなったのも、彼らが高校一年でたまたまクラスメイトとなり、たまたま前後の席となっていたからに過ぎない。止湮としずは高校で最初に知り合った人であり、その後もたまたま三年連続で際允あいゆると同じクラスになっていた。この浅からぬ友情が今日までおよそ三年も続いたのは、全くの偶然のおかげだと、際允あいゆるは思い込んでいる。

 おそらく、その偶然のどれか一つでも欠けていれば、二人の友情はとっくに薄れていたであろう。


 彼の適当な返答を聞いて、止湮としずは意外そうな顔を見せ、尋ねた。


「明日って、君の十八歳の誕生日だろ?祝ったりする気なかったんだ」


 十八歳の誕生日。


 際允あいゆるは一瞬固まった。止湮としずが言うまで、明日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていた。

 彼にとって、人々が誕生日を祝うことに抱く熱意は、全く理解できるものではない。


「ただの誕生日だろ?」


 それに、止湮としずだって自分の誕生日をあまり気にしないタイプではないか。この三年間、止湮としずもまたクラスメイトに祝われて初めて、今日が誕生日だと気づくような人間だ。そういう止湮としずに言われたくないのだが、と際允あいゆるは思った。

 しかし、だれの誕生日に関わらず平等に無関心な際允あいゆると異なり、止湮としずは自分の誕生日に無頓着である一方、友人の際允あいゆるの誕生日には、いつもカードや安価でも気持ちのこもった贈り物を贈り、祝ってくれる。しかも、際允あいゆるが二年連続で時間通りにお返しができなかったという状況でだ。

 だれかが高校生活で友人が一人しかできないのは至極当然で、まただれかが人気者になれるのも当然と言えば当然で、ということだろう。


「それはそうとして、十八歳の誕生日だぞ? 明日、未成年だった君は成人に変わるんだぞ。こんなに大きな身分変化、記念する価値は十分あるだろ」


 止湮としずは目を丸くした。彼の無関心な態度に心底驚いているように見える。


「大袈裟すげだろ」


 際允あいゆるは淡くイライラしながら、聞き返した。


「そう言う止湮としずは、逆に明日私は何をすべきだと思うんだ?」

「うーん……」


 止湮としずは数秒かかって考えていた。


「家族とご飯に行ったり、友達と遊びに行ったり、それとも恋人とデートしったりするのが普通じゃないかな」

「……」


 際允あいゆるには家族も恋人もいない。友人と言えるのは、目の前にいる少年だけだ。そして、二人の間の親しさもまたこれくらいの程度だたった。止湮としずは彼が孤児であることを知らず、だからこそ当然のように例を挙げたのだろう。


 こうして、際允あいゆるは結論を得た。


「やはり、寮で勉強しようっか」

「まあ、いいや。君の誕生日だし、好きにすればいいさ」


 止湮としずは肩をすくめた。


 この話はもともと、数分間しかない休み時間を潰すために過ぎなかった。授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響くと、止湮としずは黒板の方へ向き直った。この話もこれで終わりとなった。

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契約者たちの非日常 河葉夜 @gahaya

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